第8話 溺愛の兆候

 俺は会ってまだ一時間も経っていないのに、カトリーヌの美貌の虜になってしまっていた。


 ダンブルの各州の問題に対する各種施策のカトリーヌからの説明を馬車の隣に座って聞いているのだが、全く頭に入って来ない。


 それよりも、どうしてこんなに目が大きいのだろう、とか、まつ毛が多くて長いなあ、とか、鼻がすっと細くて形がキレイだなあ、とか、唇の両端がキュッと上にあがっていて可愛らしいなあ、とか、頬の白さにほんのりとピンクが混じって美しい色だなあ、とか……。


「ヒューイ、質問ある?」


 カトリーヌが訝しげな表情で俺を見ている。


「は、はい。なんでこんなに綺麗なんですか?」


 リリアが吹き出している。


 しまった。俺は何を言っているんだ!?


「ヒューイ、真面目に聞いてね。時間の無駄はやめようね」


 カトリーヌは額に手を当ててため息をついている。


「カトリーヌ、すまない。俺は君のように美しい人に会ったことがなくて、もう少し君をじっと見ていたいんだ。ほ、ほら、すごく眠いときは、ちょっとだけ寝た方が効率が上がるだろう。あれと同じだ。少しの間、君を集中して見た方がいいんだよ」


「そんな理屈通らないです! じっと見られると、いくら私でも恥ずかしいですっ」


 やばい。怒った顔も可愛すぎる。


「殿下、目をつぶって説明を聞かれてはいかがでしょうか?」


 見かねたリリアが一見いいアイデアを出してくれたが、こんなにきれいなものを見ないなんて選択があるか? 


「それは良策ではない。カトリーヌがせっかく俺のために時間を使ってくれているんだ。説明もしっかり聞き、美貌も堪能する。やはり俺が克服しないといけないんだっ!」


「そうですか、じゃあ、殿下、頑張ってください」


 何だリリアの投げやりな態度は。


 あっ、カトリーヌは顔が真っ赤ではないか。


「カトリーヌ、顔が赤いが疲れさせてしまったか。そうだ、すまなかった。長旅で疲れているのに、策の説明をさせてしまって。さあ、膝を貸すから、俺の膝にその形のいい小さな頭を置いて、休むがいい。しかし、こんな小さな頭でよくあのような策をいくつも出せるな」


 俺は自分の膝をポンポンと叩いて、はいどうぞをした。


「あなたがさっきから恥ずかしいことばかり言うから赤いんですっ!」


 カトリーヌは反対方向を向いてしまった。


「そ、そうなのか? 思ったことを口に出しているだけだぞ。では、疲れていないのだな。良かった。心配したぞ」


「カトリーヌ様、殿下はしばらく色ボケ状態ですから、先ほどのように私にご質問を頂くお時間にいたしませんか?」


「それはいい考えね。殿下こそお疲れと思います。しばらくお休みになって下さい。殿下が普通になられるまで、私は殿下とお呼びしますし、敬語も使いますから」


 カトリーヌにピシャリと言われてしまった。


「はい、分かりました……」


 こんなに情けない自分は初めてだが、カトリーヌを愛しく思う気持ちが次から次へと溢れて来て、全く制御が出来ない。


 カトリーヌを潰れるほど抱きしめたいが、俺の一方的な愛情をカトリーヌにぶつけてはいけないことは分かる。


 我慢しろ、俺。


 カトリーヌが俺に心を開き、愛してくれるようになるまで、耐えるんだ。

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