第9話 将校との夕食会
ダンブルポート到着の前夜、郊外の湖畔の城で、カトリーヌの軍将校へのお披露目会が開かれていた。
お披露目会で、陸軍大将のランバラルは、失礼にならぬよう気をつけながら、上座に座しているカトリーヌを鋭い眼光で観察していた。
カトリーヌの容姿に関しては、事前にあまり話題に上らなかったため、特記すべきほどの容姿ではないと勝手に思っていたが、一目見て、腰を抜かすほど驚いた。
(これほどの美貌は、近年お目にかかったことはない。王妃様のお若いときを上回るのではないか)
ランバラルは左の将校席のなかでカトリーヌに一番近い席にいた。対面には海軍大将のカイゼルがいるが、彼もカトリーヌをチラチラと観察している。
奴と目が合った。カイゼルが、瞬きで信号を送っていることに気がついた。
(なになに? き・れ・い・だ・な、だと。バカめ、見ればわかることを)
今日のカトリーヌの軍部へのお披露目会は、皇太子のヒューイが、彼が将来即位した後、軍の参謀にカトリーヌを抜擢すると公言したことが発端だった。
軍部の最高司令官は国王だ。国王の命令は絶対だが、ヒューイが皇太子の地位にいるときにカトリーヌの話を持ち出したのは、命令という形ではなく、合意を得たいのからであった。
さらに、ヒューイは、カトリーヌが参謀になるための前準備として、カトリーヌをすぐにでも海軍少将兼陸軍少将に任命したいと軍部に打診して来た。
当然のことながら、軍部は難色を示したが、まずは人物を見てほしいとヒューイから言われて、このお披露目会が開かれたという経緯だった。
そのため、将校たちの目はカトリーヌを見定めてやろうとギラついているのだが、最初に絶世の美女パンチを受け、女性将校でさえもたじろいでいることがわかる。
今、刺身が配膳された。王国育ちのカトリーヌが生の魚を食べられるわけがない。これは見ものだ。将校全員が意地の悪い顔をしていた。
ヒューイがお品書きをカトリーヌに説明しているが、ランバラルがヒューイのあのような顔を見たのは初めてだ。まるで若い女にデレデレしている中年オヤジのようではないか。
「カトリーヌ、刺身は初めてか?」
「はい、殿下」
「こうやってワサビと醤油をつけて食べるんだ」
「こうですか?」
「そうだよ。上手じゃないか。とても初めてとは思えないよ」
「殿下、ものすごく美味しいです。私、こんなに美味しくお魚を頂いたのは初めてですっ」
「そうか、そうか。私は何だか刺身になりたい気分だよ」
将校全員がげんなりしていた。あんなに気持ちの悪いことを言うヒューイも初めてだった。
この甘ったるい雰囲気は、そろそろ終わりにしてしまおう。ランバラルはトーマス中尉に視線で合図した。
「カトリーヌ様っ、ご質問よろしいでしょうかっ?」
トーマス中尉が声を出した。
甘ったるいやり取りを邪魔されたヒューイが、途端に不機嫌な顔になった。部下の諫言ですらもにこやかに応対するヒューイには考えられない表情だ。トーマス中尉が萎縮しそうになる。
「何でしょうか? 遠慮なくどうぞ」
カトリーヌの笑顔に中尉は勇気づけられたようだ。
「王国との戦争についてどう思われますか?」
「そうですね。戦争はない方がよいですが、分からず屋には、一発かますことも必要でしょう。ただ、そのとき私が重要だと思うのは、完膚なきまで相手を叩き潰し、二度とはむかえないようにすることです。それが出来ないなら、そもそも戦争すべきではないと思っています」
美しい容姿の割には随分と過激なことを言う、とランバラルは思った。だが、この発言に将校たちは興味を示した。次から次へとカトリーヌに質問がとぶ。
いくつかの質疑応答を経て、カトリーヌが徹底的なリアリストであることが将校たちに伝わった。
ダンブルに受け入れられやすい思想だ。しかも、知見があり、恐ろしく頭がいい。ヒューイが何としてもカトリーヌを自国に招き入れたいと言っていた理由が、彼女の容姿ではなかったことに将校たちは安堵した。
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