第2話 コーヒーの香り
コーヒーの美味しさも分からないのに、わたしは毎回祖父が引くミルの音に心を弾ませていた。その傍らで数名の注文を取る祖母。この空気感がどうしようもなく大好きだった。友達と遊ぶのも、母と父と一緒にいるのも、ゴールデンレトリバーの愛犬コタロウと走り回るのも大好きだったけど、やっぱり喫茶店にいる祖父母の空気感には敵わないなあと思う。お察しの通り、わたしは超が付くほどのおばあちゃん・おじいちゃん子である。学校が終わると喫茶店に向かい、祖父母に一日の出来事を話した。
「ミツキちゃんが、お洋服かわいいねって褒めてくれたよ。」
ミツキちゃんはクラスの中でも一番の仲良しの子。
「今日国語の時間、急に先生に当てられてびっくりした。」とか色々な話。
「よかったね。」や、「大変だったね。」と応えつつ、わたしと話している間も二人は手を休めることなく動いていた。
わたしが小学校に上がるまで、母は専業主婦だったので面倒をよく見てくれていた。しかし、小学生になる時に母は近所のスーパーで週5日パートで働き始めた。誰もいない家に帰るのが少し嫌で学校帰りは喫茶店に寄るようになった。
わたしが住んでいるマンションは、喫茶店から徒歩10分のところにある。こうなることを見越して母と父は住まいを決めたのだろう。住宅街の裏にひっそりと佇んでいる喫茶店は、ほぼ常連客で成り立っていた。
わたしが小学3年生になっても、学校と喫茶店を往復する日が続いていた。今日も学校が終わるとミツキちゃんと一緒に帰る。彼女の家は駅を挟んだ反対側のマンションだった。わたしは、自分の家に続く道を通り過ぎ、駅の方まで一緒に歩いた。そして、そこで少しお話してからバイバイをする。ミツキちゃんが小さくなるまで手を振ってから、わたしは来た道を戻るのがいつもの流れだった。
木製の少し重たい押し扉を開けて、上についている鈴をカランと鳴らし、思いっきり息を吸い込んで「ただいま~」と言う。店内は今日もコーヒーの香りで溢れていた。
優しい2人を映し出すように、ふんわりとしていて落ち着く香り。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます