第9話

花菜江と有実は山下の住んでいるアパートの前に立っていた。

「ここが山下の家だね。」

「うん、行こう、有実。」

花菜江はスマホのボイスレコーダー機能をONにして鞄の中に隠すと、山下の住んでいるアパートの階段を上がろうとしたその時、二階の部屋のドアが開き山下が誰かと電話で話しながら出てきた。

「うん、これからすぐ行く。・・・大丈夫だって・・。」

山下は何かを話しながら階段を降りてくると、階下で待ち伏せていた花菜江と有実に気がつくとあわてて通話ボタンをoffにした。

「あなた達は確か・・。」

「はい、佐藤水希さんの会社の後輩です。この間はお仕事中に突然お呼びだてしてしまって大変失礼いたしました。」

「・・で、今日はなんの用ですか?僕急いでいるんですが。」

「行くって、霧島玲香さんの所にですか?」

「・・!!」

山下は激しく動揺した様子を見せる。このよく知らない女性二人に自分の行動を見透かされている事に激しく動揺したのだ。

「何処に行こうが僕の勝手でしょう。何か要件があるなら手短にお願いします。」

「はい、では担当直入に聞きますが、佐藤水希さんを殺したのはあなたですよね。」

「・・・何を言い出すかと思えば・・。そんな訳無いでしょう。言いがかりをつけるのは止めてください。」

「貴方は、佐藤さんと婚約してた。でも・・・それは佐藤さんが貴方を脅したからでは?」

「脅す?脅すって何を脅すんです?」

「脅しの内容までは判りません。ですが、佐藤さんは貴方が自分を捨てて霧島玲香さんと結婚しようとしたのを止めさせる為にあらかじめ手に入れた不正の証拠を盾に結婚を迫ったんでしょう?」

「・・・・。」

一瞬沈黙した山下の様子から花菜江は山下が逆ギレして自分を怒鳴りつけてくるかと思い一瞬身を堅くする。だが、山下から帰ってきた返事は予想外にも柔らかい物であった。

「そんなことありません。前にもお話しましたが、僕は水希はとっくの昔に別れていて、つきまとわれて迷惑ではあったけれど、結婚を約束した覚えは一切ありませんから。恐らく誰かに担がれたのでしょう。」

花菜江は山下にカマをかけて気持ちを揺さぶりボロをださせようとしたが、以外にも冷静な口調で接してきたことに花菜江の方が少し焦り始めていた。

(落ち着いて・・落ち着け私・・・。相手のペースに飲まれるな・・。大丈夫大丈夫。)

自問自答を繰り返し、気持ちを落ち着けようとするも、花菜江の心臓はバックンバックンっと早撃ちを繰り返していた。

「え・・えっと・・。佐藤さんが善光寺で殺されていた日、あなたは家にいたと言いましたよね。」

「はい、言いました。」

「でもそれは嘘ですよね。」

「・・・。」

「その日、あなたは具合が悪かったから家にいたと以前私達に言いましたよね。でも実際にはあなたは家には居なかった。その日貴方は霧島玲香さんと佐藤さんと同じ善光寺の宿坊にいたのですから。」

山下は無言で花菜江を見つめる。花菜江を見つめる山下の目は明らかに動揺した様子が見て取れた。表情を崩さぬよう必死になって口元を引き締めているものの、目は山下の心の内面を映しだしている。

花菜江は、自分が瞬間的に山下より優位に立ったと思い、焦り落ち着かなくなった気持ちが落ち着きを取り戻した事を感じ、自分の推理を続けた。

「お寺の防犯カメラには貴方は映ってはいなかった。恐らく霧島玲香さんのキャリーケースの中に隠れて善光寺の中に入り込んだのではないでしょうか。そして、佐藤さんにも事前に、なるべく人に見られないように会うように指示をした。違いますか?」

「・・僕がそんな事をして何の得があるっていうんだい。水希と会うなら別にこそこそする必要ないじゃないか。」

「それはあなたが最初から佐藤さんを殺すつもりだったから。これから殺す相手と会っている所を防犯カメラに撮られるわけにはいかないからです。恐らく佐藤さんにはこっそり宿坊に宿泊する為とか言って。何て言ったて宿坊の予約者は霧島玲香さんなんですから。佐藤さんも霧島玲香さんと貴方と三人で話し合いをする為に来たんですから、あなたの指示通り防犯カメラや人目につかないように忍び込んだ。霧島さんも同席するなら、お寺の宿坊の予約者名が霧島玲香さんであっても不思議に思わないでしょうし。」

今、この場にいる三人に冷たい風が吹きつける。先ほどまで晴れていた空は雲が集まってきて日の光を遮り、辺り一体は薄暗くなってゆく。吹き付ける風は水分を含んでおり、空気を湿らせ雨が降ることを臭わせていた。

「佐藤さんは防犯カメラと人目を避ける為にお戒壇巡りの中に入り、本堂が閉館するまでそこで待機してた。そして、警備の見回りが来る前に、あらかじめあなたが鍵を開けておいた非常口扉から外に出ると、宿坊の裏口からこっそりとあなたと霧島さんの手引きで宿坊の一室に入り込んだのでは?」

「・・・・。」

「霧島さんと一緒に善光寺の宿坊に宿泊した同僚女性達の話だと、霧島さんは殆ど自分の部屋に戻っていなかったそうです。本来霧島さんが泊まるはずだった部屋はあなたと佐藤さんが二人で使っていた。もしかしたら、霧島さんと貴方は佐藤さんに自分たちは別れると嘘でもついて安心させたのかも知れない。でも、夕食は本来の予約者である霧島さんが別の部屋で職場の同僚達と食べていたので、あなたと佐藤さんの分の夕食はなかった。まあ当然ですけど。なのであなたはあらかじめ用意していた青酸カリ入りおやきを佐藤さんに夕食代わりに食べさせたのでしょう。」

「何を言ってるんだ・・。そんなデタラメ失礼じゃないか。名誉毀損で訴えますよ。」

「訴えるなら訴えてください。でも、訴えれば逆に困るのは貴方と霧島さんの方じゃないんですか?」

花菜江は山下を詰問し続け、有実はそれを黙って見守り続ける。先ほどよりも雲が厚くなり、昼間なのに薄暗くなってゆく。

「佐藤さんを毒殺したあなたは、深夜お寺の境内に誰もいなくなった事を確認してから遺体を外に運んだ。その時に佐藤さんに履かせた靴を霧島さんの靴と取り違えて履かせてしまったのでしょう。遺体が靴を履いていないと、佐藤さんが寺の外からやって来た体を装えないのですから。佐藤さんの本当の靴は何処ですか?霧島さんの家にあるんですか?それとももう捨ててしまったのですか?」

花菜江がここまで話すと山下は不意にニャッと笑った。よほど余裕があるのか、それとも花菜江の推理がどこか間違っていたのか。花菜江は少しだけ、自分の推理が何処か間違っていたのかと不安に思った。

「そして本堂の吊り鐘の中に吊したんでしょう。趣味の釣りに使う釣り竿を滑車にして。」

薄暗くなった空からは雨が降り注いできた。三人は雨に打たれるのも気にせずその場から動かない。周辺を歩いていた通行人は急な雨を避けようと走り去って行き、その場には花菜江と有実と山下の三人だけが取り残されていた。

「佐藤さんを吊り鐘堂に吊した後は、再び宿坊に戻り朝になるのを待った。そして朝になり、佐藤さんの重みに耐えられなくなった釣り糸が切れて、遺体が落下。遺体が境内に散歩に来ていた人に発見され騒ぎになった後にこっそりと宿坊からでてゆき、事件の見物人達の中に紛れ込んで見物人のフリをすることで警察の目に触れないようにごまかした。そして、何食わぬ顔をして善光寺から出て途中でタクシーを拾ってここにあるあなたの住まいに戻ってきた。・・・違いますか?」

「違います!・・・いい加減にしてください、もう行きます。」

山下はくるりと体の向きを変え花菜江達に背を向けると、元来た自分の住んでいるアパートの方向に歩き出した。

「待ってください、岩垂奈津美さんも殺したのはあなたですか?」

歩き去ろうとしていた山下だが、岩垂奈津美の名前をだしたとたん足を止めた。しかし背は花菜江に向けたまま振り返ろうとしない。

「岩垂奈津美・・の事は今朝のテレビでみました。僕には関係ない。」

「なぜ岩垂さんまで殺したんですかっ・・・。」

花菜江はしつこく問い詰めるも、山下は花菜江を無視して自分の住んでいるアパートの一室に入り勢いよく扉を閉めた。

「岩垂さんを殺したのはなぜですかっつ!?佐藤さんのスマホを持ち去ったのはあなたなんですかっ!?おーーい!」

「花菜江。」

有実が大きく叫び声をあげる花菜江を制止する。降り注ぐ雨で二人ともびしょ濡れであり、髪の毛が顔にべったりと張り付いている事に今更気がつく。

「もう時間切れだよ・・。もうこれ以上なにも出来る事は無いよ。」

振り向くと有実が苦しそうな表情で花菜江を見つめている。花菜江は心にトゲが刺さったかの様な感覚に息がつまる。

「有実・・あともう少しなのに・・もう少しだったのに・・。」

「うん・・うん・・。悔しいよね。」

花菜江は頬に打ち付ける雨が、雨なのか自分の涙なのか区別がつかないほど泣いた。有実は花菜江の肩にそっと手を回し優しくなでて落ち着かせる。

「ホテルに帰ろっか。明日は東京に帰らなきゃいけないから、荷物をまとめなきゃ。」

「うわ~ん、悔しいよ~。」

花菜江と有実は雨が降る中、濡れるのもかまわずに二人並んで歩き出した。


長野警察書では須坂署の刑事がスマートフォンで何かを話していた。

「はい、はい、そうですか。判りました。白のセダンですね。」

通話を打ち切ると、須坂署の刑事は石田と藤堂等合同に捜査している刑事達の輪の中に駆け寄ってきた。

「夕べ岩垂奈津美が死亡していた時間帯の現場付近の防犯カメラに写っていた車は白のセダンの車だそうです。ですがナンバーや運転していた人物までは映っていなかったそうです。」

「ふ・・む・・白のセダンですか。では、山下将弥や霧島玲香がその車種の車に乗っているか確認しなければ。」

「そうですね、念の為見張りもつけましょうか?」

「今はまだいいだろう。もう少し証拠を集めてからだ。」

「判りました。」

石田は早速山下の所有している車が白のセダンか確認しに向かった。後に残された藤堂や須坂署の刑事達は再び身を寄せ合い話し合いを再開した。

「佐藤水希と岩垂奈津美、山下将弥と霧島玲香。この四人は高校時代の同級生で顔見知りだった。そしてその内の佐藤水希と山下将弥は交際関係にあったが、破局した。」

「そしてその後、霧島玲香と交際を始めたが、佐藤水希は山下にこだわり付きまとっていた。普通なら、佐藤が別れるのが嫌でしつこく付きまとってきたとしても無視していれば良いだけなのに、殺さなければならない事情ができた。」

「石田が言う通りならば、山下は佐藤に弱みを握られて脅されたから佐藤との結婚を承諾した・・。もし本当に山下が犯人ならば、佐藤が殺された理由というのは、佐藤が握っていた秘密を隠蔽する為なんでしょうな。しかし、岩垂奈津美が殺される理由はなんなのかが判らない。」

「佐藤水希と岩垂奈津美。この友人同士の二人が数日の間に殺されたのは決して偶然ではないですね。」

「闇が深い物を感じます。」

藤堂はふと窓の外に目線を移動させた。窓に打ち付ける激しい雨が、誰かが泣いている様に感じさせたからだ。泣いているのは愛する人に殺された佐藤水希なのか、または別の誰かなのか。


ホテルに戻った花菜江と有実は濡れた体をシャワーで温めた後一息ついていた。ここ長野の地で出来る事は全てやったけれど結局実を結ぶことは無かった事に酷く落胆していた。

「花菜江、落ち着いた?」

「うん。ごめんね、取り乱しちゃって。」

「謝る事ないよ。私だって花菜江と同じ気持ちだもん。悔しいよね、あと一歩の所なのに自白させられなくて。」

「うん・・。」

「でもアイツ大分動揺してたみたいだから、絶対何処かでボロをだすって。私達にはもうアイツを追い詰める事は出来ないけれど、きっと石田さんがアイツを捕まえてくれる。」

「だといいけど・・。」

花菜江と有実がお互いに励まし合っていると、不意に部屋に設置されている電話が鳴り響いた。花菜江が電話にでるとフロントからだった。

 『お休み中の所恐れ入ります。新田様宛に外線電話がありましたので、おつなぎしても宜しいでしょうか?』

 『外線電話?誰からでしょうか?』

 『それが、こちらがお聞きしても言わないのですが、相手は女性の方です。』

 『・・わかりました、繋いでください。』

フロントの従業員が電話を繋ぐと、花菜江はすぐさま『もしもし』と何度か繰り返し呼びかけたが相手側は無言であった。そして暫くしてからそのまま通話は切断された。

「誰から電話?」

有実が不思議そうに聞くも、花菜江も不思議そうに首をかしげるだけであった。

「さあ、無言で切れちゃった。」

「やーね、なんだか気味が悪い。」

「フロントの人が相手は女性だって言ってたけど、有実心当たりある?」

「全然。会社の人なら私か花菜江のどちらかの携帯に電話をかければ済むことだし、知り合いじゃないんじゃない?」

「そうだよね。なんだか判らないけれど、放っておこう。ねえ、暫くしたら夕飯外に食べにいかない?長野での最後の夜だからお酒も飲みたいし。」

「賛成!。って、お酒は毎日飲んでる気がするけどね・・。」

花菜江と有実は不審な電話の事はすぐに忘れて、明日帰京する為に荷物をまとめ始めた。そして、何処で何を食べるのか観光雑誌を眺めながら話を盛り上がらせた。


長野市内の繁華街で食事を終えた花菜江と有実はたらふく食べ終えてすっかりとお腹を満腹に膨らませていた。そして酔っ払っていた。二人とも千鳥足で繁華街から、ホテルのある駅前に向かうために、ふらふらと大通りを外れた裏道を歩いていた。

「も~食べれない~」

「ね~、花菜江~、もう一軒いこ。まだ飲み足りないよ~。」

「ん~、いっちゃう?」

「うん、いこいこ。さっき通り過ぎた所に飲み屋があったからそこ入ってみない?」

「OK、OK!も~今日はやけ酒よ~。死ぬまで飲んでやる~。」

すっかり酔っ払っていた二人が通り過ぎるのを待つかのように、一台の車がエンジンをスタートさせた。

「も~、有実しっかりして、こんな所で吐かないでよ~。」

アルコールの毒気にやられて足下や視界がしっかりとせず、道の真ん中で座り込んでしまった有実を花菜江が介抱していたのだが、ふと花菜江は後方からエンジン音が近づいて居るのに気がついてふと振り返ると、一台の車が真っ直ぐスピードを落とさずに迫っているのに気がついた。

「!!っつ・・・。」

花菜江はとっさに道ばたに座り込んで閉まっている有実の手をひっつかんで強引に道の脇に引っ張ると、二人で道路脇に倒れ込んでしまう。

車は二人を追い越し、少し離れた場所で急停車すると、再び、今度はバックで花菜江達に向かって車を突っ込ませてくる。

「ヤバいよ、有実しっかりして!」

有実もこの状況で酔いが覚めたのか、おぼつかない足取りで花菜江と二人で急いで路地裏に逃げ込むと物陰に身を潜ませ暫くうずくまった。息を潜ませ気配を消してじっと動かずに身を潜ませていると、車のエンジン音は遠くの彼方に走りさって行った。数分後、辺りが静まり車の気配が無くなったのを見計らいひょっこりと顔を通り沿いに顔を覗かせ、先ほどの暴走車がいなくなったのを確認すると二人はホッと一息ついた。

「ねえ、さっきの車もう行った?」

「多分ね・・。さっきの白い車はもう居ないみたい・・。でも何処かに隠れていてまた襲われたらどうしよう・・。」

花菜江も有実もゾッとして身を震わせると、再びその場に座り込んでしまう。

「石田さんに連絡しようよ。一応ひき殺されそうになんたんだから警察に通報しなきゃ。」

「うんそうだね。」

花菜江はスマートフォンを取り出すと、石田にダイヤルした。


それから約一時間後、花菜江と有実は長野警察署内にいた。事の顛末を石田に説明して色々質問されて、そして被害届けも出して署内の廊下に設置してあるソファですっかりと疲れ切ってしまい、ぐったりとしていた。ぐったりといている二人に石田が近寄ってくる。手には飲み物が握られていた。石田は花菜江と有実の二人に優しく飲み物を差し出す。

「大丈夫か?」

「石田さん・・。お手数をかけてしまってごめんなさい。」

「いいや、君たち二人が無事で良かった。それにしても、君たちを狙った犯人に心当たりはあるのか?」

「いいえ・・。車を運転している人の顔までは見えなかったから。でも、今日山下に会いに行ったことが関係あるのかな。」

「山下か。まさか山下を怒らせる様な事言ったのか・・?」

「言ってない。・・と言いたいけど、もしかしたら少しだけ怒らせたかも。」

「花菜江ったら、かなりどストレートに問い詰めてたもんね。」

「あーっもう!あれほど言動には気をつけろといったのに。」

花菜江達が話していると、中年の須坂署の刑事が近づいてきた。

「お嬢さん達、大変でしたね。私は須坂署の刑事の鈴木といいます。」

花菜江と有実は鈴木と名乗る須坂署の刑事に軽く会釈をすると、鈴木は花菜江達と目線を合わせるために、その場にしゃがみ込んだ。

「防犯カメラの映像からお嬢さん達二人を襲った車は白のセダンだ。残念ながら運転手までは映っていなかったのですが、実はこの車はある事件に関わっている車と非常に似ておりまして。」

「もしかして、岩垂奈津美さんが殺された事件にも関わっている車ですか?」

「そうです、よく知っていますね。」

「はい、私と、こちらの大谷有実は数日前に殺された佐藤水希さんと同じ会社に勤めている会社の後輩になります。私達、数日前に佐藤さんのお通夜の時に、夕べ殺された岩垂奈津美さんともお会いして話もしているんです。」

「ほう、岩垂奈津美と面識があったのですね。偶然にもこの長野署の石田君も独自調査で岩垂奈津美と会話をしたことがあったそうですが、お二人は石田君とも事前に面識があったのでしょうか?」

鈴木はちらりと石田を見る。鈴木から探るような視線を受け石田はギクリとし、身を固くした。石田は花菜江に目線で『否定しろ』と合図を送っり花菜江もその合図を読み取り、慌てて首を振る。しかし鈴木は何かを感じ取ったのか口元を少しだけ歪ませると、すぐに無表情になった。

「い・・いえ、この二人とは佐藤水希の件で事情聴取した時に面識があっただけです。」

「ッフ・・・。そうですか。襲われた理由は分かりますか?」

「いいえ。」

これも嘘である。岩垂奈津美が殺された事件と関わっていたかもしれない車といえば考えられる事は一つ。自分たちを襲ったのは山下将弥に違いないと思ったのだが、それをこの鈴木と名乗る須坂警察署の刑事に話してしまうと、石田が一般人を捜査に関わらせていたとバレてしまうのだから。

「ともかく今日は大変な目に遭いましたね。ホテルまで送りましょう。」

「はい、ありがとうございます。」

「あ・・鈴木さん。僕が彼女達を送りますから。」

「そうか、頼みましたよ。」

石田は花菜江と有実を促して自身の車に向かった。鈴木は、石田と花菜江達の姿を見送った後、藤堂の元へ向かった。

「藤堂さん。あの二人のお嬢さん達を襲った車は、岩垂奈津美が死亡していた付近の防犯カメラに映っていた車と非常に良く似ていた。もし、同一の車ならばお嬢さん達を襲った犯人と岩垂を殺した犯人は同一人物かもしれない。ならばあのお嬢さん達がその犯人に狙われる理由は一つしかない。」

「と・・いいますと?」

藤堂は、部下の石田が一般人を極秘に捜査に加えている事がバレたのでは無いかと内心ヒヤヒヤしながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あの二人が犯人を知っているか、もしくは何か犯人に繋がる証拠をつかんでいるからではないでしょうか。」

「さ、さあ。どうなんでしょうね。もし犯人に繋がる証拠を持っていたのなら、とっくに情報提供して貰っているだろうし、それに佐藤と同じ会社の人間だってだけで襲われたのかも。」

「殺された佐藤水希と同じ会社というだけで襲われたのなら、佐藤は事前に犯人に繋がるような事を会社の人間に話していて、犯人はそれを警戒しての犯行なのか、それともやはり犯人と面識があったとしか思えません。」

「そうですか・・。」

藤堂にはとぼけるしか出来ない。藤堂が思い浮かんだ花菜江と有実をひき殺そうとした犯人は山下将弥しか思い当たらない。しかし、本当に山下の犯行か決定的に確信できない理由があった。それは・・・。

「佐藤水希関連からすると、犯人は山下将弥の可能性があります。ですが・・山下の所有する車の色は紺色だ。それに車種も違う。」

「確かに。山下の所有している車ではありませんね。その彼女の霧島・・玲香でしたっけ?その女性の車とも違うみたいだ。」

そう、警察の捜査で判明した山下と霧島の所有している車は、山下が紺色の車で霧島が白の軽自動車を所有している事が判明している。白い車はどちらの車でもない。

「う・・む、せめてナンバーさえ判ればいいのですが。」

「ですね。あ、それと石田君の事ですが、彼は嘘をつくのが下手ですね。どうも彼は表に感情が出やすいみたいだ。警察はどんな相手でも冷静な対応を求められますから、もう少し感情をコントロールする訓練をしたほうがいい。」

「確かに石田は少々気が短く、感情が表にでやすい。まあ若さ故なのかも知れません。」

「ですね。では私やもう一人の刑事は今日はこれで帰ります。明日は日曜だというのに朝から聞き込み捜査ですから。石田君にはあまり一般人を巻き込まないようにと伝えておいてください。」

「はいわかりました。お疲れ様です。」

鈴木は身を翻し、もう一人の刑事となにか話しながら立ち去った。残された藤堂も捜査本部に戻ろうとした時、鈴木の『彼は嘘をつくのが下手』『石田君にはあまり一般人を巻き込まないように』という言葉を反芻し、その意味を察すると慌てふためいた。


「じゃあ、私達を狙ったのは山下の車じゃないんだ。」

「そうだ。山下の車は紺色の車で車種も違う。君たち二人を狙ったのは白い車だろう?せめて運転していた人物の顔くらいみていたら良かったんだが。」

「それどころじゃ無かったの。私も有実も酔っ払っていたのもあるけど、逃げるのが精一杯で。」

「あたしもー。酔っ払っていて花菜江が引っ張ってくれていなかったらヤバかったんだから~。」

花菜江も有実も自分たちを狙ったのは山下だと思ったのだが、襲撃してきた車が山下の所有している車とは違う事に驚いた。状況的には山下しか考えられないのだが、ならば一体誰なのか、誰が花菜江と有実を襲ったのか、解決していない疑問はまだ残っている。

「ともかく二人は明日は必ず東京に帰った方がいい。これ以上は危険だ。」

「はい・・。」

「石田さんは、これからも佐藤さんの一件を捜査するんでしょ。なにか進展があったら教えてくれる?」

「・・・佐藤の件は無理だが、君達を襲った犯人については教える事ができる。なんていったて被害者だからな。」

「・・うん、そうだね。私ね、私達を車でひき殺そうとした犯人は山下か霧島玲香のどちらかだと思ってる。もし、それを突き止めることができれば、芋づる式に佐藤さんの一件も自白させることができるんじやないかな。」

「そうだねぇ・・。あっ!」

有実が何かに気がついたかの様に急に大きな声をあげたので、石田も花菜江もびっくりした。石田などはびっくりした衝動で車のハンドルを少し揺らしてしまい、車を蛇行させてしまった。

「きゃっ!なによ有実。急に声をあげちゃって。」

「ほら、今日の夕方ホテルの部屋に居たとき無言電話がかかってきたじゃない。あれって何か関係があるんじゃないの?」

「無言電話。」

「そうなんですぅ、石田さん。一度だけなんですが外線電話で無言電話がかかってきたんですぅ。」

「一度だけの無言電話か・・。気になるな・・。」

「そうなんですぅ。電話をつなげてくれたホテルの人の話によると相手は女性だったらしんですが名前までは名乗らなかったらしいんですよぉ。」

「それは具体的に何時頃の事だ?」

有実はその時の時刻を伝えると、石田は考え込む。

「もしかしたら、君たちが部屋にいるかどうか確認したのかもしれないな。山下に泊まっている場所を知られたとか身に覚えあるのか?」

「ううん、言ってない。今日の昼間山下に直接会って問い詰めたんだけど、逃げられちゃって、それから真っ直ぐホテルに戻ったりはしたけど・・。」

車内は静まりかえる。花菜江と有実は山下に会った後、真っ直ぐホテルに戻った。山下が怒って自分の家に戻った後の事は流石に判らない。てっきり家に閉じこもったまま出てこなかったと思っていたのだが、自分達の後でもつけていたのだろうか?と花菜江は考えた。

「思うに、あの時の山下が私達の後をつけて居場所を突き止めたとは考えにくいんだよね。私が山下に佐藤さんを殺した事を問い詰めたから大分動揺していたみたいだし、その山下が探偵みたいに気がつかれずにこっそり後をつけるよな精神的余裕なんてあったとは思えない。」

「そんなにキツく問い詰めたのか!?」

「そうなの、花菜江ははっきりと『佐藤さんを殺したのはあなたでしょう』って言ってもん。岩垂さんも殺したでしょうって、かっこ良く問い詰めてたんだからぁ。」

「おい・・・。思うのだが、新田は少々軽率な所があるぞ。しかもせっかちだ。君の気の短い性格上相手にはっきり言ってやらなければ気が済まないかもしれないが、そういう性格は厄介ごとを招きやすい。少しは自分を抑える訓練をした方が君の為だ。」

「うん・・。以後気をつけます・・。でも山下も真面目な公務員なら感情的に白昼堂々と危害を加えてくるなんて無いと思ったから。」

「二人の人間を殺したかもしれないような人間が真面目な公務員か?」

「・・・・。」

石田の言う事はもっともだと、花菜江も有実も言葉を失う。山下は佐藤や岩垂の二名を殺した容疑があるばかりか、何かしらの後ろめたい秘密があるのだ。恐らく犯罪系の。だから佐藤が殺されたかもしれないのだから。

「ともかく明日は東京に帰るんだろう?何時頃の新幹線で帰るんだ?」

「ん、お昼前の便で帰る予定。」

「石田さんは明日見送りに来てくれるんですかぁ?」

「・・いや・・。明日も朝から仕事だ。恐らく見送りにはいけない。」

「石田さんには色々お世話になりました。」

「・・・そうだな・・。色々と世話をした・・・。君たちも元気でな・・。何か困ったことがあれば俺に連絡を寄こせ!そうだ、俺からも佐藤の事で何か進展があったらこっそり教えてやるからさ。」

「石田さんさぁ、何か花菜江に言いたいことあるんじゃないのぉ?」

有実が後部座席から石田の顔をのぞき込むように身を乗り出すと石田は有実の意味深な言葉に少し動揺を見せたが、すぐに平静さを装う。

「そ、それだけだっ。気をつけて東京に帰れよ。今日みたいに襲われそうになるなんて事無いように。」

(石田さんも、頑固な所は花菜江とよく似てるんだよね。気がついて無いと思うけど。)

有実は石田の本心を見抜いていたが、言葉には出さなかった。有実は普段空気読めない発言が多い方だが、男女の機微についてはあえて口出さないようにしている。そして、それ以外にも、僅かながら花菜江に対する女の嫉妬もあったからだ。

「着いたぞ。」

「石田さん、お世話になりました。そして必ず犯人を逮捕してくださいね。」

「お世話になりました。事件解決がんばってくださいねぇ。」

「おう。任せておけ。気をつけて帰れよ。」

花菜江と有実は石田の車を降りると石田に一礼した。石田はホテルに入っていく花菜江の背中をいつまでも見送った。










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