第32話 依頼達成
さて。
何も知らずに盗賊の職業についちゃった鏡の件だけなら、「職業変えたし、これで問題ないでしょ! じゃあね!」と、この街からさっさと移動しちゃえばどうにかなるだろうなぁっていう楽観的な考え方をしてたんだけど……。
公務員的な隊長さんに、謝らせたり、慰謝料を払って貰ったりとかはともかく、ダンジョンに押し込めるっていうことは、上に報告せずに出来る事なのだろうか?
確かにわたしがどこかに所属している魔女なら、貴族並みの権利があるのかもしれないけど、無所属だし。
かといって、うちのとこの領主様に話を持って行くのもね……。あの魔女が色々言ってきそうで嫌だし。
もしかしたら、神殿から通達が来てて、えん罪に対する罰で、っていう話が上に行けば問題ないのかもしれないけど……。まだ何も連絡が来ていないのなら、うやむやのまま立ち去りたい。っていうのが、わたしの本音です。
かといって、ここで悩みすぎるのも、「偉そうな魔女」を擬態している今、あまりよくない気もする。
でも下手な事をいうのも自分の首を絞めそうなので、わたしは相手に任せることにした。
「……どうしますか?」
「どう……とは?」
「彼らはああ言ってますが、どうしますか?」
「……そのような事、出来ません……」
その怯えを交えた表情での返答に、わたしは無意識に眉が寄った。
あんたはそれを彼らに課したのでしょう? と。
「そうですか。貴方の意志は分かりました。そう伝えておきます」
隊長さんから鏡達に体を向ける。
「とりあえずみんな、今は帰ろうか。報告もしなきゃならないし」
え? と驚きと不満を表情に出す、男子高校生ズ。
静さんがまだ怒りが収まらない面々の肩や背中を叩き、首を横に振る。
今はわたしに従って。という意味だろう。
「静さん、馬車を」
静さんが出した馬車に全員、狭いけど乗って貰う。
「コニー」
わたしから出た影は、馬具を巻き込む形で現れ、コニーとして形を作った時には馬具がしっかりと装着されていた。
凄い。最初あんな事出来なかったのに! うちの子ほんとに凄い!
「……コニー凄い」
頭を撫でながらこそっと褒める。
「……頑張った」
馬なのに、ドヤ顔にも見える表情で返事が返ってきて、わたしはちょっと笑いながら、鼻筋を撫でる。
「あの、魔女様?」
戸惑ったように隊長さんが声をかけてくるが、わたしはそれに対応する気はない。
馭者がいなくてもコニー達は普通に走れるが、居て貰ったほうが無難ということで、貴史に今だけだからと座って貰い、みんなを中に促す。
わたしの影からさらにクローバーが複数出て、準備は完了だ。
と、思った処に勝手にオルフが四匹出てきた。
え? なんで? と思ったら初めて出てきた時の様な小犬の姿ではなく、大型犬の姿だった。
……でかい。普通に頭がわたしの腰より上なんですが……。
あっけに取られている間に、四匹のオルフは、馬車を囲むような位置につく。
なるほど。馬車単体で走るよりも、この方が見た目的にも守られてる感がある。
……もしかしたら、狼に襲われている馬車と勘違いする人もいるかもしれないけど……。
いや、きっとそこは大丈夫と思うことにしよう。
それにしても、レベル4の子からは、影から勝手に出てくるなぁ。
それとも、ペット側の自由な出入りも、制限がかかってたりして、自由になったのだろうか?
そんな事をちょっと悩みながら、馬車に乗り降りするための小さな階段に足をかけ、隊長さんに振り返る。
「貴方への処遇についてはそのうち、上から通達が来るでしょう」
そう言って馬車の扉を閉める。
隊長さんが呼び止める声が聞こえるけど、無視し、開いた隙間に座ると、声をかける前にコニーは動き出した。
全力疾走だとお尻が痛くなるからか、それなりの速度で走ってくれるコニー。
多少離れたところで、わたしは馬車の窓を開ける。
「貴史。聞こえる?」
「聞こえるよ」
体を少し乗り出して、耳を貸してくれる貴史。
無事に話だけは出来そうで良かった。
「えっとね、みんな、隊長さんの様子で勘違いしたっぽいけど、わたし、あの人に何かしらの処分下させる様な身分とか立場とか無いから」
ごめんね? という様に、右手をあげて告げると、彼らは驚いたように瞬いた後、納得してくれた。
「ああ、だから……」
逃げるようにあの場を後にしたわけだ。と誰かが小さく口にしたけど、まさにその通りですよ。
「それってあのおっさんが言っていた、『使いようのない魔女見習い』ってやつで当たってたって事?」
「まぁ、そうなるね。魔女見習いになると、領主とか貴族のお偉いさんの後ろ盾がつくっぽいんだけど、うちの領主と提携してた魔女がわたしが神殿で貰ったスキル見て、あっさりと使えないって判断してさ、不良債権扱いで、弟子入り拒否されたのよ」
「えぇ!?」
「ありえない!」
「マジかよ」
わたしの言葉にほぼ全員が信じられないと声を上げた。
分かる。わたしもそう思ったもの。
「まぁ、そんなわけで、みんなには悪いけど、あの場から逃げました。でも、神様には報告しようと思うので、神殿経由で何か罰を与えられないか聞いてみるのはありだと思ってます」
「神様って、そんな簡単に連絡取れるの?」
恭介の言葉にわたしは肩をすくめた。
「たぶん、としか言いようがないけどね。どこか適当な場所があったら魔女の家を建てようかなって。あの中じゃないと無理だから。というわけで、コニー、目的地は魔女の家のレベル3が出せるところでよろしくー」
「はーい……」
わたしの声にどこかのんびーりとした返事が返ってきた。
それからしばらく馬車に揺られていると突然、例の画面が目の前に現れた。
『少年神の願い(依頼)を達成』
なんで、このタイミングで? って、悩んだけど、理由は分からずじまい。
無理矢理考えるとしたら、追っ手が追ってこられないほど距離が出来た、とか、隊長さんの管轄から外れた場所に居るとかだろうか?
少しの間、気になったが、魔女の家を設置するのに適した場所についた頃にはすっかりと忘れていた。
コニーが足を止めた場所は草原というよりも平野だろうか。
共同スペースを真ん中に、小さいながらも個室を準備して、と。
同じサイズで男女で風呂分けて、と……。
なんだか円で作った太陽みたいな形になったけど、まぁ良いか。
「んじゃ、いっくよぉー。魔女の家、レベル3!」
どでんっと一瞬のうちに出来上がる石のかまくらを連結したような家。
「チート。うん。間違いなくチート」
「これが使えない能力とか、見る目なさ過ぎ」
「だよねぇ~」
彼らの言葉にうんうん頷きながら、目の前にある外に向けて扉がある小さいかまくらへと向かう。
わたしが扉の取っ手を握るとガチャンと鍵の開く音がした。
「ささ、どうぞ」
扉を開けると玄関で、靴を脱げとばかりに段差があり、共有ルームに続く扉が反対側にある。
「中身は普通だな……」
「あー、ログハウスとかならそのまんまでもいいんだけど、石造りはちょっとねぇ……。壁に触れるだけで汚れそうっていうか、ジメジメしそうっていうか……」
拓の独り言だと思う言葉に、返事をすると、聞いた全員がなるほど、と納得しながら靴を脱いでいく。
「静さん、とりあえず、お腹も空いたんで、お昼にします……か?」
共有ルームへと続く扉を開けると、水晶がピカピカと、お前はミラーボールかってくらい、前回以上に光り輝いていた。
「何か光ってるけど……」
「あー、神様からの連絡じゃないかな?」
大地の言葉に返して、まぶしいと、目を細めながら水晶玉の処に行く。
前は近づいたら勝手に映像が出たけど今回はピカピカしてるだけ。
ぺちんと水晶に軽く叩くように触ると、前回と同じように少年神が現れた。
『二人とも依頼完了お疲れ様!』
にこやかな笑顔の少年神だけど。
「神様。神殿から説明がされるんじゃなかったんですか?」
『いやぁ、そのつもりだったんだけどねぇ……。意思疎通が上手くいかなくてねぇ……』
困った様子に、なんとなーく、神託が上手く伝わなかったらのかな? と理解する。
「じゃあ、神様の方から、彼らを苦しめた隊長さんに罰を与えるようにって神殿経由でお願いするのも無理ですか?」
『やれないこともないけど、伝わり方によっては一族郎党首チョンパされちゃうけど、そこまで望む?』
少年神の目がわたしから、後ろにいた五人に向かう。
五人はそこまでは望まないのだろう。嫌そうな顔をしつつも、首を横に振った。
『ま、慰謝料代わりの金なら俺が用意するよ。もちろん、迷惑をかけた二人にもね』
「あれ? 良いんですか? 一応前払いで、ステータスを見るやつの呪文変えて貰いましたけど」
『うん。あれは、クソジジイが悪いから』
にこやかな笑顔だけど、額に青筋が浮かんでてもおかしくない雰囲気だね……。
お金かぁ。でも、お金は別にいらないんだよなぁ……。
「それ、変更できません?」
『変更?』
「はい。私的にはお金よりも、スキルの『源泉』のレベルを上げて貰う方がいいです」
魔物寄せの効果もある源泉。レベルが上がったらそれが少し下がったっぽいんだよね。
なので、さらに上がれば前みたいに、街にいる時に突然大型の魔物が寄ってくるって事もなくなるかなぁって。
森とか野外では諦めるけど。
『スキルのレベル上げか……。出来なくはないけど……』
「あ! じゃあボクもそれが良いです」
恭介が挙手し、鏡も同じように手を上げた。
「じゃあオレ、職業選択の自由が欲しいです! レベル1でいいので!」
『えー? お金の方がよくない? いっぱい払うよ?』
「「「「「「スキルで」」」」」」
静さん以外の全員がぴったりと同じ返答をした。
きっとこれはゲーム脳っていうやつなのかもしれない。
でもスキルMAXの凄さを知ってたら、お金よりもスキルのレベルを上げてくれってなるよね。
レベルが低いと使い勝手が悪いし。
『…………仕方ない。神殿からのフォローも間に合わなかったし、ミューちゃんと静子さんは任意のスキルのレベルを一つあげる事を報酬としよう。ただ、高校生組は駄目だ。そもそも、二人に迎えに行って貰った事自体が、過分な対応とも言えるしね』
「それはっ」
大地や貴史が反論をあげようとして、口を閉ざした。
確かに、少年神は彼らを放置しても良かったのだろう。
そうしなかったのはこの神が善良な神だったからだと思う。
「では、わたしの権利を鏡くんに譲ります」
いつもと変わらない温和な笑顔で静さんがそういった。
「職業選択の自由。そのスキルがあれば、鏡くんは自由に動けます。今のままでは、わたしに縛られるようなものですから」
慈愛に満ちた瞳が鏡に向けられて、鏡は目を見開き、静さんを見つめている。
静さん、マジ聖女。
鏡が静さんに惚れたとしてもわたしは納得する。
「いや、でも……」
「出来ますか? 神様」
ためらう鏡に対し、静さんは惜しむこと無く尋ねる。
『……はぁ。出来るよ。こちらとしては、彼らにはスキルを犠牲にして、代わりにレベルをあげようかって提案するつもりだったんだ』
「スキルを犠牲にレベル上げって割にあわないんじゃ……」
わたしの言葉に少年神は首を横に振った。
『たとえば、大地君は詠唱破棄のスキルを持ってるけど、治癒師は他にも高速詠唱・詠唱短縮のスキルも覚えるはずだったんだ。でも、詠唱破棄を持った時点で統合されちゃっててね。統合されては居るという事は所持しているという事だからね。それぞれを対価に好きなスキルを上げるっていうのならいいよ。って言うつもりだったんだ』
あ、レベル上げってスキルのレベルなのか。いや、でも、統合された物って言われなければちょっと割に合わないって思ってしまうかも。
ああ、でもスキルの枠が決まってて、新旧で選択っていうのは確かにゲームではよくあるかな? レベル上げというよりも強化とか言われるとちょっと分かるかも。
「あの、それって大地以外にも統合されているスキルを持ってるメンバーが居るんですか?」
恭介が質問し、貴史や鏡が目を輝かせて見ている。
『残念。君たちの中では唯一大地君だけだね』
「……君たち、だけ?」
拓がその部分を聞き返す。つまり。
「わたしや静さんは統合されているスキルがあるって事ですか?」
わたしの質問に少年神は肩をすくめる。
『源泉取った時点で魔力回復系のスキルは無意味でしょ』
ああ、なるほど。確かに。
魔女は魔法職。神殿で魔女のスキルの一覧を見た時、あったね。魔力回復。
確か。
「魔力回復が極小から小・中・大・特大・極大でしたっけ?」
わお。これだけでスキルが6つも選べるよ。って極大は恭介に渡したんだった。
……あれ? 統合とは? あ、大地のは統合で、わたしのはただ単に不要となったスキルっていう意味か。
『ミューちゃん、君は源泉のレベル上げが報酬だっただろ?』
「あ、それはそうなんですが、不要となったスキルでスキルのレベルが上がるなら源泉以外にも魔女の瞳とかあげて貰えたらなぁって」
『……却下』
「はい。諦めます」
ここでごねるようなことはしません。むしろ現時点ですみませんでした。って謝っておきます。
『それで静子さんは鏡君に権利を渡す、で本当にいいのかい?』
「はい。よろしくお願いします」
『じゃあ、そうしよう。それで大地君。君はどうする? 君のスキルを使うんだ。君が君のスキルを上げてもいいし、他の誰かのスキルを上げてもいい』
自分で決めろと言われた大地は、ちらりちらりとみんなを見るが、そんな大地に、少年神がアピールするのは駄目だぞ~と声をかけ、大地にみんなを見ないようにと声をかける。
そして、悩んだ末、彼は顔を行きよいよくあげた。
「決めました! 自分の水魔法と、恭介の火魔法のレベルを上げてください」
『では、そうしよう。ミューちゃんには源泉を。鏡君には職業選択の自由を。大地君には水属性魔術を。恭介君には火属性魔術を』
キラキラと、どこからともなく光が降り注いでくる。
『それじゃあ、後は自分達で頑張って』
すぅっと少年神の姿が消えていき、最後にわたしの方を向いて一言。
『不要スキルの有効活用は自分でしなさい』
そう言われてしまった。せめてもうちょっと詳しく……。と、思ったけど、それも自分で調べろって事なのだろう。
何はともあれ、これで完全に神様からの依頼は達成のようだ。
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