第20話 起死回生策

 まずい、このままでは代々続いたアードレー家が滅んでしまう。


 敵はカトリーヌではなく、ダンブルだ。カトリーヌはむしろ味方と思った方がいい。カトリーヌはそんなに残酷なことはしないはずだ。


 ロバートは懸命に生き残りの道を探った。


 シャルロットは公務で手を抜かなければいい。それさえ守っていれば、カトリーヌがシャルロットを逆にダンブルから守ってくれるはずだ。


 だが、変なところで姉に似ているシャルロットは、睡眠時間を三時間に切り詰め、公務を完璧にこなしてはいるが、心身ともにどんどん衰弱してしまっていた。


 そこで、一日のうち公務を行うのは八時間と時間を決めて、その時間内で手を抜かずにやればいいと伝えたところ、ほっとした表情だった。


 危ないところだった。もう少しでシャルロットが潰れてしまうところだった。だが、シャルロットはこれで大丈夫だろう。もともと優秀な娘だ。慣れて来れば、王妃の務めを難なくこなすはずだ。


 問題は派閥だ。ダンブルに睨まれたアードレー家から離反する貴族が後を絶たない。


 王国の貴族は、国王の下に五大侯爵がいて、その五大侯爵のいずれかと主従関係を結んでいる。


 アードレー家は王妃を出すことが決まっていたため、かつては最も多くの貴族が従属していた。


 ところが、今や最下位だ。国王からは信頼を失い、ダンブルからは敵視されている。正直、打つ手がなく詰んでいる。


「何とか生き残る手はないか?」


 ロバートが頭を抱えていると、執事のセバスチャンが血相を変えて書斎に飛び込んできた。


「旦那様、大変でございます。マークス子爵が国家転覆罪で逮捕されました」


 マークス子爵はロバートの妻、すなわち、カトリーヌの母マリアンヌの実家だ。


「なんだと!?」


「ダンブルに機密情報を渡していたということです」


「ばかな。間違いなく、ダンブルにはめられた。国家転覆罪は一族郎党死罪だぞ。マリアンヌは王妃の母だから、さすがにお咎めはないだろうが、いよいよ後がないぞ」


 マークス子爵は伯爵への陞爵しょうしゃくが決まっており、アードレー家の派閥の中でも一二を争う勢力だった。


 シャルロットにアードレー家の復興を託して、消えて行くしかないか、と諦めかけたとき、ふといいアイデアが浮かんだ。


(カトリーヌは世のため人のためになることが兄への償いだと思っている。アードレー家も世のため人のための施策を次々に打ち出し、カトリーヌに協力する姿勢を見せたら、味方とはいわないまでも、敵対するのをやめてくれるのではないだろうか)


 ロバートはカトリーヌの部屋に入って、シャルロットが言っていたカトリーヌが考えたという施策案のメモを探した。


「これか。置いて行ったということは、何らかの問題があるのだろう。だが、そこはカトリーヌに聞けばいい」


 ロバートは徹夜でメモを読めるだけ読み、アードレー家の直轄領で素早く出来そうな政策をいくつかピックアップした。


(何という才能だ。私は娘のこんな才能に気がつかないでいたのか。父親失格だな。いいや、息子の死の責任をなすりつけるなんて、人間失格だ)


「セバスチャン」


「はい、旦那様」


「まずは二つの施策を実施する。小作農制度と税制改革だ。これを実行する」


 ロバートはセバスチャンにメモを渡した。


「え? 土地を農民たちに貸しだすのですか? それで税金は土地の借料だけですか? こんなことをしてしまって大丈夫なのでしょうか」


「わからんが、カトリーヌのアイデアだ。何か問題がある案だと思うのだが、私から見れば問題しかない。だが、何だか単純でいいとも思う。農民もやる気をだすだろう。すぐに実施してくれ。使用人を全員使っていいぞ。ダンブルから送り込まれている優秀なメイドもいるはずだ」


 アードレー家は追い詰められていて後がない。失うものはもう何もないのだ。それなら、カトリーヌの夢をここで試すのもいいじゃないか、とロバートは思った。


 カトリーヌへの償いになるかどうかわからないが、ロバートは十年ぶりにカトリーヌときちんと向き合ったような気がした。


***


 アードレー家には、ダンブルから送り込まれているメイドが十二名いた。アードレー家のメイドの六割を占める。メイドから伝書鳩がダンブルに向けて放された。

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