第23話 暗殺命令

「マリアンヌ・アードレー?」


 部下から面会人の名前を告げられたとき、国境警備部隊長のゾルゲは、その名前に最初はピンと来なかったのだが、すぐに思い当たった。


 ゾルゲたち四十代男性で、「王国の真珠」と呼ばれたマリアンヌの名を知らぬものはいない。


「すぐにお通ししろ。王妃様の母君だ」


 部下に連れられて、作戦本部の貴賓室に現れたマリアンヌは美しかった。若いときよりも少し表情が柔らかくなっており、ほんの少しだけ肉付きもよい。そのためだろうか、若い頃とは比べ物にならないくらいの恐ろしい色気を放っている。


 ゾルゲは下品にもゴクリと唾を飲み込んでしまった。


「侯爵夫人にご挨拶申し上げます。国境警備部隊長のゾルゲと申します」


「あら、私のことをご存知なのね。嬉しいわ、ゾルゲ将軍」


 声も色気があって、上品な話し方だ。ゾルゲが生涯出会った女性の中では、間違いなくダントツで最高の女性だった。


「どうぞお掛けになってください」


「遠慮なくかけさせてもらいます」


 マリアンヌは勧められた席に腰を下ろした。上半身のボディラインを強調したドレスのため、胸が非常に気になるが、ゾルゲは視線が胸に行かないよう我慢した。


 改めてマリアンヌを目の前にすると、二十代のような若さに見える。


「勅命をお持ちとか?」


「ええ……」


 ゾルゲはマリアンヌの表情から察した。


「おい、お前たち、下がっていろ。機密情報だ」


 ゾルゲの部下たちが一礼して部屋から退出した。


「ゾルゲ将軍、お察しがよろしくて助かるわ。実は極秘の勅命なの。ダンブル国の皇太子妃の暗殺命令よ」


「え!? しかし、カトリーヌ皇太子妃はあなたの娘では?」


「そうよ。私が伝えることで密命の信頼性があがるということで、陛下から直々にご指名を受けて、勅命をお伝えに来たの」


「勅書はどちらに?」


「万一漏れては大変なので、文字には残せないのよ。これが通行許可証とあなたとの面会許可証よ」


「こ、これだけでは動けません」


「そうおっしゃると思ったわ。もう一つ密命があるの。成功した場合、私は死んだことにして、ゾルゲ将軍のお世話になるようにと言われているの。この密命が王命であることは絶対に発覚させてはいけないための処置なの。私の覚悟がお分かりになるかしら」


「そ、それは、すなわち……」


 ゾルゲはもう一度ゴクリと唾を飲んだ。


「は、恥ずかしいから、はっきりとは言わないで欲しいわ」


 マリアンヌは目を伏せ、頬をほんのり赤くしている。ゾルゲは欲望を抑えるのに四苦八苦した。


「し、しかし、皇太子妃はダンブル国に厳重に守られているのでは?」


「それがね、娘は今は治水工事の現場を飛び回っていて、最近は調査のためにラムダン川の上流に数名の護衛だけでよく現れるのよ」


 夫のロバートから得た情報だった。ラムダン川の上流域は王国とダンブル国との国境にある。


「国境付近にしばしば現れるのですか!?」


「ええ、だから、暗殺はそんなに難しくはないの。王国の仕業だと分からないように事故死に見せかけて欲しいのよ。出来るかしら」


 ゾルゲはいくつかのパターンを考えた。そんなに難易度は高くないだろう。


「はい、出来ます」


 ゾルゲは成功を確信した。ゾルゲの視線は、マリアンヌの肩、そして胸に遠慮なく移っていった。


「そう、期待しているわ。よろしくね」

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