第24話 お代わりは自由です。



「いただきます!」


 その言葉の後、彼らが一口目に選んだのは、白米だったり、豚汁だったりの違いはあったけど、彼らの中で「和食」を強く連想するものを選んだのだろうという事は、なんとなく予想がついた。

 そして、彼らはその一口目を食べた後、動かなくなってしまった。

 初めはにこにこと彼らを見守っていた静さんはとたんに不安そうになり、おずおずと口に合わなかったかしら? なんて尋ねている。

 彼らは、いえ、とか、そんなことは、とかもごもごと否定しているが静さんの不安が消える事は無い。

 仕方ない、武士の情けだ。

 わたしは席を立ち、調味料だなから粉わさびを取り、皿に移す。

 水と混ぜて、練って作る粉わさび……。ん? この時点ではもう練りわさびになるのかな? まぁ、どちらでも良いか。わさび特有のツンっとする匂いがすればそれで大丈夫だろう。

 それを、テーブルの上に置く。


「ミューちゃん?」


 不思議そうにわたしを見つめてくる静さん。

 わたしは静さんに、ではなく、五人に告げる。


「わさび。味見してみてよ。絶対ツーンってくるから」


 わたしの言葉にうつむき気味だった五人はいそいそと、お箸をのばし、わさびを取ると、そのまま口に入れたり、ご飯の上にのせたりして食べた。

 そして。


「あー。本当だ、すげぇ。つーんっってくる!」

「あははは、ほんとだ。あまりの辛さに涙まで出てくる」

「すげぇすげぇ、本当に目に来るわさびだな」


 なんて良いながら、ずっとこらえていたのだろう涙をぽろぽろとこぼしながら笑い合っていた。

 そして、箸を忙しそうに動かし始めた。


「うまいっす! ほんとうまいっす!」

「あー……。味噌汁染み渡る。そしてわさびは辛い」


 静さんはそんな五人の様子を見て、少し呆れたように微笑んだ。

 その表情は「男の子ねぇ」呆れつつも納得したのだろう。

 静さんもお箸を取り、自身も食べていく。

 わたしも、大皿に乗った唐揚げやら手長エビっぽいものから優先的に食べていく。

 彼らがそちらに手を伸ばし始めたら一気に消えるだろうから。

 実際、彼らはご飯や豚汁の後はすぐに大皿に手を伸ばしてきたし。

 あ。でも。野菜も進んで食べてたよ。

 野菜不足だったから、野菜が美味しく感じるんだって。

 静さんの料理が美味しいだけでは? と言いたいけど、生野菜、サラダを食べながらそんな事言ってたからなぁ。

 本当に体が欲していたっていうのはあるのかもね。

 今ならレモン丸かじり出来そう。とか言ってたくらいだし。


「あ……。この煮付けもうまい……。大根?」

「いいえ、瓜の一種だと思うわ。詳しい名前は分からないのだけど。お口に合って良かった」

「肉団子ウマ。でもってなんか懐かしい感じ!」

「まぁそうなの? ケチャップを使って味付けしてるからかしら?」


 彼らが呟くのに対し、静さんは丁寧に答えていく。

 わたしはそれを見て、「んー……」と内心唸る。

 いや、自分の料理を喜んでくれて嬉しいっていうのは分かるんだけど、完全に静さんのお箸、止まってるんだよね。

 食べながら話すのは行儀が悪いっていうのは分かるんだけど……。


「このご飯も旨い。卵かけごはんにしたい……」

「あら。卵も醤油もあるけど持ってきましょうか?」

「あー……いえ……」

「ふふ、おかわりの時にします?」

「あ。はい」


 遠慮しているのが分かって居るのだろう。そうやって進めるのは悪くないと思う。ん、だけど。


「おかわりいれましょうか?」


 と、静さんが空となったお茶碗を見て、タイミング良く声をかけ手を伸ばしたところで、わたしはその静さんの手を押さえた。

 静さんはわたしを不思議そうに見て、お茶碗を差し出しかけた二人(いつの間にか二人になっていた)は、「おかわり無しっすか」という落胆というよりも、泣きそうな子犬みたいな表情になった。


「おかわりはセルフサービスです!」


 言ってわたしは炊飯器を示す。それから静さんに怒る。


「ほら! 静さんもきちんと食べる! 子供じゃないんだから放っておいても大丈夫だよ! だよね!?」


 そりゃ、わたしだって静さんに笑顔で手を差し出されたら、喜んでお茶碗を出すけど。

 五人だよ!? わたしも入れたら六人だ! そんな人数面倒見てたら静さんがご飯食べられなくなっちゃうでしょ!

 わたしの言葉に、「はい」という返事だけではなく、「うす!」とか「おす!」とか色々混じってたけど、五種類の同意が返ってきたのは間違いなくて、実際おかわりをお願いしようとしていた二人はすぐに動き出した。

 すぐに豚汁もいいですか? って聞いてくるので、わたしは頷き返す。

 静さんは五人の様子を見て、半分浮いていた腰を下ろし、そして、「そうね」と困った様に呟いて、また食べ始めた。

 きっと静さん家では静さんがあれこれしていたのだろう。

 前世のわたしの家では、おかわりぐらいは自分で入れろ。だった。

 供給できる量に限りがあるが故に母が管理したいというのであれば別だったが。


「たまごは冷蔵庫にあるから。生で食べても大丈夫だと思うけど、一応わたしに見せて。あと醤油はあっちね」


 指示を出せば彼らは素直に従った。

 ここは異世界で、家主はわたし。

 客と言えば客だが、彼らは今後、居候になるだろう。静さんと同じく。

 だから。静さんが彼らに尽くすことはない。

 静さんの元旦那さんが亭主関白な人間で、それを受け入れていたのかもしれないけど、それをここでも実践する必要はないのだ。


「あ、デザートというか、おやつはあっちの棚と冷蔵庫にもあるよ。隣の棚にはソフトドリンクもあるから好きに飲んで食べていいよ。無くなったら新しいのが即座に補充されるから」

「なにそれ!」

「あ、アイスクリームは冷凍庫ね。そっちも同じく無限に食べられるけど、お腹壊すからおすすめしない」


 わたしの言葉に五人はいそいそと立ち上がり、物色し始めた。


「すげぇ。へたなファミレスよりも豊富」

「うわ。冷蔵庫の中も甘いもんばっか」

「魔女の家だからね」


 その一言で済ますなって感じだけど、実際この一言が理由なのだから仕方がない。

 彼らは見るだけ見ると戻ってきて、ご飯を再開って、ちゃっかり、手元に持ってきている人間もいるが、些細な事だ。

 とりあえず、ご飯を食べ終えたら、彼らから詳しい事情を聞こう。

 そう思いながらわたしは五つ目の唐揚げをぱくっと口の中に入れた。

 でも、そうはならなかった。

 緊張が解け、お腹も満たされたからなのだろう。

 彼らは途中から、こくり、こくりと船を漕ぎ出した。

 食べながらも体を揺らしたり、まぶたを閉ざしては慌てて開けたり、自分の頬を叩いたりしている。

 中には魔法を唱えて眠気を覚まそうとした者もいたけど。

 目がぱっちりしたのはほんの一瞬で、すぐに眠そうになっていた。

 もちろんわたし達は睡眠薬なんて使ってない。だから、彼らが今、凄い眠気に襲われているのは、状態異常ではなく、正常だからこその眠気なんだろうね。

 それだけ彼らの生活がつらかったって事なんだろう。

 安心して眠れるかも知れない、ってなったらもう体が言う事を利かないのだろう。

 彼らの様子を見て、これは話を聞くどころではないと判断した。

 部屋も用意してあるけど……。


「ほらほら、一度起きて。テーブルで眠ると危ないから、ソファーがあるところで眠ったら? 雑魚寝で良ければ五人で眠れるんじゃない?」

「いや、でも、話し合いが……」

「今にも寝落ちしそうなのに、何言ってるの」

「いや、でも……」

「コーラを壁に……」

「温泉が鍵で……」


 わたしの言葉に何とか反論をしようとするのが数名居るが。


「すでに寝ぼけてるでしょうが! ほら移動移動! とりあえず一度寝て、頭をすっきりさせてから話を聞かせて」


 わたしの言葉に、自分たちが寝ぼけている事は理解したのだろう。

 唸りながらも立ち上がり、ちょっと歩くと眠気が落ち着いてきたというような顔をした者もいたが、ソファーに座ったり、床に寝転んで数秒で眠りの世界に誘われていた。

 それでも一人、最後まで眠らないようにと頑張っている者もいたけれど、五分も持たずに眠りに落ちた。


「ひとまず、30分くらい寝かせて声をかけてみますか」

「あら? そのまま寝かせてあげないの?」

「それならきちんとベッドで休ませてますよ」


 確かにそうね、と静さんも納得してくれた。

 静さんは、体に何かかけるものをと、したけど、わたしがそれを止めた。

 ここ数日の彼らの生活で、誰かが近づいたら起きてしまう可能性もあるからだ。

 それからわたし達は静かに片付けをし、食後のデザートを楽しんだ。

 彼らから話が聞けたのは三十分後、ではなく、三時間後だった。

 わたしの予想に反して、彼らは近づいても、声をかけても起きなかった。

 起きられなかった。起きなくても大丈夫と、彼らが無意識に判断していてくれたのであれば、信頼してくれたと考えてもいいのだろうか?

 ……いや、やっぱり体が限界に来てた。って言う方が正しいんだろうね。




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