二人で出かける

「上総くん、よかったらこれいる?」

 年が明け、新年の初給料と一緒に店長がくれたのは三枚のチケットだった。

「うわ!ほしいです!え、でもいいんですか?他の人は…」

 少年漫画誌に連載している作品の、新作映画の試写会の券だった。アニメ化を機にあれよあれよというまに社会現象になるほど人気がでたこの作品は、TVアニメの放送終了後、続編が映画化されるということで話題になり、譲も気になっていたのだ。

「うん、聞いてみたんだけど、子供さんまだ小さいから行くの難しいって。他のパートさんとかバイトさんにも聞いてみたんだけど、みんなあんまり興味ないみたいで」

 オタっ気のあるあのパートさんなら欲しいのではないかと確認してみると、店長も同じ相手を思い浮かべたらしい。そんな返事が返ってきた。

「もったいないし、使ってよ」

 そう言われたら遠慮することもないだろう。喜んで礼を言ってうけとり、さて誰と行こうかと頭をひねる。

 翌日、早速学校で周囲に声をかけてみるも

「漫画は読んでるけど映画観るほどじゃ…」

「土日はバイト」

「野郎ばっかで映画って悲しくね?」などと断られてしまった。一番可能性が高そうだとふんでいた雄二にさえも、

「うわ行きたい!でも俺、その日田舎で法事があって…」

と手を合わせて断られてしまった。

「どうすっかな」

 ふと、この漫画の新刊が出るたびにレジに持ってきていた彼女のことが浮かんだ。チケットは三枚ある。自分は一人で行くとして、あの子なら信濃と二人で行くかもしれない。

 昼休みにちょうど二人を見かけたので、声をかけてみた。

「えっくれるの!?嬉しい!」

 素直に喜んで受け取ったのは信濃だ。やったーこれ観たかったんだーなどと飛び跳ねている。

「上総くんは?」

 反面、受け取っていいものかと迷っている様子の梓。

「俺の分はちゃんと確保してる。雄二とか、他に行くやついないか聞いてみたんだけどみんな興味ないか都合あわなくて。かといって誰も行かないものもったいないだろ」

 遠慮ぎみの彼女に説明すると、安心して受けとってくれた。

「梓あずさ、ここの映画館ってさ、あのカフェの近くじゃない?ついでに行こうよ~」

 信濃は早速スマホで場所を確認し行く気まんまんである。

「前に言ってたパンケーキのとこ?わ、嬉しい、行きたいな」

 微笑ましいやりとりに譲の頬がゆるむ。

「喜んでくれたらあげた甲斐あるわ。俺は一人で行くから、二人は二人で楽しんできて」

「ありがとう」

「上総、ありがとね!」 


 そんないきさつがあって、いざ試写会当日。

 会場である映画館へは、電車で数駅かかる。早めに家を出たので上映まで少し時間があった。チケットに席番号が記載されているので慌てる必要はないし、まずは映画のお供の定番であるポップコーンとドリンクを購入する。大きなトレーを手にあかりが灯された会場に入ると、席はすでにほぼ埋まっていた。指定の席に向かうと梓が一人座っている。

「よ」

「上総くん」

「信濃は?まだ来てないの?」

「それが…」

 困り顔でスマホを取り出す梓。

「さっき美紅ちゃんから連絡あって、今日来れなくなったって」

「えー!マジか」

「うん、ほらみて」

 梓は美紅から送られた文面を差し出してみせた。

 昨日の部活で足を挫いて、朝になってもまったく良くならなかったらしい。ぎりぎりまで様子を見ていたが、やはり病院に行くことになったとそこには書かれていた。

「うわー」

「お大事に、こっちは気にしないでって返事しといたんだけど…」

 梓は『現地には上総がいるだろうから二人で観といてね』という、ハートと絵文字のついた美紅からの続きのメッセージを見せないよう、そそくさと電源を切って鞄に戻した。

 三枚のチケットの座席は連番になっている。美紅がいない為、譲は梓の隣から一つ空いた席に座った。

「荷物おいてもいい?」

「うん」

 ボディバッグ一つの身軽な譲と違い、梓は可愛らしいショルダーバッグを持っている。膝に載せてもいいが、それだと飲み物が飲みにくいのだろう。長袖のTシャツに起毛のパーカー、ジーンズにスニーカーと、バイトや男友達とつるむ時と全く代わり映えのしない格好の譲に対し、梓は普段書店に買い物に来る時とはまた違った服装をしていた。ハイネックのニットにロングスカート。踵のあるブーツ。制服とも、たまに見る私服とも違った格好はなんだか新鮮だった。

 ふわっとしたコートとショルダーバッグを間の席に置いて、パンフレットをぱらぱらとみている梓。早くもポップコーンをつまむ譲。

 そうこうしているうちに会場のライトが消えて、カメラ頭にスーツ姿の男をパトランプ頭の男が追いかける、いつものCMが始まった。


「あー面白かった」

 映画館のロビーで梓は譲に頭を下げる。

「ありがとう、上総くんのチケットのおかげ」

「ああいや、俺もバイトでもらっただけだし」

「美紅ちゃんも来れたらよかったのにね」

「な」

 さて目的も果たしたし後は帰るだけ、と思っていたのだが、ロビーにはポップコーンやホットドッグを手にした人が大勢いて、いい香りが漂っている。それに反応したのか、譲のお腹が音を立てた。

「そういやこんな時間か」

 昼前からの上映だったので、すでに正午から1時間以上経っている。ポップコーンなんて食べたうちに入らない。昼でも食べて行こうかと顔をあげると、道の向こう側にハンバーガーチェーン店の看板が見えた。

「お腹すいたね」

 梓も同じことを考えていたらしく、二人の足は同じ方向に向かって動き出した。

 路面店の大きなショーウィンドウに映った姿は、まるでデートをしているようで、譲は見なかったことにする。

 カウンターでそれぞれ注文し、受け取ったトレーを持って席を探す。昼を少し過ぎているので店内は結構空いているが、わざわざ別の席で食べるのも逆に気まずいので、自然と二人は同じ席に座った。

 大きなコーラにストローを差し、譲は一気に吸い込んだ。

「ぷは」

「さっきも飲んでなかった?コーラ好きなの?」

「うん。上野は?」

「私は炭酸じゃないほうが好きかな」

 同じハンバーガーのセットでも、サイズが随分違う。譲は大サイズのハンバーガーにポテトもドリンクもLサイズを頼んだが、彼女のトレーに乗っているのは小さなバーガーとMサイズのドリンク、それにアップルパイ。

「ポテト嫌い?」

「ううん、好きだけど、そんなにたくさんいらないかなって。甘いもののほうが食べたい気分だったし」

「………」

 この店に来てポテトを食べないなんて、と譲は自分のトレーに載っているポテトを梓のほうに向けた。

「ちょっと食べる?」

「えっ」

 梓は目を瞬いて譲とポテトを交互にみた。

「いいの?」

 頷く譲。そして梓は笑った。嬉しそうに。

「ありがとう」

 なんだか悪くない気持ちになって、譲はハンバーガーにかぶりついた。

「カフェ、残念だったな」

「え?あ、うん」

 そういえば、と思い出して譲が話題をふる。本当ならば今頃は、チェーン店のハンバーガーなどではなく信濃と二人でお洒落なカフェでパンケーキを食べていたはずだ。お洒落をしてきたのも信濃と二人で出かける、そのためだろう。

「でもまあ、仕方ないよ。またいつでも行けるしね。それに、上総くんがいるのはわかってたから大丈夫。映画もすごく面白かったから、来てよかった」

「だよなー、思ってたよりかなり面白かった」

「どこが一番よかった?私ね…」

 なぜ自分の名前が?とちらりと頭をかすめたが、そこから映画の感想やキャスト声優の話題、漫画のこれからの展開の予想などで話は盛り上がった。スマホを取り出し、ネットで情報を探しながら盛り上がっていると、ふと梓がふふっと笑った。そして「こんなこと言ったらあれだけど」と前置きして小さく呟いた。

「あの時、先輩にふられてむしろよかったかも」

 え?と表情で聞き返す譲に彼女は空になったドリンクの容器を回しながら答える。

「憧れだけじゃ、やっぱり。どうせ続かなかったと思う。それよりもこうやって、同じ趣味の話とかで盛り上がれる友達ができたから」

 きっかけはちょっと、あれだったけど。と、だんだん声が小さくなる。

 少し照れたようなその顔がなぜかとても可愛く見える。顔に熱が上がってくるのを感じて、譲は誤魔化すようにスマホをいじった。何気なく開いたメッセージアプリには、梓との今までのやりとりが残っている。

 新刊にたった1コマでてきたキャラクターのこと。

 家の猫の写真。

 友達が学校で噂していた内容。 

 どれもこれも取るに足らないただの雑談だ。でも。思いついたら送りたくなるし、返事がきたら気分が上がる。

 向かいに座る梓を盗み見た。出会った時より少し伸びた髪はふわりと柔らかそう。学校と違い今日は薄く化粧をしているようだ。かすかに柑橘系の香りもする。

 わりといい匂いだと、譲は思った。好きかどうかはわからないが、少なくとも男同士でつるんでいる時にはしない香りだ。そういえば妹がミストってやつを買っていたことがあったなと思い出す。香水ほど強くはなく、短時間で消えるから学校にもつけていけるとはしゃいでいたような。ああ、それともハンドクリームかもしれない。父が出張のお土産だと、香りのよいハンドクリームを母に渡していたことがあった。

 ふと。

『しょーもないことでも楽しい』『いい匂いがする』『柔らかい』

 以前昼の学食で、クラスメイトたちが言っていたことを思い出す。そして自分の今の状態は、まさにそれだということに気づいた。

 気づいてしまった。

(おいおい)

 やばい。

 やばいぞこれは。

 なにがやばいのかはわからないが、とにかくやばいような気がする。

「そ、そういえば」

 慌てて話題を変える。次に会った時伝えようと思っていたことがあったのだ。

「いつも行ってるペットショップで、バイト募集してた」

「えっ」

「たぶんまだ募集の紙貼ってあったと思う」

「いいなあーペットショップのバイト!やってみたいなあ。どんな仕事するんだろ。動物飼ったことなくても、雇ってもらえるかな」

「んーどうかな。聞いてみたら?」

「そ、そうよね。聞いてみないとわからないよね」

 委員会の帰り道、猫が好きなのに家では飼えないと言うので、譲は梓に家で飼っている猫の画像を見せていた。飼い主ならではの写真の数々を彼女はとても喜んでくれたので、連絡先を交換してからはそちらに時々送っている。やりとりの中でバイト先を探していると言っていたことがあり、それを覚えていたのだ。

「うわーでもどうしよう、行ったことないお店だから緊張する」

「じゃあ、食べたら一回一緒に行く?俺店長にいっつも相談してるから顔知ってるし」

「本当!?」

 がたっと思わず立ち上がってしまった梓に店内の視線が集中する。

 恥ずかしそうに座る梓に、前にもこんなことがあったなと思い出す。

「いいの?」

「いいよ」

「嬉しい…!ちょっと待ってて、すぐ食べちゃうから」

 既に譲のトレーは空になっている。梓は笑顔を抑えきれないままに残り少ないパイを食べジュースを飲み干す。

 さて。あのペットショップを見たら彼女はどんな反応をするだろうか。前に行った時にはマンチカンの子猫がいた。うちの子はもちろん可愛いが、よその子だってもちろん可愛い。それが子猫ならなおさらだ。

「ごちそうさま!」

 梓が食べ終わったタイミングで立ち上がり、二人は駅へと歩き出した。



 二人が晴れてつきあうようになるのはまだもう少しあとのことになるのだが、この時の映画とハンバーガー店が初デートにカウントされるかどうかで、二人の意見は長いこと分かれるのだった。

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まだ恋を知らないのは俺だけじゃない 望月遥 @moti-haruka

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