第22話 初めまして



 荷台に、布団をたっぷりと敷き詰め、衝撃緩和材にした一日目。

 いっそベッド用のクッションを入れてみたらどうだろうとした二日目。

 結局布団と人を駄目にする系のクッションの山に戻った三日目。

 その翌朝、目的地についた。


「ここがダンジョン?」


 山? 丘? 呼び名に悩みそうな微妙な場所ではあるが、目的地は間違いなくここのようである。


「中腹くらいにあるって言ってましたよね? 荷馬車は邪魔になりますし、コニーで移動しましょう」


 荷台から降りて、コニーから馬車との接続器具を外そうと思ったら、コニー達はシュルンと溶けるように影に戻って、そして、また新たにコニー達が二体現れた。一瞬遅れて、ごどんやどさっと音を立てて、木や革で出来た接続器具が地面に落ちた。

 ……横着……。いや違う、大雑把? ……あ、ものぐさ!?

 そんな言葉を浮かべてしまう。というのも、前世では、わたしも大変大ざっぱと言われたからだ。

 だからわたしの使い魔故に、そうなのだろうか、と一瞬反省と共に考えたのだけど。

 クローバーやユウセンは違うよね? ってことは、この子個人の性格……よね?

 ……もしや、宿に泊まった時、お風呂の球体が、全身サイズのままだったのは、小さくするのが面倒だったからなのだろうか……。

 ほんの数週間前の事を思いだし、ちょっぴり遠い目になる。


 その後、静さんと協力し、荷馬車を片付けた後、コニーの背に乗るために馬具を取り付けて、再出発。

 鞍があるだけでも、乗りやすさが全然違う。安心感が凄い。

 そんな事を一人感動しているうちにダンジョンの入り口についた。



 ダンジョンの周りには、魔物が溢れた時のためか、関所のようになっていて、兵士達が居た。

 彼らも驚いた様にわたし達を見ている。


「馬……。嬢ちゃん、ここに馬で来てどうするんだ? 預かるような所なんて、無いぞ」


 困ったというよりも呆れたような言葉にわたしは笑顔で答える。


「大丈夫です。わたしの使い魔なので」


 使い魔と聞いた瞬間、彼や周りの同僚さん達の表情が変わる。


「使い魔? 従魔でなく?」

「使い魔ですよ。わたし魔女なので」


 ここは魔女だと言い切る! 見習いだと不都合があるかも知れないし。

 いや、でも実際、わたしの職業「魔女」だったんだよね。

 神殿で貰ったものも、スキャンで見たものも。

 だから魔女だって言っても良いとは思う。資格とか、見習い何年経験とか、その業界での常識があるのかもしれないけど。


「ま、魔女様が何故、このような場所に?」

「依頼を受けたので」


 コニーから降りつつ答える。静さんもコニーから降りて、馬具の片付けを始めてくれた。

 わたしはそれをお任せして、兵士さん達と話しを進める。


「依頼、ですか? 魔女様が?」

「ええ。五人組の少年達が入ったのでしょう? 少し前に」


 五人組の少年達と聞いて、思い当たることがあるのか、明らかに彼らの顔色が変わる。


「詳しくは、わたしから語るつもりはありません。神殿から正式に発表があるでしょうから」

「神殿ですか?」

「ええ」


 準備が整ったので静さんとダンジョンの入り口に向かおうとすると、慌てて兵士が声をかけてくる。


「お待ちください! もう少し事情を説明してください」

「……急ぎなのですが、必要ですか?」

「必要です」


 兵士の言葉にわたしは、わざとらしくため息を吐いた。


「ユウセン、先行して」


 わたしの言葉に、大量の黒ネズミ達が影から現れてダンジョンの入り口へと入っていく。

 それはまさに洪水の様に、だ。

 兵士達が悲鳴と共に、片足を上げて、その波に呑まれないようにしているのが少し面白い。

 パタパタと、わたしと静さんの肩にそれぞれの鳥の使い魔が止まる。


「それで?」

「ヒッ!」


 本気で怯えた顔を向けてくる兵士。わたしはそれに気付かないふりをした。


「わたしは何を説明すれば良いのかしら? 急ぎだと言っているにもかかわらず、余計な手間を取らせるのだから、きちんとした理由があるのよね?」


 高圧的に、高圧的に。

 きっと、あの魔女の態度が魔女として地位のある者の普通なんだ、とわたしに言い聞かせる!

 …………大人の男性相手にこんな態度とるの、すっごい心臓に悪いぃーーーー!!


「あ……、いえ。なんでもありません……」

「そう」


 冷たい態度。がどういうものか分からないけど振り返った後、肩までしかない髪に手をやって、まるでホコリを振り払うように髪の毛を払う。

 ……あれ? なんかこれはちょっと違う? むしろ嫌味な令嬢? 嫌味な令嬢なら、大丈夫??

 内心混乱しつつも表情には出さないようにしながら静さんをつれてダンジョンへと向かう。

 わたし達を止めようとする人はもう誰もいなかった。




 洞窟にも関わらず、どこか薄明るいダンジョン内をしばし歩いて足を止める。


「ミューちゃん?」

「権力最高!」


 思わず、本気でそう口にすれば、静さんが呆れたように見ていた。


「いや、実際は、事情聴取に時間取られるかもな、って思ってたので」

 

 わたしの言葉に静さんは納得したようだ。

 魔女の権力でごり押し出来るはず! と言われてやってみたけど、どうやら本当のようで。

 あ、神殿がどうの、というのも本当で、ただあちらからだと時間が掛かるだろうっていう事で、わたしにもお願いしたっぽい。


「でも、ミューちゃんは大丈夫? 源泉の影響で魔物が寄ってくるのでしょう?」

「それについては、ユウセンが五人を探しながらあちこちで敵を探してるみたいなので、たぶん、今の所は大丈夫かと……」


 なんて言ってる間にも、影からネズミ達がいーっぱい出てダンジョンのあちらこちらへと走って行く。


「でも、もしかしたら突然、どっかの壁から魔物が出てくるっていう可能性もあるので、気をつけてくださいね」

「ええ、分かったわ」


 前世の記憶を頼りに、あり得そうな事を注意喚起する。でもまぁ、わたしの心配は杞憂だった。

 ほぼ、魔物と遭うことはなく、たまたま遭った時も、うちの子達があっさりと倒してくれた。

 ……なんせ、元からの強さもあるけど、今回は「数」という強さもあるから……。

 色々あっという間でしたよ。

 ゲームのようにレベルアップしました。というお知らせが無いにもかかわらず、時折急激に体が軽くなったり力が湧いてくるような感覚があったりして、ああ、レベルアップしたんだ。って思い、それだけ見えないところでユウセンが魔物を倒しているのだと察せられた。

 そして、そして三十分もしない内にユウセンから彼らを発見したという知らせが入った。

 

 彼らは地下四階に居るらしい。

 進路方向から、彼らも上の階に向けて移動中だと思われるとの事だった。


「無事、彼らと合流出来そうです」

「ええ。良かったわ」


 わたしの言葉に静さんはホッと安心したように頷いた。

 それからユウセンの案内に従い、ダンジョンを進む。

 やはり、どこかから突然生まれてくるのか、魔物と遭わずに済むという事もなく、その上、地下に行けば行く分だけダンジョンが手強くなるのか、戦闘回数が徐々に増えていく。

 もっともわたしと静さんは見てるだけだけど。

 戦えない人間は大人しく隅っこにいる事が重要です! と、自分に言い聞かせてます。

 それにしても。


「……こんな所に、居続けなきゃいけないなんて、辛かったでしょうね……」


 静さんの独り言のような言葉にわたしは無言で同意する。わたしも丁度今、そう思ったから。

 

「……豚汁とか好きかしら?」


 静さんがまたぽつりと零す。その内容にわたしは思わず笑う。


「いいですね。ここは少し寒いですし。きっと喜んでくれますよ」

「でも、男の子は野菜はあまり食べないでしょう?」


 でも、味噌汁だともっと食べないかも知れないから、お肉が入ってる豚汁を選択したんですよね?

 ほんと、優しい人だなぁ。


「いやぁ、流石にここでの食生活を考えると、自分から食べるんじゃないですかねぇ? 栄養面的に」


 それなら偉いわねぇ。と口にする静さんは本当にこう、小さな子を褒めるおばあちゃんって感じだ。

 そんな雑談をしながらしばらく歩いていると、洞窟の先に、人影があった。

 その出で立ちはたった数日にもかかわらず、ぼろぼろとなっていたが、日本人で間違いないであろう衣服だった。


「見つけた」


 おお、良かった良かった。思ったより早めに会えた。

 わたしは、神様から聞いていて、探していたから、思わずそう口にしてしまったのだけど、相手側は、わたし達の事なんて知らない。

 だからわたしが口にした言葉に、警戒心を見せた。

 その様子に初めて、自分達が相手側に警戒される存在かも知れないという事に思いあたったのだから、わたしも静さんも能天気かもしれない。

 さて、弱ったぞ。と困っていると、わたしの少し後ろを歩いていた静さんが気負うこと無く近づいていく。


「こんにちは。わたくしは、伊集院 静子と申します」

「あ、どうも……」


 軽い会釈と共に自己紹介をする静さん。五人は面くらい、そして今までの習慣からか、すぐさま会釈を行った。

 分かる。

 すっごくよく分かる。

 しちゃうよね、会釈。こっちの習慣ではないけど、わたしもよくしちゃうもの。

 ああ、でも良かった。生まれ変わって日本人の見た目では無いわたしよりも、ガチ大和撫子な静さんが前に出た方が警戒も少ないと思う。


「神様から貴方達が窮地に陥っているため、助けて欲しいという依頼を彼女と共にやって参りました」

「神?」


 静さんの言葉にまた彼らの空気が変わる。

 それは静さんも感じたようで、慌てたのが分かる。

 神という言葉を出して、こんなに警戒すると思わなかったのだろう。わたしもだけど。

 少年神が何かしたのなら、わたし達に依頼する事ないだろうし、やっぱりもう一方の方が何かしたのかな?


「えーっと、それで、ね。わたしも貴方達と同じテンイシャというもので、……」


 ジトとみてくる五つの目に静さんは困った様にわたし達を交互に見て、ちょっと混乱しているように見える。そして手を叩いた。


「そうだわ! 豚汁はお好きかしら?」


 静さん…………。

 パニクったからっていきなりそれは……。

 は? と固まった五人を見る限り、虚を突くという意味では成功だったのかもしれないけど。


「こんなところにずっといるのは、健康的にも精神的にも良くないわ。寒いし、体も冷えたでしょう? 暖かいものを食べて、一息つきましょう?」


 暖かい、母性溢れる笑みを浮かべて静さんは伝える。


「皆さん若いし、本当はビーフシチューとかの方がいいのかもしれないけど……。ごめんなさいね、あれはルーがないと流石に作り方が分からなくて……。ああでも、クリームシチューなら出来るかしら?」


 自分達は敵ではないと、一生懸命伝えようとしている。

 彼らは戸惑いながらも静さんが自分達と同じ日本人である事を疑っては居ないはず。

 なら、彼らの最後の警戒相手は、わたし、って事だよね。

 わたしも静さんに倣い、自己紹介から始めよう。


「静さん。わたし、今日じゃなくてもいいのでクリームシチューが食べたいです!」

「あら。そう? もどき、になっちゃうかもしれないけど、良いかしら?」

「全然良いです!!」


 やった。と喜んだあと、彼らに顔を向ける。


『ども、初めまして。異世界転生組のミューです。前世は上条 美優って言います』


 異世界転生と彼らは小さく口にする。

 組、とせっかくつけたのだから、そっちまで反芻して欲しい。そして、自分達が異世界転移組と察して欲しい。

 さて、わたしは今、久しぶりに意識して、日本語を使っている。

 異世界言語スキルがマックスな彼らはこちらの世界の言葉でもなんら問題ないけど、日本語が話せるという事が、彼らの警戒を解く鍵になるかもしれないと考えました。


『日本語、使うの約十六年ぶりなので、変でも許してね』


 本当に日本人だったらそんなたどたどしく日本語使うか。って言われるのも嫌なので、先に久しぶりなんで許して、と伝えておく。

 

『わたし達は神様から、あなた達がある誤解のせいでダンジョンに押し込められて、出られない。このままだと命の危険がある。今、神殿経由で助けようとしているけど、それは時間がかかってしまうし、間に合わないかも知れない。だから、わたし達に先に行って手助けしてもらいたい。って言われました』


 彼らはお互いに顔を見合わせ、真偽を確かめようとしている。


『ちなみに、今回のことでわたし達は前払いで報酬を貰っています』


 そもそも、なんで見知らぬ人間を助けようとする? と言われる前に、こちらが引き受けた理由も話す。


『へぇ? 何を?』

『ステータスチェックの仕方を変更してもらいました』


 わたしの言葉に五人は、驚いた後、顔をしかめた。


『確かに最近変わったけど……。それがあんたらの仕業だっていうならなんでわざわざ?』


 代表してしゃべっていた男子から別の男子が問いかけてくる。


『……ふざけた呪文だったからですよ。聞けば男女で呪文が違ってたそうですけど』


 ふざけた呪文と疑問符を見せる五人にわたしは皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「お願い教えて神様っていうのをカワイイ声とカワイイ振り付きで言う事です」


 こちらの言葉でそれを口にすれば、五人が、うわっっていう顔をした。


『それを変えて貰う事を依頼料として、転生組担当の神様がそれを前払いとして叶えてくれました。あ、この神様が皆さんを助けてあげてくれっていった神様です。転移組は別の神様が担当してるっぽいのですが、あの呪文を考えた人もその神様っぽいので、人となりというか、神様っぷりが分かるような気がしませんか?』


 彼らは答えなかった。でも少しは信用する気になったのか。


『分かりました。詳しく話しを聞かせてください』


 真ん中に居た男子がそう言ってくれた。

 他の男子はそれに対して反論は見せない。

 って、ことはこの男子がリーダー格なのかな?

 ひとまず第一段階クリア、である。……たぶん。


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