誰かの背中で眠りたい
紫陽花
第1話 喫茶店とわたし
午後2時を過ぎた頃、わたしはパスタを茹でていた。注文はおろか客すらいないこの喫茶店で、一体何をやっているんだろうとふと我に返ってみたりもしたが、沸騰した湯に乾燥パスタを放り込むとナポリタンを作りたくて堪らなくなる。パスタを茹でている間に、玉ねぎ、ピーマン、厚切りベーコンを切っていく。毎回、形が違う。白、緑、ピンク、色とりどりのそれらを見ていると、どこか懐かしい気持ちになる。
鍋から取り出したパスタをザルに移して水をきる。フライパンで色とりどりのそれらを炒めて、ある程度火が通ったらケチャップとほんの少しウスターソースを入れる。具材にしっかりと絡めたら、フライパンにパスタとほんの少し茹で汁を放り込む。そうそう、この匂い、この匂い。
がらんとしたカウンター席に、馴染みの白皿とコーヒーカップを置く。フライパンから勢いよく皿へナポリタンを流し込み、カップには保温しておいたブレンドコーヒーを注いだら昼食の完成だ。休日は毎回この組み合わせ。今日は何だか食欲が湧いてこないが、時計の針が12時を指していることに気が付き慌てて作った。
ほぼ毎日12時半きっかりにお昼をとっている。わたしの体内時計は少しばかり融通が利かない。今日はまだコーヒー1杯しかそこに入れていないはずなのに、空腹感が全くないことを不憫に思った。
カウンター横にあるゼンマイ式の振り子時計や、ところどころ軋む床、木目調のテーブル席、どれもずっと変わらない。ここはわたしの母方の祖父母から受け継いだ大切な喫茶店だ。正確には、わたしが勝手に居座っているのだ。
約20年間、月曜から土曜日の午前9時から午後5時まで営業していた。定休日の日曜日も、お昼ご飯は喫茶店で祖父母と一緒にとっていた。それは決まって12時半。メニューは祖父が淹れるコーヒーと、祖母が作るナポリタン。2人の合作を、毎週楽しみにしていた。わたしが学校で良いことがあった時のコーヒーはまろやかでほんのり甘くて、ナポリタンは塩加減がちょうどいい。嫌なことがあった時のコーヒーは酸っぱくて、ナポリタンはしょっぱい。だから、余計に嬉しくなったり悲しくなったりしてしまう。
どんな思い出も、つい昨日の事のように思い出してしまう。わたしだけがこの空間に取り残されたまま時間だけが過ぎ去っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます