第10話 タンブル国王との食事会

 昨夜は天蓋付きのベッドでぐっすりと眠った。殿下とはまだ正式な夫婦ではないため、それぞれ別室で就寝した。


 殿下はひと足先にダンブルポートに帰って、陛下に釈明すると言って、早朝に城を出て行った。美人だから妻にしたと誤解されると面倒なことになるらしい。


 私たちも殿下に遅れること数時間でダンブルポート入りした。


 王宮までのメイン通りには、皇太子妃を一目見ようと、沢山の人が詰めかけていた。


 私は馬車の窓から見える人の多さに感嘆の声を上げた。


「すごい人、さすが大陸一の都市だけあるわ」


 人口百万を超える都市は大陸ではこのダンブルポートだけだ。北に巨大な港を持ち、海を隔てた別の大陸とも交易を行っている。


「馬車のホロをオープンにして、お手を振っていただけますか?」


 馬車に同乗しているリリアがとんでもない提案をして来た。


「え? 恥ずかしいわよ」


「他の都市からわざわざ見に来た親子連れもいます……」


 リリアは卑怯だということを知った。


「……。分かったわよ。どうぞ」


「本当は自慢したかったのです」


 そう言って、リリアはホロを全開にした。民衆から割れんばかりの歓声が上がる。


「きれい」「美しい」「上品だ」


などくすぐったい賛辞が私の耳に次から次へと入ってくる。


 私は民衆に手を振ってこたえた。


(兄さん、ごめんなさい。皇太子妃で目立たないようにすることは無理みたい。その分頑張るから許してね)


 馬車はゆっくりとメイン通りを進み、たっぷり一時間以上かけて、王宮へと入っていった。


***


 陛下と王妃様との夕食会は王宮のダイニングルームで行われた。


 私は殿下にエスコートされ、食事の席についた。待つこと数分、殿下の熱い視線に耐えられなくなったころ、陛下と王妃様が入ってこられた。


 殿下と一緒に立ち上がり、ダンブルの貴族の敬礼でご挨拶をした。


「カトリーヌ・アードレーにございます」


「楽にするがよい。なるほど、ヒューイの言うとおりの美人じゃな。事前に聞いておらねば、この場で息子ともども叩き出しておったところであったわ」


 陛下は豪胆な感じのする偉丈夫だった。顔に剣傷があり、武闘派のやんちゃなおじさんという感じだった。


「本当に綺麗な娘ね。この国は実力主義だから、容姿も実力のうちだけど、容姿だけでは皇太子妃にはなれないのよ」


 王妃様はずいぶんとお美しいが、武術と情報収集能力に秀でており、クノイチの総帥をされているとリリアから聞いていた。


 ヒューイはお母様に似ていると思った。


「あなた、武術も相当の腕前と聞いているけど、ヒューイと手合わせしたことはあるの?」


「いいえ、ございません」


「食事前に少し運動してみない? ヒューイ、お相手なさい」


 このイブニングドレスで? と思ったが、ヒューイが構えたので、私も構えた。ヒールで少し動きにくいが、いざとなったらヒールも使えばいい。


 ヒューイの武術はよく知らないが、構えは凡庸だ。少し隙を作って誘ってみるか。


 なっ、やられた。


 寸止めだが、誘ったところを寸分違わず突いてきた。早すぎて避けられなかった。


「あら、もうヒューイが一本取ったわよ。カトリーヌ、頑張らないと、すぐに王国に返すわよ」


「もう一本お願いします」


 隙を作るのはやめだ。ガチで闘おう。ヒューイの呼吸に自分の呼吸を合わせるようにした。しかし、この人、真剣な顔になると、怖いぐらい格好いいわ。


 ヒューイの呼吸が止まった。私も同時に踏み込んで突きを繰り出す。踏み込んでヒールの踵が折れるが、これは計算づくだ。だが、ヒューイにはハプニングのはずだ。


 相打ちを狙った一撃だが、ヒールが折れた分、ヒューイの打点は急所からズレていたが、私の打点はヒューイの急所を捉えていた。


 ヒューイは驚きの表情の後、デレッとした表情になった。一本取られたくせにニタニタして気持ちが悪い。


「はっはっは、これは驚いた。ヒューイから一本取るとは」


 陛下は上機嫌だった。


「これはとんでもない嫁を見つけてきたわね。あなたの地方統治策を見せてもらったけど、政策能力だけでも絶対に離したくない逸材なのに、トリックを使ったとはいえ、この子から一本取るなんて。私でも難しいのよ。本当に脱帽だわ。よろしくね、カトリーヌ。歓迎するわ」


 その後は陛下と王妃様と歓談しながら食事を楽しんだ。やはりヒューイのご両親だ。私の両親とは全く違う。ヒューイを少し羨ましく思った。


(兄さん、ごめんなさい。私、ヒューイやご両親といるのが楽しい。今まで以上に頑張るから許してね)

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