第8話 点と点を繋ぐ線
土曜日の朝、朝食を済ませた花菜江と有実は身支度をしていた。山下に会いに行くためだ。二人は山下の現住所は判らないが、石田に連絡をとり山下の住所を聞き出すか、霧島玲香の家に行けば、もしかしたらそこに山下がいるかもしれないと考えていた。
点けっぱなしのテレビでは朝のニュース番組が放送されていて花菜江達は殆どそのニュース番組を聞き流しており気にとめていなかったのだが、流れてきたアナウンサーの耳を疑うような内容に驚愕した。
『昨夜未明、長野市内で女性の遺体が発見されました。見付かったのは
須坂市在住の岩垂奈津美さん 33歳女性です。死因はまだ特定されて
いません。警察は事件と事故両方の線で捜査を・・・・』
「有実・・この人・・あの岩垂さんじゃない!?」
花菜江の言葉に有実も驚愕した表情で頷く。テレビに映っている顔写真の顔は、まさしく佐藤の高校時代の親友である岩垂に間違いなかった。
「ねえ・・・まさか・・岩垂さんも殺されちゃったとか!?」
「そんな・・。岩垂さんが殺される理由って何なの!?」
「知らないわよ、でも花菜江・・。今のタイミングで佐藤さんの親しい人が死ぬなんて、誰かに殺されたとしか思えないよ。」
花菜江と有実はテレビ画面を凝視した。岩垂の報道が終わると、リモコンで他のチャンネルボタンを押して、他の局でも岩垂の事件について報道していないか確認したが、現時点ではさほど大きな事件として取り扱われていないのか事件に対しては触れている番組は無かった。
「なんで岩垂さんが。」
「何でだろう・・。」
あまりにも急な事に花菜江も有実もお互いの顔を見ながら言葉が見付からず絶句していると、突然花菜江のスマホにメール着信の音声が鳴り響いた。花菜江は急いでボタン操作してメールの内容を確認すると、あの佐藤の実家に向かう途中に利用したタクシーの運転手からだった。
>>この間はご利用ありがとうございました。実は水希ちやんの事件の件で、色々調べてみたんですが、同じ会社の長野市内担当の同僚が事件当日に怪しげな人物をタクシーに乗せていたというのが判明したのでお知らせします。ドライブレコーダーにその人物が映っているので確認してみませんか?
本日お会いできますか?
「この間のタクシーの運転手さんの同僚の運転手さんが事件の当日に怪しげな人物をタクシーに乗せていたんだって。で、今日会いたいって言ってるんだけど。」
花菜江は有実にメールの内容を伝えると、有実も力強く頷き同意する。
花菜江と有実は待ち合わせ場所である長野駅前に向かった。駅に近づくと、見覚えのある男性が大きく手を振って合図して花菜江と有実に合図を送ってきた。
「おー、きたきた。待ってました。」
「お待たせしました。ご連絡ありがとうございます。」
「こちらこそ突然呼びつけてしまって済みませんでした。僕もあれから水希ちゃんの無念を晴らしたくてタクシー仲間に聞いて回ってたんです。そうしたら、ここにいる垣内っていうんですが、垣内が水希ちゃんが殺された当日の朝、大門町の辺りで客を拾ったそうなんですよ。」
「それって、男性の客なんですか?」
「そうです。」
垣内と呼ばれたタクシー運転手は答えた。
「朝の八時過ぎ頃の事なんですがね、いつもの様に長野市街地を巡回しながら客待ちしてたんですよ。その時はまさか善光寺で人が死んでいたなんて思いもしなかったんですがね、たまたま大門町の辺りで少し休憩してたんですがね、その時男の客が乗り込んできたんですよ。別のそんな事よくある話ですがね、別に特別な事ではないので別に怪しいとはは思わなかったんですがね、様子が少し挙動不審というか帽子をかぶって顔を隠すように俯きながら荒い気息遣いをしていて様子が少しおかしかったんですよ。タクシー運転手は色んな客を乗せて、色んな人間をみてますから、悪いことをしてきた人間なんかは一発で判ります。それから数日後にコイツが見せてきた写真に似た感じの客だって気がついて、その時のドライブレコーダーの映像を見せたんですがね、そしたら写真の男と同一人物だーっていうんですから。」
「そのドライブレコーダーって見せて貰うことは可能ですか?」
「はい、大丈夫です。」
運転手の垣内は社内に搭載されているモニター画面を操作すると、事件当日の朝の映像を再生した。そこに映っていたのは確かに山下将弥であった。山下は帽子を深々とかぶり、少しうつむき加減でタクシーに乗り込むと、運転手に行き先を告げていた。そして移動の最中も落ち着かない様子でキョロキョロして、確かに垣内の言うとおり挙動不審であった。
「・・・この人です。確かにこの人が佐藤さんの婚約者の男性です。」
「やっぱりコイツが水希ちゃんの婚約者の男だったのか。偶然にしちゃあ事件当日に善光寺付近にいるなんて怪しい。」
「垣内さん、この男の人何処で降ろしたんですか?」
聞けば、この事件当日の朝山下を乗せたタクシーはなのが市内にある住宅街のゴミ集積所で降ろしたという。ゴミ集積所と聞き猫が毒入りおやきを食べて死んでいたゴミ集積所を思い出した。花菜江は急いで石田に連絡を入れて確認すると、確かに事件当日山下がタクシーを下車した場所は、猫が死んでいたゴミ集積所と一致した。
「あ、あの。今から刑事さんをここに呼ぶんでこの映像を刑事さんにも見せて貰っていいですか?」
「もちろんいいよ。水希ちゃんの為だ。犯人逮捕の為に全力で協力させてもらうさ。」
タクシー運転手の二人は力強く頷く。
花菜江の呼びかけに応じた石田と藤堂がタクシーのドライブレコーダーの映像を確認すると、幾つか運転手に質問をしていた。
「この映像の記録媒体を少し預からせてもらって酔いでしょうか。警察書で映像をコピーしたらお返しいたしますので。」
「もちろんです。」
タクシー運転手からの情報提供を得た石田は満足そうに花菜江と有実に向かって、微笑む。
「よくやったな。お手柄だぞ。これで山下の身辺を調べる理由ができたんだからな。」
普段辛口の石田に褒められて、花菜江と有実も満足そうに笑顔になった。
「そーよ、私と有実の人脈のたまものなんだからね。感謝しなさいよ。」
いつもなら、つい調子に乗ってしまう花菜江に突っ込みを入れる石田だが、今回ばかりは警察も手に入れることが出来なかった、容疑者の情報を手に入れた二人に石田も突っ込みを入れる気にならない。
「この後、俺とあそこにいる人とで一旦署に戻って映像を分析した後山下に正式に事情聴取することになると思う。そうしたら霧島玲香にも同じように事情聴取の為に署に呼んでだな・・」
「石田!」
石田は自分を呼ぶ声に一瞬ビクッとなって、おそるおそる振り向くと、藤堂がすぐ後ろに立って渋い表情をしていた理由を悟った。
「石田、一般人に捜査内容を話すのは駄目だぞ。うかつに情報を漏らすなよ。」
「わ、わかってますよ、藤堂さん。ただ、この二人には山下のアリバイを崩す情報提供をしてもらったんで、ちょっとだけなら・・と・・。」
「ちよっとだけでもだ~め!」
「はは・・ですよね・・。」
藤堂は花菜江と有実の顔をまじまじと見つめると表情を緩め、軽く微笑む。
「お嬢さん達が『おかしな二人』ですか。昨日、山下が言ってたのは。」
山下が石田と藤堂に話した『おかしな二人』とは、今、目の前にいる二人の女性だと直感的に藤堂は気がついた。警察以外にも山下の身辺を探っている二人組で、しかも部下の石田と顔見知りで、石田がつい捜査情報を話してしまうような気心がしれた相手はこの女性二人組だと長年の警察として勤務していた経験により察した。
「えっ・・・。いえ・・・。その・・。」
花菜江は素直に「はいそうです。」とは超えられない。ここで『Yes』と答えてしまえば石田に迷惑がかかってしまう。でも、花菜江の心の内を見透かすような藤堂の様な熟練刑事の質問に思わず口ごもってしまう。
「藤堂さん、この二人は殺された佐藤水希の会社の同僚でして、佐藤の死に関して独自に調べていたんです。この二人には決して警察の捜査内容なんて話してませんから。」
「ふ・・む、怪しいな。でも、お前は最近なんだか楽しそうに見えたしな。それこちらのお嬢さん方が佐藤水希の会社の同僚だというのは知っているよ。」
藤堂も長年刑事として生きてきたベテランだ、冥途商事の一行の事情聴取をしたときに一度花菜江と有実とは顔を合わせているのだから、数日前に顔合わせした人間の顔くらい覚えている。
「とにかくだ、一旦署に戻って映像の分析を班全体で行うぞ。俺は先に戻っているから、お前はこちらのお嬢さん方によ~くお礼をいっておけ。それから戻ってこい。」
「はい。ありがとうございますっ。」
「お礼をいうのはお嬢さん達にだ。」
「はい!」
藤堂は一瞬、花菜江達と石田に交互に目配せしてから、一足先に署に戻っていった。後に残された花菜江と有実と石田は、藤堂なりの気遣いを感じ、それに甘える事にして、花菜江は有実と石田を引っ張って喫茶店に入ると、今朝テレビ報道されていた岩垂の死について石田に聞いてみることにした。
「あのさ、今朝テレビで岩垂奈津美さんが殺されたってやってたんだけど・・。」
「ああ、あれか。あれは須坂市の事だから、長野署では管轄外だ。それがどうした?」
「あの岩垂奈津美さんっていうのは、佐藤さんの高校時代の親友だっていう人なのよ。私と有実も、佐藤さんのお通夜の時に一度会ってお話を聞いた人と同一人物。」
「ブッ!そーなのか!?須坂市で殺された岩垂って女は、君たちが通夜の席で話を聞いてきた岩垂と同一人物だったのか。しかも高校時代のって事は、山下とも霧島とも知り合いって事か。」
お店の中で『殺された』という単語を大声で叫んでしまった石田は、思わず他の客達の視線を集めてしまう。慌てて声をひそめ、周囲に気を遣いながらヒソヒソ声で話し始める。
「でね、石田さんはその岩垂さんの事件の事教えて欲しいんだけど。」
「残念ながら今は何も判らないんだ。元々須坂市で起こった出来事だから管轄外だからな。問い合わせてみれば、今現在判っている事を教えてくれるかもしれないが、君たち二人には話せない。」
「なら、自分で調べるからいいよ。ね、有実。」
「・・う、うん。」
花菜江に同意を求められたものの有実はいまいち乗り気では無かった。
「でも、昨日の今日起こった事件だ。須坂警察署でも何も判っていないと思うぞ。」
「だからそれを自分で調べるんじゃない。佐藤さんの一件から数日後に、友達の岩垂さんが殺されるなんて、絶対に犯人は山下だってば。」
「決めつけは良くない・・といっても、かなり怪しいよな。」
そんなやり取りをしている二人を眺めつつ、有実は何か言いたそうに浮かない顔をしていた。
「山下がやったかどうかは判らないが、もし仮にだ、山下が岩垂って女をヤッたのならかなりの危険人物って事になる。なんたって佐藤をも殺したかもしれないんだからな。くれぐれも直接会いにいったりして相手を刺激しないように。」
「判ってるって。でも、思うに事件の鍵は佐藤さんが握ったという山下の秘密だと思うのよ。山下が霧島玲香と結婚したくて佐藤さんが邪魔になったんじゃなくて、佐藤さんが握っている秘密が原因なんじゃないかな。その佐藤さんが握っていた秘密さえ判ればいいのに・・。」
『判ってる』といいつつも花菜江は判っていなかった。佐藤が握っていた山下の秘密をどうにかして知りたい。心の中は事件解決しようとする意欲で満ちていて、花菜江自身その欲求を我慢できていなかったのだから。
「ここだけの話だが、今警察で犯行に使われた青酸カリの出所を調べてるんだ。」
一般人に警察の捜査状況を話すなと藤堂に口止めされ、石田自身も話せないと断言したばかりなのにもう話してしまっている石田を、格好つけて偉そうな態度を取っているけれど、以外と天然なのかも知れないと花菜江は思った。
「で、わかりそうなの?」
「すぐには答えは出せないが、霧島玲香の勤務している病院を含めたここら辺の医療機関や薬局や工場に問い合わせして保管してある青酸カリが減っていないか聞き込みをしてるんだ。もし霧島玲香が勤務している病院に保管してある青酸カリが不自然に減ってたりしたら、霧島玲香にも事情聴取できる。」
「なるほど!それなら自然な形で霧島玲香をマークできるね。」
「まあ、簡単に口を割るとは思えないけどな。もしかしたら岩垂って女性も殺している可能性もあるしな。二人も人を殺して平然としているなんてまともじゃ無い。」
「山下将弥もマークできるね。」
「そうだな。」
警察の捜査が順調に進んでいて浮かれ気分になっている花菜江に、有実は浮かない表情を向けている。そんな有実の様子を花菜江は気がついていない。
「もし霧島玲香の勤務している病院から青酸カリが持ち出された形跡があれば、彼女の家も捜索できる?」
「そうだな、現場から霧島の指紋がでてきたとか、防犯カメラとかの映像を確認したり目撃証言とかあれば・・」
「ねえ、ちょっと!」
有実が会話を中断させるような呼びかけに石田と花菜江は口をつぐんで、有実に注目すると、有実の困った表情を二人に向けていた。
「花菜江、判ってる?私達に残された時間は今日で最後。明日には東京行きの新幹線に乗らなきゃいけないんだよ。」
「う・・・判ってる・・・。」
「本当に!?警察が青酸カリの出所を調べていたとしてもすぐには判りっこない。だから私達には結果を待っている時間はないの。今日調べられる事が無ければ、後はもう石田さんに全てお任せしなきゃ。」
有実の言う事は正しかった。花菜江はついこのまま警察の捜査の結果を石田から聞けるつもりでいたが、その結果を聞ける時間は花菜江と有実には残されていない。
「大谷の言うとおりだ、後は警察に任せて安心して東京に帰りなさい。」
「石田さんまで・・じゃあわかった。今日で最後にするから。でも今日一日くらいは最後の悪あがきはさせてね。」
「悪あがきって・・あまり危険な事は・・。」
「大丈夫。危険な事はしないし、石田さんの迷惑になる様な事しないからさ。」
「ならいい。じゃ俺は署に戻るからな。ここの会計は特別に奢ってやる。」
「当然!今まで捜査に協力してきたんだから、これくらいのお礼はされてもいいもんね。」
「石田さんの奢りならもっと沢山注文しとけばよかったぁ~。」
「・・・・・。」
石田は会計を済ませると、警察書に戻っていった。
警察書に戻った石田は真っ直ぐ藤堂の元に向かった。
藤堂は若い刑事と何かを話していたが、石田に気がつくと軽く手を振った。
「おう石田。今な、事件の数日前からの佐藤の通信記録が判ったところだ。」
「それで、どうでした?佐藤は事件当日誰と連絡取っていたんですか?」
「それがな、佐藤は前日や当日誰にも連絡はしていなかったんだ。電話もメールも。」
「・・・じやあ佐藤は当日携帯電話は使わなかったということですね。」
「そうだな。当日以前なら何件か電話連絡していたみたいだ。その中には山下将弥も含まれていた。」
「・・・。当日会う約束でもしたんですかね。」
「まだ本当に会ったかどうかは判らんが、その可能性が高いな。しかし、事件当日、佐藤は誰にも電話もメールもしていないとは、今時の若い子はそうなのか?ほら、誰かと会う約束してるなら、直前に電話したりするだろ?それをしないもんなのか。」
石田は確かに藤堂の言うとおりだと思った。普通なら、当日誰かと会う約束をしていたのなら、電話やメールで相手に連絡をしてこれからそちらに向かう位連絡するだろう。今まで遠距離で恋愛していた相手ならば尚更であろう。
「公衆電話から相手に電話したって線もあるが、今は公衆電話も数が少ないからな。いや、駅前になら無くは無いか。」
石田の頭にある考えが浮かぶ。今や誰もが使う携帯電話。誰でも暇さえあれば、画面をいじりネットサーフィンをしたり誰かにメッセージを送ってコミニュケーションを取ろうとする。これから会おうとしている相手なら尚更だ。しかし、佐藤はそれをしていなかった。
「もしかして、佐藤は社員旅行に携帯電話・・いえスマートフォンを持っていなかったのでは?」
「なに!?今時携帯電話を持たずに旅行に行く若者がいるのか。」
「確かにスマホを持たずに旅行に行くなんて変わってますけど、佐藤のスマホには恐らく山下が職場で行っていた不正の証拠が入っていたかもしれないんです。佐藤はその不正の証拠を山下に破棄されるのを恐れて元々スマホを持っていなかった可能性もあります。」
「不正の証拠か・・。確かに不正を行っている当人に会うのに、わざわざ証拠も持って行くのは危険だからな。それじゃあ、肝心のスマホは何処にあるんだ?」
「そうですね、誰か信用している人物に預けるとか。もし自分が死んだらその証拠を警察に届けてもらう手はずになっているとか。」
「お前の思っている、佐藤の信用している人物は誰だと思う?」
「さあ、親とか妹さんとか。でも・・確かあの二人が佐藤水希の妹はスマホの行方なんて知らなかったって言ってたっけ。会社の同僚って線もありますね。」
そこまで言って石田はある大切な事を思い出す。花菜江達が喫茶店で言っていた、昨晩須坂市で遺体で発見された岩垂という女性が佐藤の高校時代の親友の岩垂奈津美という女性だという事を。
「そういえば、昨夜須坂で遺体で発見された岩垂って女は、佐藤水希の高校時代の友達だったらしいです。」
「なに!?それは本当か?」
「はい。県立須坂北西第二高等学校を卒業しているはずです。佐藤水希と山下将弥と婚約者の霧島玲香と同じ。」
「よし、すぐに須坂署へ電話して聞いてみる。」
藤堂はすぐに電話で須坂署へ遺体で発見された女性について問い合わせをしてみた。
藤堂の電話最中の様子から石田はすぐに、須坂市で遺体で発見された女性が佐藤水希の親友の岩垂という女性と同一人物だという事の確認が取れたことを察する。
「わかったぞ。昨夜殺された須坂の岩垂という女は佐藤水希と同じ高校に在籍してた事が須坂署で調べがついたそうだ。やはり、お前の言うとおり佐藤水希の関係者だったみたいだな。」
「やっぱり・・。」
「それより、石田よ。『あの二人』とは今日会った情報提供してくれた冥途商事の女性二人の事か?」
「は・・そうです・・。」
「あの二人は何処まで調べているんだ?」
藤堂にそう言われて石田は、花菜江と有実が会社の先輩で有る佐藤の仇を討つ為に犯人探しのため二人で長野に残り、あちこち調べて歩いていた事、佐藤のお通夜に出向き妹の希や岩垂奈津美と会い話を聞いてきたことを全て話した。
「ふ・・む。今時の若い子にしちゃなかなかガッツがあるじゃないか。その功績に免じて一般人が警察の捜査に加わっていた事は秘密にしておいてやる。ただし、上の連中には絶対にバレるなよ。」
「判ってます。藤堂さん、今まで黙っていてすみませんでした。」
「その二人が佐藤の妹から卒業アルバムを預かっているんだろう?顔が見たいんだが、ここに持ってくる事出来るか?」
「はい、勿論です。」
「それと、須坂署の連中が、佐藤水希の事件と関係あるかどうか調べたいそうだから今日こちらにやってくるそうだ。もしかしたら合同捜査になるかもな。」
「わかりました。」
「今日は忙しくなるな。」
石田は花菜江に連絡入れるためスマートフォンを取りだした。しかし、石田の心は少し焦っていた。明日には花菜江達は東京に帰ってしまう。今日中に事件を解決するのはどう考えても難しいのは明白であり、須坂署の刑事達と事件について協議するのであれば、今日はもうゆっくりと話をしたりする時間はとれないのだから。
花菜江と有実は石田が警察書に戻った後、これからどうするか話し合っていた。石田にあまり危険な事はするなと釘を刺されていたのだが、大人しく従う花菜江ではなかった。
「ねえ、有実、これから山下の家に行ってみようよ。」
「行くのはいいけど、確実に自白なんてしないと思う。」
「でも、直球で聞くしか無いよ。自白はしないだろうけど、揺さぶりかけてぼろをださせるしかない。」
「う~ん、上手くいくかなぁ。私は相手が逆ギレするんじゃないかって思うよ。それに山下の現住所知ってるの?」
「う・・それは・・。でも山下が駄目なら霧島玲香の家に行こう。もしも霧島玲香が自分の勤務している病院から青酸カリ持ち出ししていたのなら、誘導尋問で自白させることが出来るかも。なんたって、二人は岩垂さんの死にも関わっているかもしれないんだから、人を二人も殺したんだからかなり気弱な気分になっているはず。でも、私達に出来る事はもうこれだけ。もうこれ以上証拠探ししている時間が無いもん。残念だけどね。」
「うん。最後の悪あがきってヤツだよね。ホテルに戻って霧島玲香の住所もう一度確認してから行きますか。」
花菜江と有実は一旦ホテルに戻り、佐藤の妹から預かってきた年賀状を確認していると、花菜江の携帯が鳴り響く。石田からだ。
「はい、新田です。石田さんどうしたの?・・えっ、佐藤さんの卒アル?別にいいけど・・。うん、うん、わかりました。今、有実とホテルに戻ってるの。こっちにこれる?」
「花菜江、石田さんなんて?」
「今からこっち来るって。佐藤さんの卒アル貸して欲しいんだって。」
「ふ~ん、そう・・。」
有実はそっけなく相づちをうつ。
それから30分ほどして石田がホテルに到着した。
「悪いな。佐藤の卒アル借りるぞ。」
「うん、持ってて。でもいつまで使うの?私達明日には東京帰るんだけど。」
「ああ、こっちの方で佐藤水希の妹に返しておくよ。」
「そうだ、石田さん。山下将弥の現住所教えてよ。有実とこれから行ってくるから。」
「駄目だ。危ないから止めろ。人を二人も殺したかもしれない奴に女だけで会いにいくな。」
「また女性差別発言して・・。でも、大丈夫。軽く質問するだけだから。自白なんてするはず無いから、最後に佐藤さんの事で2つか3つ質問するだけ。岩垂さんの事は言わないよ。もし山下が岩垂さんも殺してたとしたら逆上させちゃて危ないだけだしね。」
もちろん嘘である。花菜江は石田から山下の住所を聞き出す為に嘘をついたのだ。本心では直球で佐藤の死と岩垂に死について問い詰めるつもりでいる。残りわずかな時間で悪あがきを試みるつもりでいた。
「わかった。でも警察から住所を聞いただなんて言うなよ。」
「わかってるって。適当にごまかしておくから。」
石田は花菜江に山下の住所を教えると、佐藤の卒業アルバムを持って警察書へと戻っていった。
石田が警察署に戻ったタイミングで須坂署の刑事達も長野署に到着した所だった。
石田は藤堂を含め、佐藤水希の卒業アルバムを確認すると岩垂奈津美の高校卒業時の顔写真を須坂署の刑事達にみせた。
「確かに岩垂奈津美ですね。数日前に殺された佐藤水希と同級生で同じクラスだったとは。」
須坂警察書の刑事は高校卒業時の岩垂奈津美の顔を凝視すると、深いため息をつく。
「そういえば、佐藤水希の死因も青酸カリ中毒だったとか。友達同士の死因が同じ青酸カリ中毒とは、偶然ではなさそうですね。佐藤の死因の青酸カリの出所は判ったのですか?」
もう一人の須坂署の刑事が藤堂に問うと、藤堂は首を振った。
「実はまだ調べている最中でして。でも、佐藤水希が善光寺で殺された同じ日に、偶然にも霧島玲香というこれまた佐藤と岩垂と高校時代に同じクラスだった女性が善光寺の宿坊に宿泊していたらしいんです。しかも霧島玲香という女性は市内総合病院で看護師の仕事をしているので、もし万が一、霧島の勤務している病院で保管している青酸カリが持ち出された形跡があるのなら、霧島玲香を事情聴取した後マークするつもりです。」
「そうですが、岩垂奈津美の死亡した場所付近はあいにく防犯カメラが無い畑の中でしたのでスマートフォンの通信記録を漁っている所です。それから目撃情報など聞き込みを行っている最中なのですが、青酸カリの出所で何か判ったら連絡ください。」
「わかりました。」
「あ、それと、」
藤堂と須坂署の刑事の間に石田が割って入る。
「実は、佐藤水希の婚約者と霧島玲香の婚約者は同一人物で山下将弥という県庁に勤務する人物です。そして岩垂奈津美。この四人は高校時代から繋がっている四人です。」
「詳しく聞かせてください。」
「はい、山下将弥は高校時代佐藤水希と交際関係にありました。しかし、大学進学時に別れているんですが、大学卒業後は霧島美玲とも交際を始めています。ですが、佐藤水希は山下将弥とは別れたくなかったみたいで、山下の人には知られたくない秘密を佐藤は掴み、それを盾に結婚の約束を取り付けたみたいなんです。」
「その人には知られたくない秘密とは?」
須坂署の刑事は石田の話に強い感心を示す。石田はこれまでに花菜江達と一緒に調べた内容を説明する。
「それは判りません。ですが佐藤水希が殺された時彼女の荷物の中にスマートフォンがありませんでした。普通誰でもスマートフォンくらい手放さずに持ち歩くでしょう?でも佐藤の手荷物の中にはスマートフォンだけ無かった。犯人が持ち去ったのか、もしくは最初から持っていなかったのかは判りませんが、現金や運転免許証など他の持ち物は全て鞄の中に入っていたにも関わらずです。もしかしたら、そのスマートフォンの中に山下の人には知られたくない秘密の証拠が入っていたかもしれない。」
「それは興味深いですね。そのスマートフォンは犯人が持ち去った可能性がありますね。その山下なる人物の人には知られたくない秘密の証拠を佐藤水希が握っていたと誰に聞いたのですか?」
「・・え・・と・・。」
石田は思わず口ごもった。まさか一般人の新田花菜江と大谷有実が岩垂奈津美に聞いた事を教えてもらったとは口が裂けても言えない。藤堂も気まずそうな顔をしている。
「えっと・・そう、岩垂奈津美です。僕が独自に調べて岩垂に聞いたのです。」
(よし!石田、よくごまかした。)
平静を装いつつも、藤堂は心の中でガッツポーズをする。
「なるほど、すでに殺された岩垂奈津美と面識があったのですね。ならば、一連の事件の被害者には接点があったわけですね。そのスマートフォンがでてこないと今回の事件と山下という人物が関係あるかどうかはわかりませんが、霧島玲香という女性の住まいは何処なんですか?」
「現在は長野市内です。市内の賃貸アパートで一人暮らしをしています。」
「それならば、霧島玲香のスマートフォンの位置情報を調べて、昨夜どこにいたか調べましょう。後、山下将弥の事も現在掴んでいる情報の範囲で結構ですので、詳しく教えてください。彼の昨夜の行動も調べなければ。後、青酸カリの出所も特定しなければ。」
「はい、判りました。」
須坂署の刑事達は霧島玲香と山下将弥に焦点を当てているのだが、石田はなぜか自分が尋問されている気分になった。普段、事件の捜査の際は容疑者を尋問する側に回るので心の中は余裕な気持ちなのだが、後ろめたい事があると、こうも気持ちが萎縮してしまうものなのかと、事情聴取を受ける側の気持ちがこの時初めて分かった気がした。
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