第30話 新しいうちの子達



【魔女の使い魔のレベル制限解除の条件を満たしました】


 そんな文言が見えて、わたしは初めはきょとんとし、そして、意味を理解して、笑ってしまった。

 ふざけるな、と。

 うちの子が死ぬ事が、条件だとでもいうのかっ!

 全身に湧き上がるのは怒りだ。そして悔しすぎて涙が出てきた。


「……そんなに泣かなくても」


 貴史の言葉に顔を向ける。

 彼は驚いた後、頭を横に振った。


「魔女の使い魔って復活出来るんじゃないのか!?」


 慌てふためいたように口にする彼にわたしは頷く。


「……たぶん、可能だと思いますよ」


 復活というか、彼らは全てがつながっているというべきか。

 わたしがもう一度、コニーの名前を呼べばきっとどうってことない顔で現れるのかも知れない。

 でも。


「わたしを守って死んだ事は変わらないのですよ……」


 彼らには自我がある。

 きっと痛覚もある。

 守ってくれた。それは違いない。それについてはお礼をいうべきなんだろう。でも。


 レベル上限の制限。それを解除するためには必ず誰かが死ななきゃいけないっていうのは、どうなの?


 確かにレベルは上げたかった。

 あの子達はわたしのそんな気持ちをきっと知っていた。

 あの子達はいつもわたしの事を考えて動く。もし、あの子達が制限解除の方法を知っていたとしたら?

 なら、わたしのために死んだというのか?

 死ぬタイミングを計ったっていうの?

 それならレベルなんて上がらなくてもいい。


「……どうしたんだ?」


 わたしの後ろで男子メンバーが戸惑ったようにやりとりしているのが聞こえる。

 復活する相手に対して、泣くのはそんなにおかしいのか?

 心配して怒るのはそんなに間違っているのか?

 そんな気持ちになりながら、コニーと名前を呼んだ。

 影がぶるりと震えた。

 いつもならすぐに形を取るのに、どこか苦しそうに影は形を作った。

 真っ黒なつぶらな瞳がわたしを見つめる。


「…………怒ってる?」

「……うん。ちょっぴり」


 迷ったけど、嘘はつかなかった。

 それからコニーの顔に手を当てる。


「助けてくれてありがとう。でも痛かったでしょ? ごめんね」

「……大丈夫……」


 コニーはそう答えた後、頭を上下に大きく動かした。


「良かった……。ご主人が怒ってるってみんな、怖がってた…………」


 いやぁ、怒りたい気持ちはまだあるんだけどね。

 と、苦笑いをしながら、視線を下に向けると。


「……ワン」

「……ニャァ」


 真っ黒な子犬と子猫がいた。

 あ。子猫の頭、黒いリボンがしてあると思ったら、蝶だった。


「え……と?」

「今日からよろしくワン!」

「よろしくにゃー」

「…………(パタパタ)」


 いや、確かにレベル制限とれたっぽいけど、いっきに3つアップって事?


「えっと、よろしく……ね」


 突然の事に戸惑っているのはわたしだけのようで、新しくやってきた子達は思い思いに動き出した。


「ヤルゼヤルゼ! 敵はみんなぶっ飛ばすワン!」


 尻尾をぶんぶん振って気合いと共に、炎の塊を吐き出す子犬。


「歩くの面倒にゃ、あたしも乗るにゃ」


 子猫はコニーに飛び乗って早速丸くなっている。

 真っ黒な蝶は天井の方へと飛んでいき、闇に同化してみえなくなったな。って思った瞬間、突然の閃光!

 …………わたしを含む数名が目を痛めた。

 真っ黒な蝶のくせして、属性は光らしく、暗いのは許せないとばかりにすぅーっと流れるように飛んでいっては発光し、分体を残して、またすぅーっと暗闇を消し去りにいく。


「主! 主! 早くボス倒すワン! 早く早く! 倒すワン!!」


 フロアを縦横無尽に駆け回る子犬が鳴いて、時折道の向こうに行っては炎を吐いて、そして、早く行こうと戻ってくる。


 君たちちょっと自由すぎやしませんか?


 そう言いたくなるのをわたしはぐっとこらえた。

 きっと飼い主のわたしがそんな事言っちゃだめよね。

 わたしよりも他の人たちの方がそう思っているはずだし……。

 ……いや、待てよ? 飼い主だからこそ、しつける必要があるわけで。


「主主! 早く早く!」

「ちょっ! 危ないから足下のまわりをぐるぐるまわらないで!」


 本気で踏みそうだから。


「ひとまず少しは落ち着いて!」


 そう声をかけても無駄で。主主、早く早く。と、ワンワンキャンキャン鳴いている。


「……誰か、犬のしつけ方知らない?」


 思わずそんな泣き言を口にしてしまったのはご愛敬ってことで許して欲しい。




 ペットレベル4の黒犬の子には、オルフ。

 ペットレベル5の黒猫の子には、エリザ。

 ペットレベル6の黒蝶の子には、白雪。と名前をつけた。


 オルフは初めルフにしようかと思ったのだけど、頭がないのは余計お間抜けになりそうで嫌だなぁって思って、「お」をつけたんだけど……。

 オカシラ付きの「オ」って「尾」である事に後で気づいて、うわっやらかした! って、思ったんだよね。

 まぁ、そのあと、鏡が「ウルフに御が付いてる感じで偉そうだな」ってオルフをなで回してたから、わたしの間違いがばれずにすんでほっとしたんだけど……。

 その後、ちょっと自己嫌悪にも陥ったんだよね。

 ひどい名前の付け方したな、って。

 きっとどこかで、コニーの死に対する八つ当たりのような不満が残ってたのだろう。

 そして、無意識に、制限解放後にしか出てこないであろうこの子達に当たってしまったのだ。


「……ごめんね……」


 小さく謝りながらオルフの頭を撫でる。

 オルフは嬉しそうに尻尾を振るばかり。

 わたしはそんな様子にちょっと苦笑いしてしまったが、その分、今から可愛がればいいか、と気持ちを切り替える事にした。

 

 もしかしたら今後も、人の神経を逆なでするかのような条件が出てくるかもしれない。

 ちらりと恭介と鏡を見る。そして、ため息がこぼれ落ちた。


 なんせ、この世界を作った神様が神様だ……。他にも嫌がらせはいっぱいありそうだ。


「さて。気持ちを切り替えて行きますか!」


 立ち上がりのびをしながらそう口にする。

 怒りと一緒に凝り固まってた体もほぐれていく。


「よく分からないけど、機嫌が治ったら良かった良かった。ってことで作戦会議するよ~」


 恭介の言葉にみんなで円陣を組む。

 わたし達の前には、大きな扉が一つ。

 最下層の一番奥。ダンジョンボスの前である。


「えー。今までの戦いを見て、ボクが提案する作戦はただ一つ」


 恭介はピシッと、人差し指を立てた。


「拓、貴史。経験値独占していいから、必殺技、ありったけぶっ放してきて。たぶんそれで終わる」


 あまりにもあまりな作戦である。

 そして……、それが通用してしまうのである…………。


 双頭のワニ。

 ダンジョンボスを表すならそれだろう。

 でかいし、迫力有るし、で、近くで見ればそれなりの恐怖だったのだろうけど。

 わたし達、部屋の扉の前で二人が必殺技を繰り出すのをただぼぉーっと見ているだけだったので、恐怖よりもむしろボスに対して哀れみを抱いたくらいで……。

 レベルが上がった事で、必殺技がレベル3まで放てるようになった二人の敵じゃなかったよ……。


「チートだねぇ……」


 わたしがぽつりと呟けば。


「……確かにチートだよなぁ」

「チートだよなぁ」

「その分、大喜びだろうさ。自分達を連れてきた神様って存在は」


 わたしの言葉に恭介、鏡が同じように呟き、大地が肩をすくめながらそう言った。


 


 断末魔をあげながら倒れていく双頭のワニ。

 腕を上げて、勝利をこちらに知らせる二人。


「終わったな」

「本当に、オレ達に経験値分配なんて考えなきゃあっという間だな」


 恭介と鏡の言葉に、二人とは違う意味でわたしは「終わった」という事に気づいた。

 わたしと静さんが頼まれた仕事もこれで終わりなのだ、と。


「鏡君、どうする? 今だけ職業盗賊に戻して貰う?」

「え?」


 振り返った彼はきょとんとしてたけど。


「ダンジョンを攻略するための職業だって証明するために、ここに押し込められたんでしょ?」

「あ……。ああ、そっか」


 すっかり忘れてたらしい。

 鏡も恭介も静さんにお願いして、最初の職業を第一職に入れ直して貰う。

 それからダンジョンボスの部屋を物色し、そして奥にあるダンジョンコアを、破壊した。


 これでダンジョン攻略である。


 まるでリバーシーをひっくり返すように天井や床、壁が小さなかけらとなって剥がれてクルリと回り、波のように広がっていく。

 わたし達の足下でもそれは起こり、一瞬の浮遊感の後、視界が急に明るくなった。

 大勢の人の声。そして、草木の匂いを含んだ風。

 暖かな日の光を感じ、思わず閉じていた目を開ければ、そこは、ダンジョンの入り口前の広場だった。

 騒がしいのはここの監視を行っている兵士達と、冒険者……いや、狩人だっけ? あれ? こっちは冒険者であってるんだっけ? とにかく、わたし達と同じくダンジョンを攻略すると潜っていた人たちだろう。

 

 五人はあたりを見渡して、そして一人の兵士に視線を固定した。

 その表情は険しくけして、友好的では無い。

 もちろん、あちらも。


「……どうよ、隊長さん。約束通り、ダンジョン攻略してきたぜ!」


 腰に手を置き、鏡が不適な笑みを浮かべてそう男に告げた。

 隊長さんはチッと舌打ちを一つ。そして。


「盗賊がダンジョンから逃げ出した。仲間共々捕まえろ」


 彼らとの約束なんてしらないとばかりにそう一言命令した。

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