第22話 マリアンヌの蠢動

 カトリーヌの母、マリアンヌは、実家の一族がすべて処刑されるのを公開処刑場で見ていることしかできなかった。


「カトリーヌは私からすべてを奪っていくのね」


 両親や兄弟たちが無実を訴えながら、胸を槍で刺されて処刑されていく。目を覆うような場面が続くが、マリアンヌは一族の無残な最期を目に焼きつけた。


 シャルロットは借りてきた猫のようにおとなしくなり、カトリーヌから目をつけられぬように王妃の公務を粛々とこなしている。そのため、国民からの評判も上々で、容姿が美しいこともあり、国内での人気が急激に上昇している。


 夫のロバートはカトリーヌに完全に迎合してしまっている。カトリーヌの協力者となり、先進的な政策の実験台を率先して領内で実施しており、カトリーヌと文通をして、意見交換をしているらしい。


 驚いたことに、新政策はなかなか好調なようだ。噂を聞きつけた農民たちが他領から流入し、農地面積がどんどん増えている。また税収が上向き、財政も好調で、離反していた貴族たちがノウハウを教わるために戻ってきている。


 だが、マリアンヌのカトリーヌに対する憎悪は大きくなるばかりだ。最愛の息子を奪われ、仲はあまり良くはなかったが、それでも幼少のころからいっしょに育てられた兄弟を殺され、これも馬は合わなかったが、老齢の両親も殺された。


 息子が事故死したとき、こんな娘を産むんじゃなかったと後悔したが、今では、こんな娘は世の中に存在していてはいけないとまで思うようになっていた。


 力のない自分が、どうすればカトリーヌを討つことができるか、マリアンヌは考えた。シャルロットはすっかりカトリーヌに怯えてしまっているし、ロバートはカトリーヌの才能にのぼせ上がってしまっている。


 かくなる上は、娘の夫である国王を使うしかいない。そう思ったマリアンヌは単身で新王ジョージに謁見を申し込んだ。


「義母上はダンブルが戦争を仕掛けてくるとおっしゃるのか?」


「はい、左様でございます。夫から陛下もカトリーヌの復讐相手の一人だと聞きました」


「そのような話はアードレー卿からは聞いていないし、復讐のために戦争を仕掛けるなど、常軌を逸していると思いますが……」


「ヒューイ皇太子は娘にメロメロで、ダンブル国王も娘の言いなりと聞いています」


「皇太子は分かりますが、ダンブル国王まで言いなりなど信じられませぬ。そもそもなぜアードレー卿ではなく、義母上が報告するのです? 一族を殺され、私を恨んでおられるのか?」


「滅相もございません。全てはカトリーヌの陰謀であることは承知しています。もう娘とは思っておりません。カトリーヌは王国に仇なす悪女にございます。早めに対処された方がよろしいかと」


「分かりました。国境警備隊に注意するよう通達しておきます」


 マリアンヌは国王の対応に不満だった。直接軍部に働きかけることはできないだろうか。


「陛下、ありがとうございます。一つお願いがございます。国境警備隊の方々に情報提供と慰労を兼ねて、私から衣類やお菓子などの差し入れをお持ちしたいのですが、許可していただけますでしょうか?」


「義母上がですか? それは兵士たちも喜びますので、反対する理由はないですが……」


 いぶかしげに思いながらもジョージはマリアンヌの申し出を許可した。


 マリアンヌは国境までの通行許可証と国境警備隊の総司令官への面会許可証を入手することに成功した。


 侯爵夫人にのし上がったときと何も変わらない。今年で四十歳を迎えるが、王妃の姉と間違えられるほど美貌は健在だ。この美貌と己の才覚をもって、目的を達成するのだ。


 マリアンヌはばっちりとメイクを整え、体のラインを強調したドレスを着こみ、国境警備隊の作戦本部の前に立った。


 守衛二人がしばらくマリアンヌの美貌に見惚れていたが、すぐに門前を固める。


「おどき。マリアンヌ・アードレーよ。勅命を持ってきたわ。将軍に会わせなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る