第30話 娼館での交渉
王国最北端の国境の町インシュランは、ダンブルとの交易で栄えている町だ。ダンブルと王国の両国の商人が活発に行き来しており、北方地区最大の歓楽街もある。
カトリーヌとリリアは娼館が立ち並ぶ地区に来ていた。町娘の恰好で、深く帽子をかぶって、目立たないようにしている。
まだ、昼過ぎということもあって、人通りはまばらだ。
「こんなに娼館があるのは計算外だったわ。ゾルゲが使っている娼館がどこなのかわからないじゃない」
「カトリーヌ様、帰りましょう」
「まだ、そんなことを言ってるの? ここまで来て帰るなんてありえないわ。こうなったら、どこでもいいわよ。つながりがなかったら、新しい娘を紹介するって、営業をかけてもらえばいいわ」
カトリーヌは高級そうな娼館を適当に選んで、さっさと中に入って行った。リリアが慌ててついて行く。
「じゃあ、私が妹でリリアがお姉さんよ。頑張ってね」
「はい、わかりました」
リリアは深呼吸した。
「すいませーん」
リリアが呼びかけると、四十代半ばの昔はきれいだったと思われる女性が、けだるそうに出てきた。
「あら、キレイな娘ね。直接売り込みに来るなんて怪しさ満点だけど、キレイな娘は大歓迎よ。稼いでさえくれれば、事情は聞かないわ。今日からすぐに客を取れるわよ」
リリアが違う違うと両手を振った。リリアの指には高価な指輪がはめられていた。
おかみさんがおやっという顔になった。後ろでうつむいているカトリーヌのネックレスと腕輪にも気がついた。
「おかみさん、働きに来たわけではないの。警備隊長のゾルゲに私たち姉妹二人を紹介して欲しいのよ」
このあたりではもっとも偉いゾルゲをリリアはあえて呼び捨てにした。
「ゾルゲさん? そうは言ってもねえ。うちも信用商売だから、得体の知れない女をお得意様に紹介するわけにはいかないのよ」
(私ったらすごいくじ運。ゾルゲはこちらのお得意様だったのね。あ、そうか、複数の娼館を使っているという可能性もあるか。でも、この人、さっき事情は聞かないって言っておきながら、こちらが訳ありだとわかるとこの態度。狡猾で足元を見るタイプね)
そう思ったカトリーヌはリリアの肩に手を乗せた。
「お姉様、他を当たりましょう」
「待ってください」
おかみさんは、カトリーヌの顔を見て、かなり高貴な身分の貴族だと確信した。
「大変失礼いたしました。お二方は貴族様とお見受けいたしました。ご要望通り、手配させて頂きます」
カトリーヌが返事をする。
「そう、よかったわ。よろしくお願いね。ちょっと事情があって、ゾルゲに裏ルートで話したいのよ。今晩でお願いね」
「か、かしこまりました」
リリアは呆気に取られていた。
(いくら商売で上流貴族とのつながりを持ちたがっているとはいえ、こんなに簡単なものなの?)
***
マリアンヌはカトリーヌたちの入った娼館とは別の娼館に潜んでいた。
アードレー家の名前を出して、部屋を用意させていたのだ。
部屋にはカトリーヌたちが訪問した娼館のおかみからの使いが来ていた。
「貴族風の姉妹二名ですが、恐らく妹の方が貴族で、姉の方が護衛です。護衛も美人でしたが、貴族の方は信じられないぐらいの美貌でした」
「ご苦労さま。後で褒美を届けさせるわ」
マリアンヌは、ゾルゲに接触したいという美しい娘が訪ねて来たら、知らせるようにと各娼館に根回ししていた。
(カトリーヌ、死んでなかったのね。しかし、行動が早いわね。生き残ったら、娼館に来ると思っていたけど、まさか襲われた翌日に来るなんて、さすが私の娘だけあるわ。でも、今度こそ、本当にさようなら、忌々しい私の娘……)
マリアンヌは妖艶な笑みを浮かべた。
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