第7話 週末の憂鬱
石田は警察書に戻るなり藤堂の元に行き、捜査して知り得た情報を報告した。もちろん石田が一人で調べたという事になっている。
「なるほどね、お朝事に参加していた参拝客にガイシャと接点がある人物がいたとは思わなかった。」
「そうなんですよ、佐藤水希と霧島玲香。この二人は知り合いだったんです。しかも佐藤が履いていた靴は霧島が履いていた靴かもしれないんです。霧島の足のサイズは23.5㎝。佐藤が履いていた靴のサイズも23.5㎝です。でも佐藤の足のサイズは24㎝です。遺体発見時の佐藤が履いていた靴は霧島の靴の可能性があります。」
「足のサイズは一致するとしても、霧島に佐藤を殺す暇があったのか疑問だ。霧島と一緒に寺に宿泊した二名は、霧島がほとんど自分たちの部屋に居たと証言していたのだろう。どうやって佐藤を殺して鐘の中に吊したんだ。」
「それなんですよ・・。俺にも判りませんが、偶然に高校時代の友達が同じ場所に居て、履いていた靴のサイズも同じでしかも、婚約者も二人とも公務員。偶然にしちゃできすぎてますよ。勿論、たまたま一致したという可能性もありえます。でも、俺はただの偶然とは思えない。」
藤堂は腕を組んで深々と椅子の背もたれにもたれかかった。
「ふ・・む。佐藤の婚約者と霧島の婚約者はそろいもそろって公務員ってことだが、婚約者同士は知り合いなのか?」
「いえ、そこまでは判りません。ただ、佐藤の婚約者の名前が山下将弥という名前だという事と県庁に勤務しているという事だけです。」
藤堂が窓の外にチラリと目線を移すと、外はまだ明るく夕暮れ時にはまだまだ早いことを確認すると、側にいた若い刑事に声をかけた。
「おい、県庁にいって山下将弥という職員がいるかどうか確認してこい。くれぐれも警察が調べていると気づかれるないように。その後、役所に行って山下の現住所を確認だ。」
「はい、わかりました。」
山下将弥という佐藤の婚約者が事件に関わっているかどうかは判らないが、佐藤の婚約者だったという事と、佐藤と霧島の二人の共通の知り合いということで何か知っている可能性が非常に高い。若い刑事はそそくさと部屋をでていくのを見送ると、藤堂と石田は再び向かい合って話し込む。
「そういえば、お前が出ている間お戒壇巡りの回廊の中を調べてみたんだ。」
「どうでした?」
「回廊の非常扉のドアノブから、佐藤水希の指紋が検出されたんだ。内側と外側のドアノブに。」
「え・・つまり佐藤自身が非常口のドアノブを触ったって事ですか?」
佐藤自身が自ら非常扉を開いたのが意外だった。しかも非常扉は非常事態が無い限りカギが掛けられているはず。それを佐藤が自らカギを開けたというのだろうか?
「そうなるな。でも非常口の鍵は一体どうしたのかだ。本堂が閉館するのは今の時期なら16時30分だ。お戒壇巡りが16時には終了。防犯カメラの映像からは、佐藤が入ってから出口から出ては来ていなかった。警備の話でも、閉館後の見回りでは誰も回廊にいなかったそうだ。警備の確認時間は17時。それまでに佐藤が回廊の中に潜んでいて、自分で非常口扉から外にでたとしか思えない。」
これまで佐藤が何者かにお戒壇巡りの回廊の中で襲われたと思っていたのだが、自ら回廊の中に潜み誰にも知られないように非常口から外にでたかもしれない状況に、石田は驚愕した。佐藤は自ら失踪したのだろうか。
「だとしたら・・佐藤はどうやって鍵を手に入れたのでしょうか。佐藤の実家は千曲市です。今まで東京で一人暮らしをしていた佐藤が善光寺内部の鍵を事前に手に入れる事何て不可能だ。」
「だろうな。佐藤がというより、佐藤を殺した犯人が手引きをしたのかもしれない。」
「はい・・。」
「後、佐藤の胃の内容物と一致した、野良猫が食っちまって死んだ毒入りおやきなんだが、周辺の防犯カメラを確認したら、ゴミを捨てたのは体型的に男に見えたぞ。」
「男ですか?」
「ああ、残念ながら途中で見失ってしまったが、帽子をかぶってマスクをしてサングラスで目元を隠していたから顔立ちまでは判らなかったが、体型が女性の体型じゃなかったから、男の可能性が高い。男っぽい女って事もあるがな。」
石田は霧島の体つきを思い返してみた。身長はそう高くなく細身で小柄な体型をしていた。どう見ても男性の体型に見えなかった。ワザと男性にみえるよう細工をしていた可能性もあるが、石田は直感的に小柄な霧島とは違うのではないかと思った。
「その霧島って女は宿坊に宿泊したのだろう?寺の宿坊にチェックインした時間は事件当日の事情聴取で聞いてあるはずだから、その時間帯の霧島の行動でも調べてみるか。」
「はいっ!それと、毒入りおやきを捨てた人物が映っていた防犯カメラの映像も見せてください。」
石田は捜査資料を漁ると、その中から捜査資料を取りだしてパソコンの前に座って画面に目線を固定し始めた。
花菜江と有実は県庁に来ていた。入り口の自動ドアをくぐると、まっすぐに受付に向かった。
「すみません、山下将弥さんを呼んでいただきたいのですが。」
「恐れ入りますが、どういったご用件でしょうか。」
「佐藤水希さんの知り合いと言ってただければ判ると思います。」
「かしこまりました。」
受付の女性は内線電話で何処かに電話を掛けると、花菜江達に少し待つように丁寧に伝えた。
そして5分ほどだろうか、受付より少し離れた位置にあるエレベーターからは細身の男性が降りてきて真っ直ぐに受付に行き話し込むと、受付の女性達に花菜江と有実の立っている場所に案内されて来た。
「恐れ入りますが、私に何かご用でしょうか?」
その男性は、全体的に細身ですらりと長い足をして、肌色は白く顔立ちは端正な整った顔立ちをしていた。どことなく、卒業アルバムに載っていた顔写真の面影を残していた。この男が山下なのだろうか。
花菜江と有実は軽く頭を下げると、男性に近寄って自己紹介をした。
「始めまして、私は新田と申します。佐藤水希さんの会社の後輩です。」
「私は大谷です。同じく、佐藤水希さんの会社の後輩なんです。」
『佐藤水希』という名前を聞いて、一瞬顔を歪めたのを花菜江は見逃さなかった。
「水希の会社の方でしたか。僕が山下です。ここではなんなんで、外行きませんか?」
周囲の人達に聞かれたくないのだろうか、山下は花菜江と有実を先導するかのように建物の外に向かい、二人はその後をついていった。
「水希のお知り合いという事ですが、一体どういうご用件でしょうか。」
「佐藤水希さんが亡くなられたのはご存じですよね?」
「はい、テレビで見ました。後、高校時代の友人から連絡貰って知っています。」
佐藤から婚約者と聞いていたが、その割には佐藤の死に関しても気にとめていない山下の様子に不快感を感じた。
「佐藤さんからお聞きしたんですが、山下さんは佐藤さんと婚約されていたんですよね?その割にはお通夜にも来ていなかったみたいなんですが。なぜですか。」
佐藤の死に素っ気ない山下の態度に花菜江は少し苛つきつつ食ってかかりたい気持ちを抑えていた。しかし、山下は花菜江の心の内を察しているのかいないのか、興味ないと言わんばかりに顔を背けた。
「水希が僕の事を婚約者などと言ったのですね。それは嘘です。」
「嘘!?」
「はい、確かに昔は水希と付き合っていた時期もありました。でも、とっくの昔に終わった関係です。でも、水希は未だに僕と付き合っているつもりでいたのでしょう。付き合っているとか周囲の人間に吹聴されて迷惑だったんですよ。」
「迷惑って・・・。そんな・・。佐藤さんは会社では山下さんとお付き合いしているなんて誰にも話していなかったんですよ。彼氏がいる事さえも。ただ亡くなる少し前に私に結婚が決まったって言っただけなんです。」
『思うに山下君の方は水希から逃げたがっている様に見えました』
岩垂が言ってたこの言葉を裏付けするような山下の冷たい言動だった。岩垂が言っていた様に、山下は佐藤から逃げたがっていたのだろう。ならば、佐藤が結婚を承諾させるために掴んだ山下の秘密とは一体なんなのか?佐藤一人が妄想でこの山下と婚約したと思い込んでいたとは花菜江には考えられなかった。誰かと婚約したと思い込んで突っ走るような人間では無いと確信できる。花菜江と有実は会社での佐藤しか知らないけれども、でも、それでも花菜江達から見た佐藤水希という人間は妄想で誰かと婚約したと吹聴するような性格でない事は確かなのだから。
「結婚が決まっただなんて、僕とですか!?そんな事言うのは辞めて欲しい。水希とはとうの昔に終わっていたんです。それなのにしつこくつきまとわれて迷惑してたんだから。」
「・・迷惑・・・。佐藤さんはあなたの事を本当に好きだったみたいですよ。どうしょうもないくらい。」
「僕には関係ない!大体僕には結婚が決まった彼女がいるんだ。」
「それは霧島玲香さんという方ですか?」
花菜江には霧島玲香の結婚が決まった相手というのが、この山下ではないかという疑いを感じていた。五十嵐結衣子が言ってた、霧島玲香の婚約者が公務員という言葉がずっと心にひっかかっていた。佐藤も霧島も婚約者が『公務員』で、佐藤も霧島も山下も同じ高校の同級生。そして周囲の人間にその存在をあまり話したがらない。この共通点。ただの偶然とは思えなかった。花菜江は賭けに出た。もし本当に霧島玲香が山下の真の婚約者だとしたら、ここで霧島玲香の名前をだせば山下が何か反応を示すのでは無いかと。
「・・・玲香の事を知っているのですか?」
「・・はい・・。霧島玲香さんが、佐藤さんが殺された当日善光寺の宿坊に宿泊してお朝事とかいうイベントに参加していたのも知っています。」
山下は花菜江達から背を向けて表情を隠す様に俯いて暫くの間沈黙していた。この様子から花菜江は自分の考えが正しかった事を確信した。
背を向けて黙っていた山下は再び花菜江達の方に向き直って話し始めた。
「玲香が善光寺に宿泊したのは知っています。職場の同僚の人達と一緒に宿泊したと言っていました。でも、僕は違う。善光寺には行っていないし泊まってもいない。そして、たまたま水希がそこで死んだってだけだ。僕は関係が無い。」
「当日、山下さんは何処にいたんですか?」
「僕は・・家にいた。ずっと一人でね。具合が悪かったから仕事も休んで家にいたんだ。」
「霧島さんと佐藤さんはどの程度仲が良かったんですか?佐藤さんが社員旅行で地元である長野に戻ってくる事は霧島さんは知っていたのですか?」
「さあ、年賀状やりとりする位は仲が良かったって聞いてます。水希が社員旅行でこっちに戻ってくる事なんて知らなかったんじゃないですかね。」
「山下さんは霧島さんといつ頃からお付き合いしていたんですかぁ?」
有実も山下に問いかける。
「僕が県庁に勤め始めて4、5年後に再会しました。たまたま健康診断で玲香の勤めている病院を受診した時にね。水希と玲香は年賀状のやりとりする程度に付き合いがあったみたいだけど。僕とは久しぶりの再会でした。」
「久しぶりに再会して意気投合したってカンジだったんですねぇ。共通の趣味とかってあったんですか?」
「ええ、玲香も僕も釣りが趣味でして。時々二人で新潟の海まで車を走らせて釣りに行っていました。」
そういえば、霧島玲香の家を訪ねた時玄関口に釣り竿やクーラーボックスがあったのを思いだした。
「もういいでしょ。仕事に戻らなければ。」
「あ、はい。ありがとうございました。急に及びだてして申し訳ありませんでした。」
山下は、花菜江達に背を向けると一度も振り向くこと無く足早に立ち去っていった。花菜江と有実は顔を見合わせる。
「有実、ナイスな質問!よくやった!」
「でっしょ~、あの人、花菜江の質問攻めに大分焦っていたみたいだし、事件と関係の無い質問をすれば気が緩んで事件のヒントになるような事話してくれるんじゃないかな~って思って。・・・趣味の釣りの事とかぁ。」
人間、焦っている時ほど本音を漏らしやすい。事情聴取の様に事件当日の事を聞いてくる花菜江とは対照的に、一件事件とは無関係な質問をして気持ちを緩ませた有実の功績は大きかった。山下と霧島の趣味が釣りだということを自然な形で聞き出せたのだから。佐藤が吊り鐘の中に吊された手口が釣り糸で吊されていたという事実と照らし合わせると、霧島玲香と山下のどちらかが佐藤に死に関わっていると花菜江と有実は確信した。どちらか片方なのか、もしくは両方なのか・・。
警察所内では石田や他捜査班達が防犯カメラの映像に目を凝らしていた。事件当日の霧島玲香の行動を観察していて特別不審な点は無かったのだが、ただ一点気になったのは、霧島玲香が善光寺を訪れた時に大きなキャリーケースを持っていた事だった。霧島玲香が善光寺の宿坊に宿泊したのは一泊二日の短期間だけ。こんな大きなキャリーケースに入れなければならないほど大荷物を持ってくる必要があったのだろうか。
霧島は、最初一人で善光寺を訪れて宿坊に向かって宿泊手続きを行っていた。その後、一緒に宿泊予定の二人の同僚の五十嵐と小林も後から宿坊に訪れていた。宿坊の内部までは流石に防犯カメラがついていなくて映像記録が残されていないが、宿坊の受付付近の防犯カメラの映像に霧島等の姿がくっきりと残されていたのを石田は確認した。
「藤堂さん。」
「この霧島って女性なんですが、大きなキャリーケースを持っていますよね。」
「そうだな、まるで死体でも入っていそうだな。」
「死体ですか・・。でも佐藤水希の死亡推定時間を考えると佐藤水希がこの中に入っているようには見えませんし、なによりこの霧島玲香は善光寺の仁王門をくぐってから真っ直ぐ宿坊に向かってますから、この段階では佐藤水希と合流したとは考え憎いんですよね。」
「じゃあ、大きいのは鞄ばかりで、中身はスカスカなんだろう。それとも、善光寺でお土産を沢山買い込むつもりだったのかだ。」
画面に映る霧島玲香は境内の段差などを跨ぐ時にはキャリーバッグを重そうに少し浮かせて移動させていた。まるで中に壊れ物でも入っているかのように。
石田が霧島玲香画像記録を真剣に眺めていると、先ほど山下の現住所を調べに行った若い刑事が戻ってきた。
「石田さん、判りましたよ。」
「おお、ありがとう。仕事早いな。」
「いえいえ、山下将弥は確かに県庁職員ですね。正式な捜査ではないので、流石に顔写真までは持ってこれませんでしたが、現住所は長野市内です。で・・」
「で?」
「山下が一人暮らししているアパートの2ブロック先のゴミ集積所が、ほら、野良猫が毒入りおやき食べて死んでいた場所になります。」
「たった2ブロック先が?」
「はい、山下の住んでいるアパートから最寄りのゴミ集積所は別にあるんですが、猫が死んでいた場所からあまり離れていない場所ですね。」
霧島玲香、デカいキャリーバッグ、毒入りおやきを食べて死んでいた猫が発見された場所、山下将弥、お戒壇巡りの非常口扉についていた佐藤水希の指紋。石田の頭の中ではこれらの情報が結びつきそうで上手く結びつけることが出来ないでいた。まるで複雑な図形の問題を解いている時のように。
「それと事件当日この人物は職場に休暇届をだして休んでいたらしいです。」
「なんて理由で休んでたんだ?」
「山下将弥も具体的には言わなかったそうですが、休暇を取る数日前に有給休暇申請をしていたみたいです。」
「ふ・・む。山下は丁度佐藤水希が社員旅行に長野にやって来るタイミングに休暇を取っていたのか。」
「善光寺で佐藤と落ち合う予定だったのはこの山下だったんですかね。」
「この山下の当日の携帯電話の位置情報を調べてみるか。それと顔も確認しておくか。」
「そうですね、この住所の場所に行ってみましょう。」
夜18時過ぎ頃、石田と藤堂は山下の借りているアパートの部屋の前に立っていた。チャイムを鳴らすと中から男性の声がした。
「はい。」
「山下将弥さんですね。長野県警の石田です。」
「同じく長野県警の藤堂です。」
警察手帳を見せると、山下は眉をひそめ露骨に警戒した表情になった。山下の顔立ちは、花菜江達が借りてきた高校の卒業アルバムに載っていた顔立ちの面影を残しつつも、高校時代の少し幼さが残った印象が消えて、色白で端正な引き締まった顔立ちをしていた。確かに女性にモテそうな顔立ちだ。
「警察が何か用ですか?」
「山下さんは佐藤水希さんを知っていますね?」
「・・・・知っていますが、それが何か。」
「佐藤水希さんが亡くなられた事は知っていますか?」
「はい・・。テレビで見ました。」
「四日前、佐藤さんと会う約束されていたのは山下さんですか?」
「いいえ、違います。僕じゃありません。・・・僕が水希を殺したと疑われているんですか?」
「違います、ただ、佐藤水希さんが殺される直前に誰かと待ち合わせしていたみたいなので、もしかしたら婚約されている山下さんなのかと思いまして確認に参りました。」
石田はなるべく丁寧に、相手を怒らせないように語りかけるも、山下は少々興奮気味なのか、体を少し震わせているのが判った。
「今日も僕の職場におかしな二人が来て、水希の事を聞いてきましたが、僕は水希とは婚約していませんから。婚約だなんて水希の妄想です。」
「・・・おかしな二人・・・・では、婚約の話は佐藤さん一人が勝手に思い込んでいたって事ですね。」
「そうです。しつこくつきまとわれていて迷惑してたんですよ。昔は付き合っていた時期もありましたが、とっくに別れています。それでも電話とかメールとかでもしつこくされて困っていたんです。なので水希が誰と待ち合わせしてたかなんて知りませんし僕には関係ありません。」
「そうでしたか。霧島玲香さんという方はご存じですか?」
「・・霧島玲香は・・玲香こそ僕の彼女です。彼女とこそ結婚するつもりでいたんですから。」
ここで繋がった、と石田は思った。霧島の同僚の看護師の五十嵐結衣子が言ってた、霧島玲香の結婚相手の『公務員』は佐藤水希の婚約者と同一人物だったのだ。
「四日前、山下さんはどちらにいらしたのでしょうか。」
「僕は家に居たよ。誰にも会いたくなかったからずっとこの家の中にいましたから。」
「ありがとうございました。また何かあればお話聞かせてください。」
藤堂が話を打ち切ると、山下は無言で扉を閉めた。
「藤堂さん、山下と霧島玲香、二人は繋がっていたんですね。」
帰り道の車の中で藤堂に話しかける石田。
「う・・・む。山下と婚約していたと言い張っていた佐藤と確実に山下と婚約していた霧島。そして霧島は偶然にも佐藤が殺されたと思われる現場と同じ敷地内に泊まっていた。事件当日仕事を休んでいた山下。此れ等は果たして偶然なのか・・?」
「偶然にしちゃ出来すぎていますよ。まるで最初から三人で待ち合わせでもしていたかのようだ。」
「山下の携帯の位置情報だな。そろそろ調べ終わっているかも知れないぞ。」
「はい。」
「所で石田よ。」
「はい?」
「山下が言っていた、『おかしな二人』とは誰だ?」
「・・・・・・・・・。」
石田は藤堂の質問に答えず、無言で車を走らせた。
夜、花菜江と有実と石田の三人は例によって酒を飲みながら情報交換会を開いていた。大分事件の容疑者が絞れてきた為か気持ちが緩んで大量の酒を飲んでくだを巻いていた。
「で、私と有実は山下に会いに県庁に突撃したってわけよ。」
「そーそー、花菜江は私と違って行動力があるんだからぁ・・。ヒックっ。」
「君たちよくやった!佐藤の婚約者?らしき人物が釣りが趣味って聞き出してお手柄だぞおおお~。」
三人とも相当酔っていて呂律が上手く回っていない。
「あいつムカつくんだよね~。佐藤さんの事を『迷惑』だっていうんだよ~」
「山下と佐藤が本当に婚約してたかどうかなんてどうデモ・・イイんだ。ヒック。山下の本命の彼女は霧島玲香だ~~~ッテ、本人が断言してたんだぞ。」
「どうでもイイだなんてぇぇ・・佐藤さんの事をどうでもイイだなんて~石田さん酷いよおおお・・ヒック。警察の風上にも置けない冷血漢めぇ~~~。ウッ・・ヒック」
「でもさぁ~山下は結構イケメンだったよねぇぇ~ヒック。」
「も~有実ったら、山下に惚れちゃったの~?キャハハっ。」
酔っ払ってくだを巻きつつも、アルコールが回った頭で石田は少し冷静さを取り戻し、山下のアリバイが気になった。
「でもさ、山下の携帯電話の位置情報なんだが、事件当日確かに携帯電話の位置情報は山下の家を示していたんだ。」
警察の調べで、携帯電話会社に山下の個人情報を開示させ事件当日の山下の携帯電話の位置情報を調べたのだが、その日の山下の位置情報は家から離れていない事になっていた。」
「じゃあ、やっぱり犯人は霧島玲香なんじゃなぁい?・・ヒックっ」
「でもな、霧島のアリバイは一緒に宿泊した職場の同僚達がずっと一緒にいたって証言してるしな。」
「それにしても・・・ヒックっ・・。お戒壇巡りの非常口の扉にも佐藤さんの指紋がついていたんだっけ?ヒックっ。自分で誰にも見付からないように外に出て行ったってことじやん。ヒックッ。なんでよ。まるで佐藤さん自身が他の人に見付からない様にこそこそ隠れていたみたい。」
「確かに。」
「それに、佐藤さんの死亡推定時刻が夜中ならば、夜中になるまであの・・ホラ・・・お・・お戒壇巡りの中に隠れていたって事でしょ?」
「うん・・。」
すっかり酔いが覚めた石田は冷静さを取り戻し、暗い顔をした。
「山下は君たち二人には、事件当日は具合が悪かったから仕事を休んで家に居たって言ってたんだろ。俺が・・俺ともう一人が山下に話を聞きに行った時には、『誰にも会いたく無かったからずっとこの家の中ににいた』って言ってたんだ。その時点で食い違っているし、有給休暇届けが事件の数日前に提出されていたそうだ。計画的な休日だ。山下は嘘をついたんだよ。」
花菜江も酔いが覚めて頭が冷静になってきた。くだを巻いていた状態から居住いを正して石田の言葉を冷静に受け止め、分析する。
「確かに山下は嘘をついた事になるわね。でも・・携帯電話の位置情報は家から動かなかったのは事実なんだし、他に山下が当日善光寺にいて佐藤さんと会ったっていう証拠が無いなら、山下のアリバイは崩せない。」
「それなんだよな。事件当日の善光寺の仁王門やお戒壇巡り付近に設置してある防犯カメラの映像を確認したんだが、山下らしき人物が寺から出入りした形跡は無かったんだ。夜中から明け方にかけての時間帯は誰も仁王門から出て行く人間はいなかったぞ。そして佐藤が発見された釣り鐘堂の付近には防犯カメラは無し。犯人らしき人物の証拠が無いんだ。」
「な~~に言ってんのぉ、二人ともぉ。」
有実が絡んできたが、酔っ払っている口調の中に少し呆れた様なニュアンスが込められていた。まるで最初から気がついていたかの様に。
「携帯電話・・じゃなくってスマートホンね。スマホなんて家に置いておけば位置情報が動くわけないじやん。」
有実の言葉に花菜江も石田もハッとなった。山下がアリバイ工作の一つとして、スマートホンの位置情報をONにしたまま家に置いていて出かければ、現在地は当然家から動かない。何も人を殺しに行くときに自分の位置情報を記録する物を持ち歩く必要なんて一切ない。
「有実・・。よく気がついたね!偉い。」
「確かに、スマホを家に置いておけば位置情報自体は動かない。家にいる体裁を保つことが出来る。でも防犯カメラに一度も写らずに善光寺に入れるものなのか・・?」
暫く考え込む三人。もうすでに用意した酒の缶は全て飲み干して空っぽだった。空の空き缶を見つめながら花菜江は考えた。
「う~ん、空の空き缶・・・空の空き缶・・・お酒無くなった空の空き缶・・・。」
空の空き缶を振って中身が空っぽになった事を確かめた有実をみて、花菜江はあることに気がついた。
「あ!!」
「うわっ」
「きゃぁっ。どうしたの花菜江。急に大きい声出さないでよ、ビックリするじゃない。」
「ごめん。でも私気がついちゃった。」
「聞こうか。君がどんな推理をしたのか。」
石田は真剣な表情を花菜江に向ける。
「キャリーバッグよ!ホラ、霧島玲香の同僚の五十嵐って女の人が言ってたじゃん。玲香が大きなキャリーバッグ持ってきてたって。あの中に入っていたって事はない?」
「なるほど・・・キャリーバッグの中か。そういや防犯カメラの映像にも霧島玲香がなんだか重たそうにキャリーバッグを持って境内を歩いていた様子が映ってたぞ。」
「って事はぁ、霧島玲香のキャリーバッグの中に身を潜ませて一緒に寺の宿坊に潜んでいたって訳かぁ。それならば、看護師の同僚達が言っていた事件当日の霧島玲香の行動にも納得できるよねぇ。ホラ、玲香は殆ど自分の部屋に戻っていなかったってやつ。」
「そうだな、霧島玲香は山下をキャリーバッグの中に身を潜ませ、一緒に寺の宿坊に宿泊した。そしてその後、佐藤と合流して殺したと。」
「でも佐藤さんが殺されたのは夜中なんでしょ?毒入りおやきを食べさせられて。佐藤さんは山下と落ち合うまでお戒壇巡りの中にずっと隠れていたの?」
「いや、本堂の内部やお戒壇の内部は定期的に見回りの警備員が巡回するんだ。ずっと隠れているのは無理がある。」
「・・・・もしかして・・・。佐藤さんも一緒に宿坊に泊まった・・て事もあり得るよね。」
「えー、それじゃ山下の現在の彼女の霧島玲香と鉢合わせして喧嘩になっちゃう。」
「でも新田の説なら辻褄が合う。佐藤が夜中に殺されるまで、誰にも見付からずに隠れられる場所なんて宿坊しか考えられない。」
三人共すっかり酔いが覚めてしまっていた。冷静になった頭で花菜江は仮説をたてた。
「え・・と佐藤さんが善光寺に入ったのは閉館間際だっけ?」
「16時少し過ぎた時間だ。」
「なら16時過ぎ頃、もう一度善光寺に来た佐藤さんはそのままお戒壇巡りの中に入った。そしてその真っ暗な倉病の中で、本堂が閉館するのを待って誰にも見付からないように非常口扉から外に出た。」
「非常口扉の鍵は?」
「恐らく先に霧島のキャリーバッグの中に潜んでいた山下が合鍵鍵を使って開けておいたんだろう。県庁職員なら年中行事の時とか、寺への視察とかで出入りするからその時に合鍵を作ったのかもしれない。」
「じゃあ、先に合鍵を作った山下が非常口の扉の鍵を開けておいて、閉館時間後人気の無くなった境内の何処か・・防犯カメラの無い場所で佐藤さんと合流して宿坊に招き入れたって事ね。多分裏口から。」
「そっかぁ、それで事前に霧島美玲が予約していた二部屋のうちの一部屋に佐藤さんと山下が隠れていたって訳ねぇ。でも、佐藤さんも、そんなこそこそしたやり方で寺の内部に入り込まされたなんて、不振に思わなかったのかね。」
「恐らく・・佐藤さんも社員旅行の最中に男とお泊まりするなんて、堂々と出来なかったのかも。それか・・・。」
「それか?」
この時、花菜江はある考えが浮かんでいた。自分を裏切った恋人の山下将弥がよりによって同じく自分の高校時代の友人である霧島玲香と結婚を決めた事を知っていたのではないだろうか、と。岩垂の話だと佐藤は山下の秘密を握っていた。その秘密がなんなのか花菜江達には判らないが、兎に角山下の秘密を握ぎり、それを盾にして結婚の確約を取り付けた位だから霧島と山下の関係を知っていたかもしれない。そして事件当日、佐藤が善光寺を訪れたのは、ただ単に山下とだけ会うためではなく霧島とも会って山下から離れるように警告するつもりだったのではないだろうか。恋する女ならそんな大胆な事くらいやってのけるのは、花菜江も同じ女性として判っている。
「・・・・それか、佐藤さんもお寺の宿坊に霧島さんが宿泊しているのを知っていたからじゃないかな。」
「うわぁ・・だとしたら修羅場になるんじやないかな。本命彼女と本命じゃ無い彼女の。喧嘩でもしたのかな。でも、霧島さんが同じ宿坊に宿泊しているからってコソコソ入り込む必要無いんじゃない?」
「もしかしたら・・佐藤さんは・・自分が殺される事を薄々感じていたんじゃないかなって思うの・・。」
「殺されるって判っているのにわざわざ会いに行くなんて・・・。まるでテレビドラマみたいだけど、もし本当にそうならそれが佐藤さんなりの復讐かもね。山下と霧島玲香への。自分が愛しい人に殺される事によって、相手に自分の事を永遠に忘れられない存在として刻み込む復讐ってやつ。」
『山下と霧島玲香への復讐』という言葉に花菜江はとある考えが思い浮かんだ。自分と結婚を約束した彼氏が自分を裏切っていて別の女に乗り換えようとした時、どれほどの憎しみが湧くか。可愛さ余って憎さ百倍という諺も有るくらいだ。しかしそれは、本当に佐藤がそう考えていたのか確実な証拠が無い為、憶測で物を言うべきではないと思い、その考えを口にすることは無かった。
「女って怖いもんな。男より感情で物事を考える生き物だから。」
いつもの花菜江なら「女性蔑視発言だ」と叫んでいる所だが、今は石田のこの発言が心に響いていた。
「と、兎に角、お寺の宿坊に佐藤さんと山下が入り込んでそこに隠れていたって事だと思うの。その間霧島玲香は同僚達の部屋で過ごしていて、時々荷物を取りに行く程度にしか部屋に戻らなかった。恐らくその時、霧島玲香と佐藤さんは顔を合わせているはずだけど、その時どんな会話をしたのかまでは判らないけれど佐藤さんと山下は同じ部屋で過ごして夜になってから、佐藤さんに毒入りおやきを食べさせたはず。夕食を食べていない佐藤さんにあらかじめ用意していた手作りおやきを食べさせた、と。」
「なるほど、宿坊で佐藤を殺してそして死体を吊り鐘の内部に吊したって訳か。その時に山下が佐藤になぜか霧島玲香の例の派手なパンプスを履かせたと。」
「だね。佐藤さんが履いていた靴と間違えて履かせちゃったのかも。山下は釣りが趣味だから、釣り竿を滑車にして佐藤さんをつるし上げた。そしてもう一度宿坊に戻り朝まで待った。」
「でもさー、次の日の朝になって佐藤さんの遺体が発見された後、警察はお寺の中や参拝者だとか調べたんでしょ?もちろん宿坊の中も。」
「ああ、調べたさ。宿坊に宿泊していた客の手荷物検査も軽くだがしたぞ。別に宿坊には特に予約者以外の客が紛れ込んでいるって事は無かったからな。」
「恐らく、その時にはすでに山下は宿坊から出ていたんだと思うの。でもお寺の中には居たんだと思う。」
「山下が!?でも本堂にはお朝事参加者しかいなかったとお坊さん達が言ってたぞ。それに本堂には防犯カメラもついているし、佐藤の遺体が発見されて警察が入るまで不審な人物が仁王門から出入りしている様子も無かった。山下がいなかったのは確認済みだ。」
「そう、本堂の中にはいなかった。でも、境内の中にはいたんじゃない?」
「境内の中・・。あっ・・・見物人か!」
「そう。その通り。木を隠すには森の中って言うでしょ。遺体が発見されて騒ぎを聞きつけて集まった見物人達のフリをして紛れ込んでしまえば、警察だってまさかそこに犯人が残っているなんて思わないんじゃない?ましてや事情聴取なんてしないでしょ?」
「ああ、事情聴取するのは寺の内部にいたと思われる関係者だけだ。」
花菜江の仮説に石田も有実も納得した。寺の宿坊の中は誰も確認してきたりはしない。ましてや佐藤自身も途中まで自らの意思で潜んでいたとなるとなおさら山下のアリバイを崩すのは難しい。
「花菜江、すごーい。本物の刑事さんみたい。あ、でもさ、佐藤さんのスマホは何処行ったの?山下が持ち去ったなら何のために?」
「それは、恐らく持ち去らなければならない理由があったんだろうね。例えば、事件当日の宿坊での山下とのやりとりを記録されちゃったから、とか。もしくは・・」
「もしくは・・?」
「ほら、岩垂さんが言ってた佐藤さんが山下の秘密を盾に結婚を迫ったってやつ。あの秘密がスマートフォンの中に隠されていたんじゃ無いかな。」
「・・・その秘密って恐らく、暴露されると山下が困るような事だよね・・。」
有実も佐藤が握っていたという山下の秘密の意味を感じ取って思わず声が小さくなる。
「なんだ!?犯罪系か?」
「多分ね。だからその秘密を盾にして自身に結婚を迫った佐藤さんを殺したんだと思う。霧島玲香と結託して。」
「霧島玲香なら看護師だし、病院から青酸カリとか持ち出せそうだしね。」
「石田さん、県庁で不正が行われていないか警察の権限で調べられないんですか?」
花菜江の問いに石田は首を振る。
「無理だ。例え警察といえど何の根拠も無しに捜査などできないんだ。せめて佐藤が握っているという山下の不正の証拠さえあればそれを理由に裁判所から捜査令状をとれたんだけどな。現段階では証拠がなさ過ぎる。」
「じゃあ、山下の家に佐藤さんのスマホがあるかどうか確認して押収するとかは?」
「それも無理だ。今ここで話している事はあくまでも憶測にすぎない。例えば、山下が佐藤殺害に関わっている物的証拠が無い限り家宅捜索はできないんだ・・・法律上は。」
「法律上は・・。」
「ん?ちょっと待てよ!二人ともおかしな考えはするなよ。」
「石田さんが考えるおかしな考えってなにかな~?」
花菜江が石田をからかうように顔をのぞき込む。
「いや・・その・・今日夕方に山下に会いに行ったみたいな事は危ないから止めておけ。危害を加えられたらどうする。」
「あら~石田さん心配してくれるのね~。でも安心して。別に法律に触れることはやらないから。山下に会いに行ったとしても本当の事なんて言うわけないしね。でも、何か出来ることを探さなきゃ。だって・・私と有実が長野に居られるのは明日で最後なんだし。日曜には東京に帰って月曜には会社に出社しなきゃ首になっちゃう。」
「そうだな。・・・もう帰るのか・・・。なんだかんだで君たちには色々協力してもらって悪かったな。」
残念そうにため息をつく石田を有実は見逃さなかった。有実は石田のこの残念そうな表情にある感情を察していたのだった。
「なんだったら花菜江だけ残ったら?」
「はっ?何言ってんの。東京帰らなきゃ課長ばかりか部長にまで怒られちゃう。首になっちゃうよ。」
「長野で暮らせって言ってんの。」
「そんなことできるわけないじゃん。」
「そおぉ?」
有実の意味深な言葉を花菜江は理解していなかった。そして石田も。
「ま、とにかく二人は危ないことしないように。相手は人を殺したかもしれない奴なんだからな。さて・・と、俺はそろそろ帰るよ。明日も仕事だからさ。」
「石田さん、泊まってけば?花菜江と同じベッドに。」
「馬鹿!帰る。」
石田は少し照れた様な表情を一瞬みせたがすぐに無表情な顔に戻り、勢いよく扉を閉めた。後に残された花菜江と有実は飲み散らかした空き缶を片付けると寝る準備に取りかかったが、有実は浮かない顔をしていた。
「ほんと・・私って馬鹿・・・。」
花菜江は少し落込んでいる有実には気がつかず一日の汗を洗い流すべくバスルームへと向かったのだった。
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