第31話 わたしはただの魔女である。


「盗賊がダンジョンから逃げ出した。仲間共々捕まえろ」

「な! 話しが違う!!」


 隊長さんと鏡が呼んだのだから、隊長なのだろう。周りにいたと部下と思われる面々にそう命じた。

 それに戸惑いを見せる者と、すぐさま動こうとする者。

 隊長の対応に鏡も、そして恭介も声を上げ、貴史と拓は武器を構えていて、一触即発の空気となっている。


「ミューちゃん……」


 静さんがわたしを見る。

 わたしは頷いて、場合によっては鏡の職業を変えられるようにとこっそりと伝えた後、みんなの前に立つ。


「えーっと、あなたが隊長さん?」


 わたしは声をかける。


「神殿から連絡は来てませんか?」

「なんだお前は」


 問われて、なんと答えるか迷った。魔女でもいいんだけど、神様のお使いで来てるんだよね、今。

 ならそっちの方がいいのだろうか?

 ダンジョンに入る前に見た兵士の人が視界に入ったのでそちらに顔を向ける。


「神殿から連絡はありましたか?」

「いえ、ありません」


 兵士はわたしが魔女だと名乗った事を覚えていたようで少し怯えながらも答えてくれた。……ん、だけど。……魔女って怯えられるような職業だっけ? と、内心ちょっとショックです。

 それにしても、時間がかかるだろうとは言われてたけど、思った以上に遅いなぁ。こちらはもうダンジョンをクリアしてしまいましたけど……。


「魔女!? あれがか?」


 隊長さんの声に、そちらを向くと、不審そうにわたしを見てる隊長さんと、こっそり教えたのに、その配慮を無駄にされたどころかアレ呼びという失言までしちゃった隊長さんに焦る別の部下さんがいた。

 まぁ、確かに? どこぞかで見たあの偉そうな魔女に比べると、質素な服着てますけどね。


「ええ。信じる信じないはご自由に」


 わたしの言葉に隊長さんは、顎に手をやり思案顔で撫でると、頷いて、次に浮かんだ表情はどこか小馬鹿にしたような笑みに見えた。


「それで、魔女殿はどんなご用件で? まさか、その犯罪者を助ける、だなんて言い出しませんよね? 魔女殿?」

「犯罪者とは言いますが、彼らは実際に犯罪を犯したのですか?」


 そんなはずはないだろう。常識違いで何かしでかした事はあったとしても、ダンジョンに追放するほどの重たい罪を犯したとは思えない。

 ……あー……。不敬とかはありえるのかな? でも、早々、それを罪に問える様な人に出会うことはないだろう。

 ……いや、物語の世界ではわりとあるけどね?

 でも実際、そういう人たちに会う場所は、会える可能性のある場所だと思うんだよね。

 実際、わたしはこの世界で生まれて、十六年。そんなお偉いさん達にあったのは、魔女という職業を得てからだ。

 全国区の芸能人と考えればわかりやすいだろうか。

 その上、この世界は魔物がいるせいで、旅に出るというのはとてもハードルが高い。

 御貴族様が旅に出るのであれば、それこそ、大所帯だろう。

 お忍びであれば、キャラバン、隊商という形で移動するとわたしは予測する。

 御貴族様の旅であれば、騎士がずらっと並んで移動するのを見て、不敬な事を言うとは思えない。

 物語の中では「お前空気読めよ」っていう様な生徒はちらほらいたけど、ね。

 彼らはそんなタイプじゃないし。

 それに力で格付けするタイプなら、鎧に身を包み武器を持った面々には近づかないと勝手ながら思う。

 で、もう一つのお忍びだった場合については、不敬だなんだと言われることはないと思う。

 そうならないように、部下の人たちが接触自体させないと思うんだよね。

 そんなわけで、ここ数日一緒に居たあの五人が、何かしらの犯罪を犯したとはとても思えない。

 だからわたしは自信を持って尋ねられた。

 彼らは何もしていないはずだ、と。

 わたしの目を見た隊長さんはゆっくりと首を横に振った。

 

「あの犯罪者の職業は『盗賊』です。それだけで十分理由にはなるでしょう?」


 わたしの望む、犯罪の証拠というのは無いようで、どうやら本当に職業が盗賊だという、たったそれだけで彼らはダンジョンに押し込められたらしい。みんなの話通りだ。でも……。


「いいえ。それが理由だというのなら、わたしは否定しますよ」


 改めて考えるとそれが理由ってすっごく馬鹿馬鹿しいよね。


「だってそうでしょう? 本当に他人の者を盗む事が好きな人間がわざわざ職業に『盗賊』を選びますか? わたしが思うに、そういう人はもっと人を騙しやすく、そして疑われにくい職業を選ぶと思いますよ?」


 それこそ聖人とか、聖騎士とか。言わないけど。貴史がまさにそれだし。


「彼らは貴方達にきちんと伝えたと聞いてますよ? ダンジョン攻略するための職業だと。そして実際彼らはダンジョンを攻略してみせました。彼らの言い分が正しいという証になりませんか?」

「なりませんな」


 わたしの問いかけに、隊長さんは悩む事無くばっさりと言い切った。

 これは最初から聞く耳、持ってないね。


「そうですか。では、彼らの職業が盗賊じゃなければ、何も問題ありませんね?」

「は?」

「だってそうでしょう? 貴方は、職業が盗賊だったから捕まえたと言いました。では、逆に、彼らが盗賊でなければ、捕まえる理由がないって事でしょう?」

「……何を馬鹿なことを……」


 眉を寄せて不可解そうにわたしを見る隊長さん。わたしは振り返り静さんを見る。

 静さんは頷いた。

 鏡も自分から近づいて行き、こっそりと手を差し出した。


「馬鹿なこと、ですか?」


 あとはほんの少し時間を稼げばいいだけだろう。


「ええそうです。一度与えられた職業を変える事がどれほど大変な事か、ご存じないのか?」


 そうなの? 静さん最初からそのスキル、レベルMAXだったから、大変さなんて静さん本人も、そして周りもさっぱりなのだよ。ごめんね、隊長さん。


「それがどれほど大変なことだったとしても、それを可能にするのがわたし達です」


 ここはきちんと『達』にして伝える。だって出来るのは静さんだから。魔女がどうのは関係ないしね。

 そして、準備はとっくに終わってたらしい鏡が、きりが良いと会話に入ってきた。


「彼女の言うとおりだ。オレはもう盗賊じゃない。だからもうここに押し込められる理由はない」

「な、何を馬鹿な事を言って」

「わたしは魔女です。願いを叶えるのは魔女の仕事だと思いませんか?」


 魔女の物語には願いを叶えるってあった。

 そして誰の願いとも言ってないが、この話の流れなら、勘違いしてくれるだろう。

 なるべくなら静さんの事は秘密にしておきたい。

 静さんはまだ自分を守るだけの力はないから。


「ほら、早く調べてください」


 ニッと人と小馬鹿にしたような態度になってしまっただろうけど、それぐらいは許されると思う。

 だが、隊長さんは動かない。だから部下の人も動かない。


「どうしたんです? さっさと確認してくださいよ。それとも罪の無い人間をこれ以上拘束し続けるのですか?」

「罪の無い人間だと?」


 何故か凄い形相で問い返してきたのだけど、わたしは一瞬びくっとしたけど、笑みを浮かべた。


「ええ」

「…………良いでしょう」


 不快という表情をしていた隊長さんは、一転笑みを見せた。


「ただし、貴方を含めた全員の職業を確認させていただきます。よろしいですよね? 魔女殿」


 どこか勝ち誇ったような言葉にわたしは内心首を傾げながら、ええどうぞ。と答えた。

 

「では、移動を」

「え?」

「ここでは調べられませんから」


 そうなんだ。

 

「移動するとの事だけど、かまわない?」


 振り返り尋ねると、みんなは頷いてくれた。

 そんなわけで向こうが用意するという馬車で近くの街に移動する事になった。

 逃げられないようになのか、馬車は魔女が乗るために良い物だけど、護衛と言う名の監視がいっぱいいた。

 ちなみに四人乗りの馬車という事であちらは初め二班にわけるつもりだったようだけど、こちらが拒否。

 わたしと静さん、鏡と大地が馬車の中。

 御者横に貴史。屋根の上に恭介と拓がいるのだけど、屋根はカーブを描いているので、何か掴むのがあった方が安心だろうって事で、屋根を一周する形でロープを結んだりしている。

 それでも座り心地は悪いらしい。

 落ちないように気をつけて欲しい。本当に。

 むしろコニーを出してそれに乗った方がいいのでは? と二人に提案したのだけど、彼らは隊長さんの様子を見て、なるべく手の内を明かさない方向で行こうとなった。


 確かに、万が一逃げる時に、馬がすぐに手に入るかどうかで、逃げる速度は変わるだろうし、念のために隠しておきたいっていう気持ちはわかるけど……。部下の人たちは見てるんだよねぇ。だから意味があるのかなぁって思ったりもするけど、それを報告してないっていう可能性もあるし隠しておくっていうのは良い案なのかな?

 なんとも判断が付かないまま、わたし達は馬車に揺られ、さらに揺られて、日が沈み、夕闇が世界を覆い始めた頃、街へと着いた。

 

「さて、魔女殿。職業を調べますが、その前に一つ質問してもよろしいですかな?」

「……なんでしょう?」

「貴方は、どこの所属の魔女見習い殿ですかな?」


 勝ち誇った表情と言われた内容に一瞬怯んだ。

 本来なら、魔女見習いはどこかに所属するべきっぽいから。

 だから弟子にしたくないと言ったあの魔女の事を思い出し、そして、無資格とか無免許とかそういう言葉が浮かんでしまったから怯んだ。

 ……でも。


「それが何か関係あるのですか?」

「関係が無いとでも?」


 聞き返されてわたしは本気で首を傾げる。


「ええ、無いですよね? 彼らの職業を調べて盗賊で無ければそれでいいのですから」

「それは建前でしょう?」

「……は?」

「貴方は魔女という立場を使い、彼らの罪を消すつもりなのだろう?」


 え? なんでそんな話になってるの?


「確かに。罪人の扱いはその地の領主に認められている。あんたが本物の魔女ならうちの領主様もあんたの取引に応じるかもしれない。だが、お前は本物の魔女にしては若すぎる。違うか? あんたが神殿で選んだ職業は魔女かも知れない。だが、弟子入りを拒否された、使いようの無い魔女見習いなんじゃないか?」


 なぁ? お嬢ちゃん? と隊長さんは笑いながら、わたしの顔に手を伸ばしてきた。

 わたしがその手を避けるよりも早く、拓が弾き、わたしを守るように構える。

 貴史も同様に臨戦態勢になっているっぽい。

 わたしは息を吐く。


「鏡、ちゃっちゃと職業見せたって」

「ういーっす」


 わたしの言葉に鏡は気負うことなく歩き出し、石版の手形のくぼみに手を置いた。

 どうやらあの石版が職業を調べるものらしい。

 石版が光りぶんっと半透明のウィンドウが現れた。

 そこに書かれた職業はまごうこと無く「村人」と記載されていた。


「馬鹿な!?」


 隊長さんが驚くのを見て、わたしはニヤッって笑ってやる。


「確か全員の職業を見せろっでしたっけ? 入れ替わってる可能性もありますもんね」


 彼らがきちんと顔を覚えているとは思えない。

 衣服とか髪型とかそういう全体的なもので覚えている可能性だってあるわけで。

 わたしが目を向けると彼らは一人ずつ、同じように職業をチェックしていく。

 あ、恭介は職業を賢者に戻して貰ったのかな? 賢者となってた。

 聖騎士、戦士、治癒師と続くが、どこにも彼らが犯罪者としてダンジョンに押し込められた理由となる「盗賊」の文字はない。


「ああ、わたし達の職業もでしたっけ?」


 静さんが大地の後ろに並んだのを見て、わたしもその後ろに並ぶ。

 あ、静さん、村人じゃなくて、魔女見習いになってる。


「魔女見習い……? では、彼女が魔女様?」


 静さんの職業を見て、隊長さんがそんな事を口にした。

 なんで静さんの場合は魔女『様』なんだ? わたしの場合は魔女『殿』って、ちょっと下に見てる感じだったのに。

 いや、それよりも、静さんも魔女『見習い』なんだ。

 わたし、最初っから魔女だったのに。なんでだろ?

 内心疑問を浮かべながら、わたしも石版に手を置く。

 浮かび上がる職業は当然「魔女」である。


「……ひっ……嘘だろ……」


 短い悲鳴に、消え入りそうな程の独り言。

 わたしがその声の持ち主を見やると、彼は大げさなほど、驚いて、そして、両膝をついた。


「ま、魔女様! お許しください!」


 馬鹿にした様子から一転、祈るように手を組み、必死すぎる表情で懇願してくる隊長さんに、内心ちょっと引く。


「……謝る相手が違うのでは?」


 わたしがそう告げると隊長さんは、鏡の下に向かうと彼の足下にすがりついた。

 私が悪かった! 許してくれ! と言いつのる姿に鏡もまたドン引いてる。


「魔女って、そんなに凄い職業なの?」


 大地の質問に対し、わたしの中では明確な答えはない。

 わたしは、魔女という職業が当たり職でも外れ職でもある。ということしか初めは知らなかったのだから。

 魔女になって思ったよりも、凄い職業だったっぽいなーって知っただけで……。


「……反省してるというのなら、慰謝料を払ってくれ」


 貴史が隊長さんを鏡から引き剥がし、後ろ襟を掴んだまま要望を伝える。


「い、慰謝料?」


 困惑している隊長さんに貴史は頷いて、ダンジョン内ではどれだけ辛かったか指折り数えて告げ、それに見合うだけの金を払えと言う。


「そ、そうすれば許して貰えるのか!? それならいくらでも払う!」


 希望を見いだして意気込む隊長さんだが。


「ボクは反対かな? 金を払えば解決だなんて、思われたくない」


 恭介が反対した。

 と、なると、貴史の案は一度保留になるんだろう。

 恭介は五人のリーダーというわけではないようだけど、こだわりがない事については、『どうでも良い』という考えのメンバーが多いようで、恭介はそんな彼らの代わりに一度はきちんと色々考えているようにしているため、その分、発言権があるっぽい。


「一理ある」

「同意」


 拓、大地が同意したので、金銭以外の何かが要求されるのだろう。


「金は半分で良いと思うんだ。その代わり、隊長さんを含む五人で、ボク達と同じ条件でダンジョンに入って貰おうよ」

「な!?」


 驚きと共に、その表情が冗談ではないと変わった隊長さんだが、ほかのメンバーは恭介の案に一気に乗り気になった。そして隊長さんと一緒にダンジョンに潜ることになる四名もあっさりと決まった。

 この場に居ない者もいるようだが、五人の意見はほぼ一致してので、たぶん、何かしら嫌がらせをしていた人たちなのだろう。


 隊長さん達は青ざめ、五人は仕返しが出来そうで実に嬉しそうな顔をしている。

 だからこそ、困ったことが一つ。

 隊長さんの様子に、五人はそれを実行できるだけの権力がわたしにあると思い込んでいる。

 だけど残念ながら、そういったことが出来る権力にツテ、無いんだよねぇ。




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