連絡先を交換する
期末テストをはさみ夏休みに突入した。来年は受験なので夏期講習三昧になるだろうから、今のうちに稼いでおきたい。ということでほぼ毎日シフトを入れてもらって、譲はせっせと働いていた。友達とコンビニに寄ったり、漫画を買ったり、ダウンロードコンテンツの配信予定があったりと、やはり使い道は多いのである。
毎日働いていると、自然とお客さんの顔も覚えてくる。夏休みは学生の来店も多く顔見知りもたくさんやってくるということも大きい。雄二も来たし信濃もたまに見かける。
「こんにちは」
梓もその一人。いつの頃からか、彼女はレジで顔を合わせる度に挨拶をしてくれるようになっていた。
顔馴染になった客とレジで軽い雑談をするのはよくあることだ。自分にちょっとした言い訳をしつつ、譲も挨拶に返事を返しがてら買ってくれた本の話題に触れたりする。お互いに趣味が近そうだなと会話の端々で感じられることが多くなってきていた。
「あの、上総くん」
夏休みも終わりに近づいた頃、いつものようにバイトに勤しんでいると声をかけられた。振り向くと梓が申し訳なさそうに立っている。
「あ、いらっしゃいませ」
そして違和感に気づく。
「あれ?名前」
書店のエプロンには名札はつけていない。レシートにも担当者の記載はないはずだ。教えてたっけ?と首を傾げていると梓が慌てて口を抑えた。
「あ、その、ごめんなさい、美紅ちゃんに前教えてもらってて」
「ああそれで」
ちょっと驚いたが別に問題はない。
「何か探してる?」
「ううん。あの、一番上の本が取りたいんだけど」
コミック用の棚は天井近くの高さまである。普段は手が届かない客のために踏み台が置いてあるのだが、今日は見当たらない。ぐるりと見渡すと別のコーナーに移動させて使っている客がいた。
「わかった。どれ?」
梓が指す本を確認する。隣に並んだ彼女の頭は譲の目のあたりの高さで、これでは確かに届かないだろう。
ここで颯爽と手を伸ばして取れたらよかったのだが、生憎譲の身長でも届かない。
「ちょっと待ってて」
倉庫から予備の踏み台を持ってきて、登って取った。
「ありがとう」
「面白いよね、その作者の本」
何気なく返すととても驚いた顔をされた。
「知ってるの!?」
「え、ああ、うん。ネットで人気でて書籍化されたやつとか持ってる」
うわああ…と、梓からは声なき声が聞こえてきそうだ。
「なんで?そんなに珍しい?」
「だって、だって私の周りだーれも知ってる人いなくて、出版社も小さいとこだから置いてる店も少なくて、ネットで買うしかないかなって思ってたから」
ここで見つけて驚いたらしい。
確かに、趣味の広い店長にオタっ気の強いパートさん、他の社員やバイトもこだわりの趣味人が多いので、この店の品揃えは定番だけに止まっていない。
「うわーそうかー、知ってる人いたあ…」
うふふふと、嬉しそうに本で口元を隠す梓の姿に、こちらまで嬉しくなる。接客業のいいところは、目当てのものを手にいれた人の幸せそうな笑顔を見られる、こういうところだ。
「もし取り寄せたい本とかあったら言って」
「うん、ありがとう」
足取り軽くレジへ向かう梓を見ながら、踏み台を倉庫に戻しにいった。
そして迎えた二学期。
譲は文化祭の実行員になった。いや、正確にはなってしまった。
文化系の部活や生徒会執行部に入っているものは文化祭にむけ忙しく、運動部のものたちは体育祭の係を既に引き受けていたり秋の大会が近いということで、今年の実行委員は部活に入っていないものから選ばれることになった。譲のクラスには条件に当てはまるものがちょうど4人しかおらず、じゃんけんで決めた結果こうなってしまったのである。
(あーあ)
第一回の会議が行われる視聴覚室で譲は頭を抱えていた。面倒くさい業務は誰しもやりたくないもので、しかも周囲を見渡しても顔見知りが全くいない。部活に入っていないため、先輩後輩に知り合いが非常に少ないというのはこういう時にデメリットだ。せめてもの抵抗に一番後ろの席に座る。
会議開始の時間になり、教室の前に座っていた文化部長の生徒と副部長の生徒が立ち上がった。二人が自己紹介をし、続いてでは出席を…と声を上げた時に教室の後ろの扉が開いた。
「すみません、遅くなりました!」
息を切らせた女生徒の声に、教室内の顔が一斉に振り向く。視線の集中砲火を浴びて真っ赤になったその顔は。
(あ)
梓だった。
恥ずかしそうに教室に入った彼女は一番後ろの手近な席に座る。荷物を挟んで一つとなりに譲が座っていることに気づいていない。最後の一人が着席したのを確認して部長が続ける。
「はいでは出席とりますねー。一年A組 ◯◯さん」
「はい」
「一年B組 ××さん」
「はいー」
次々とクラスと名前が読み上げられていく。
「二年B組 上総さん」
「はーい」
聞こえた名前に梓が反応する。手を挙げた譲と目があった。
「二年D組 上野さん」
「は、はいっ」
こうして二人は、委員会仲間となったのだった。
実行委員の主な仕事は会議で決まったことを各クラスに持ち帰り、各クラスで決まったことを委員会に提出する。要は仲介みたいなものだ。そうは言っても会議は時間がかかることも多く、帰りは遅くなりがちだった。夏の終わりの頃は日が暮れるのが遅かったからいいものの、十一月の文化祭本番を迎えるころには、帰宅時間にはもう暗くなっていた。
「上総君って、◯◯中学だったんだよね?美紅ちゃんと同じなら」
自転車を押して歩く譲にペースを合わせながら隣の梓が尋ねる。
「うん」
「いっつもこっちに来てくれてる気がするんだけど」
梓の質問はもっともだった。
彼女は電車通学で、駅から学校まで徒歩で来ている。対して譲は自転車で登下校していて、しかも家のある方向は駅とは逆である。
「いつもじゃないよ。駅前に用事がある時だけだし」
我ながら下手くそな言い訳だなとは思う。ただ、下校時間もとうに過ぎて、人気も少なくなった道を女の子一人で帰らせるのはちょっとな、と思ってしまっただけなのだ。
同じ委員会で馴染みのある女子が他にいる様子も見えない梓は、ずっと一人で駅まで帰っていた。最初はなんとも思っていなかった譲も、だんだんと秋が深まり夕暮れが早まるにつれ、それが少し気になりだした。
譲には三つ下の妹がいる。小さい頃から女の子の、特に夜道の一人歩きの危険性を親から叩き込まれ、なにかあれば守ってやれと言い聞かされてきたからかもしれない。だからといって、それが理由で彼女と一緒に帰っているわけではないと自分に言い聞かせる。ちょうど駅前の中古ゲーム屋を覗きたかったり、家の近所とは違うコンビニで限定グッズのついた商品が発売されているからそれを買いにいくだけ、そうなのだ。うん。
しかし梓にはバレバレだったようだ。気恥ずかしさでいたたまれなくなるが、文化祭はもう来週。委員会もあと数回で終わる。週に一・二度の帰り道は、二人共通で知っているマイナーな漫画や作家の話、投稿サイトで見つけたお気に入りやSNSで人気が出そうな作品の情報交換など、結構貴重で有意義な機会だった。それがなくなるのは少々残念ではある。
「ね、連絡先教えてもらっていい?」
「えっ」
突然の申し出に譲は思わず立ち止まる。
「委員会、終わっちゃったら、こうやって帰ることもなくなるだろうし。せっかくマイナーな漫画の話とかできる人見つかったのに、それがなくなっちゃうのもったいないかなー…って」
てらいのない彼女の言葉。自分と同じことを感じていてくれていたのかと、譲の心が少し跳ねた。
「バイト先は知ってるけど、お仕事中にお喋りできないしね」
「…そういうことなら、はい」
互いにスマホを差し出し、連絡先を交換する。グループではない女の子と連絡先を交換するのは、中学生の時に少しだけつきあったあの子以来だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます