第19話 父の来訪
「本日はお時間いただき、ありがとうございます」
ロバート・アードレーは王国から一週間かけてダンブルポートに到着し、ヒューイ皇太子に謁見していた。
カトリーヌの姿がないことにロバートは焦りを感じていた。
「お父上、遠路はるばるお越しいただいて、申し訳ございません。わざわざご挨拶など不要でしたのに」
「いいえ、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした。して、皇太子妃様は本日はおいでにならないのでしょうか」
「ええ、妃は政務が忙しいのです。今は治水工事の総責任者をやっておりまして、現場から一刻の猶予も許さない火急の件が次々に舞い込みますので、秒刻みのスケジュールで対応しているのです。ご容赦ください」
「お忙しいのは重々承知しておりますが、ほんの少しの時間で結構ですので、娘に会わせて頂けないでしょうか」
「私が会わせないというわけではないのです。妃がお父上と会うのが、その……」
「時間がもったいないと」
「まあ、そうです」
「皇太子妃様に許しを乞いたいのです」
「お父上、それは見当違いです。妃はこう言ってはなんですが、ご家族に興味はないのです。兄上が亡くなった責任を小さな身体で一身に受け止め、兄上の分も含めて、立派な人間であろうとして、寸暇を惜しんで頑張っています」
ロバートは回りくどい言い回しはやめて、単刀直入に疑問をぶつけることにした。
「それは分かっているつもりでした。では、ダンブルからの私たちへの監視はどういった理由があるのでしょうか?」
ヒューイはふうっと一息ついた。ヒューイも本音で語ることにした。
「ご両親はご子息が亡くなった悲しみを全てカトリーヌにぶつけました。妹も両親の愛が自分だけに向いていることを知って、立場の弱い姉を虐め抜いた。違いますか?」
「そ、それは……」
「使用人たちもそれを止めるどころか、助ける始末。そしてその行為を肯定する両親……。私の最愛の妻が幼い頃から受け続けた仕打ちです」
「……」
「カトリーヌはアードレー家の仕打ちに対しては、何とも思っていないです。でも、私は違う。私はあなた方を許さない。私の父も同じです。ダンブルは全力でアードレー家を潰しに行きます。それが理由です。さあ、お引き取りください」
「殿下っ!」
(黒幕は殿下だったのか。王国を上回る国力を持つダンブルに一貴族が太刀打ち出来るわけがない。このままでは本当にアードレー家は潰されてしまう。何としてもカトリーヌに会わなければ)
そのときだった。謁見の間に慌てた様子のカトリーヌが入って来た。
「あら、お父様?」
カトリーヌが父の姿を見つけて驚いている。
「カトリーヌ!? 私たちを許してくれ」
ロバートはカトリーヌにすぐに許しを乞うた。
カトリーヌはキョトンとしている。
「許すも何も、私はお父様に恨みなどございませんわ。それよりヒューイ、あと五十名ほど人夫が必要なのよ。すぐに手配していいかしら」
カトリーヌはすぐにヒューイに向き直り、追加人員の許可証をヒューイに手渡した。
「もちろんだとも。リリアに頼めばよかったのに。何も君がわざわざ来ることはなかろう」
ヒューイは文書にサインしながら、カトリーヌに話しかけた。
「謁見の間には許可なく入れないって衛兵に言われたらしいのよ。だから、私が来たの。お父様がいらっしゃって驚いたわ。今日だったのね」
カトリーヌはヒューイから文書を受け取って、その足で出て行こうとしている。ロバートは慌ててカトリーヌを呼び止めた。
「カトリーヌ、待ってくれ」
「お父様、ごめんなさい。すぐに現場に行かないといけないの。ごめんあそばせっ」
カトリーヌはあっという間に出ていってしまった。
「お父上、ご覧の通りです。カトリーヌはアードレー家には全く興味がないのです。ただ、ひとつだけ。シャルロット王妃の公務の成果には興味を持っているようです。カトリーヌを怒らせたら、アードレー家は潰されるどころではないです。ご注意下さい」
「殿下は我々をどうしたいのでしょうか」
「それは楽しみにしておいて下さい。ただ、王国はいずれ滅びますから、どの王国貴族も結局は同じような運命を辿ります。遅いか早いかだけの話です」
「王国が滅びる?」
「ええ、私はカトリーヌとの婚約の約束を反故にしたジョージ国王も許さないですから」
(妻のために国を滅ぼす? あり得ない……)
「さあ、お帰り下さい。カトリーヌが私を待ってるんですよ」
ロバートは失意のまま帰国するしかなかった。
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