第21話 閑話 あるダンジョンの中にて2
『おめでとうございます』
真っ白な空間。
一瞬前とは違う景色にあっけにとられた彼らは、どこからともなく響いた声に文字通り飛び退いた。しかし声は気にせず己の仕事を進める。
『本日、年明けと共に、皆様は異世界へと転移する事が決まりました』
姿無き声が口にした内容に彼らは驚くしかない。
そして……。
「異世界召喚キタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━!!!」
「…………」
「マジか」
「なにこれドッキリ?」
「拉致じゃねぇか」
ノリノリで喜ぶ少年がいたり、呆然としてたり、ついて行けてなかったり、怒ったりと様々な反応を見せた。
声は告げる。
彼らは神に選ばれて異世界へ行くこと。他にも何名かが同じように異世界へと飛ばされること。
神からのギフトとして、五つのスキルをレベルマックスで授かること、そのうちの一つは異世界言語となること。残り四つは職業によって変わること。
そして、職業を選べと声は言った。
彼らは選ぶ。
今から行く世界にダンジョンがあると知って、ゲームの様に魔物を倒して金を稼ぐ冒険者になるために。
姿無き声に、聞くこと無く、自分達の知識を元に。
真っ白な世界で、夢の様な展開に、現実味が無かったのだろう。
まるで旅行先の観光地を訪れるような、そんな感情。ここにいるのが友人同士だったのも、一因かもしれない。
怒っていた彼も、呆然としていた彼も、戸惑っていた彼も、今は笑顔で話し合っていた。
ゲームでの職業を参考に、戦士・盗賊・賢者・治癒師・聖騎士の五つを選んだ。
それが自分達の首を絞める事になるとは思わずに。
ダンジョン。
多くの謎に包まれたその場所に彼ら五人は居た。
最初この地に降り立った時の笑顔などはとうの昔になくなり、理不尽に晒され続け、我慢も残り三回と割り切ったうちの二回は昨日までに使い切っていた。
あと一回。
下層へと続く道ではなく、上層へと続く道を歩く事から、彼らは今日、その一回があっさりと消えると考えて居た。
もういい。どうでも良い。
五人の中にある思考はそんな言葉ばかり。
状況を変えようと思った事もあった。
だが、変えられなかった。
理不尽を訴えた。
それ以上の理不尽に晒された。
あと一回。
そう思ったら、気が楽になった。もういっそ早くその瞬間が来ればいいとすら彼らは考えた。
そんなに望むのなら、お望み通りにしてやる、と。
五人の醸し出す空気が、どこか不穏だからか、彼らを見かけたものの、声をかける者は今の所いない。
いっそ。早く。
そう思いながら彼は周辺を見渡して、足を止めた。
「拓?」
足を止めた彼に別の少年が声をかける。
「どうした?」
五人の足が完全に止まる。
「……黒い」
「ゴキか!?」
壁の端を指差して呟かれた言葉に一人が強く反応する。
「……違う。ネズミだ」
ネズミ? と四人は同時に聞き返す。それがどうした、と。
「ここ、何度か通ってるけど、あんなネズミ見た事ない。そう思っただけだ」
五人の視線が小さなネズミに集まる。
ネズミも、小さな瞳で、彼ら五人を見ているようだ。
「……小さすぎて、食いでがなさそう」
「チュゥ!?」
「ネズミって病気いっぱい持ってるから食べない方がいいんじゃなかったっけ?」
「それ都会のネズミじゃね? 野生、というか野山のやつはワンチャンあんじゃね?」
「チュッ……」
食べられると思ったのか、小さな黒いネズミは近くにあった岩陰に隠れてしまった。
無理矢理倒す必要はないだろうと、全員の視線が小さなネズミから離れ、元の場所、彼らが歩いていた洞窟の先に移ると、そこをちょろちょろとしていた小さなネズミ達が怯えるように隠れていく。
「……本当だ、随分と多いね……」
初めて見る生き物と、その数に、さらなる警戒心が生まれてくる。
「一匹倒す? 倒すの危険?」
「倒すの危険ってなんだよ」
「一匹倒すと周りの同種が一斉に襲ってくるってパターンもあるじゃん」
その言葉に全員素早く周りを見た。
そして、己の意見を口にする。
「その危険性もあり。素早く走り抜けよう」
「だな。わざわざ危ない橋を渡る必要無し!」
「賛成!」
三人目が同意を返したところで、先頭を歩いていた者が走る。
続けて他の四人も走り出す。
少し広めの一本道。
洞窟のようなその道は大小の岩があり、それらを通り過ぎる時に確認するとそこにはやはり小さな黒いネズミが影に潜むように居るのが見えた。
「マジで、ちょっとやばいかも、このネズミ」
このダンジョンに連れて来られて、数日経つがこのネズミを見たのは今日が初めてだ。話に聞いた事も無い。
せめて、この階層に来た時から何度か見ていたのなら心証は違ったかも知れないが、ここにきて突然大量に目に付くというのは、不安を煽るだけだ。
角を曲がり、走る。
一本道もあれば、分岐している所ももちろんある。
それでも地上に行く道は全員が覚えていた。
だからこそ迷う事なく走る事は出来たが。
「やばい。やばい。なんだこれ!」
走っている内にもう一つの違和感に彼らは気付いた。
魔物がいないのである。
本来魔物と出会いやすい場所でも、その姿を見ていない。
なるべく遭いたくないと思っていたが、実際に遭わないというのも不安だ。
その代わりとばかりに、小さなネズミ達がいるのだから。
「ストップ! 遠くで戦闘音!」
全員、その言葉に足を止める。そして、耳を澄ます。
だが音が反響していてどこからか分かりにくい。
四人の視線が一人に集まる。
この中で一番『耳』が良い人物に。
「……たぶん、だけど。向かう先、かな」
彼の言葉に顔を見合わせ、今のうちに意見を統一する。
「……状況が分かる奴だといいな」
話を聞きたいという少年。その視線は黒いネズミをじっと見ている。
「手助けするかどうかは相手を見て判断しようぜ」
話を聞くという事は、それは状況によっては手助けするという事になると気付いたので、もう一人はそう答えた。
先に考えを口にした彼も、散々自分達をバカにし、搾取していた者達が頭に浮かぶ。
そしてすぐに、五人の意見は、「相手を見てから、判断する」というものに決まった。
それから急ぎながらも慎重に近づいていき、そして、魔物達の「声」が聞こえ始める。
しかし人間の声は聞こえない。
仲間と戦っていると、指示出しや、連携のために声を出す事が多いが、そう言ったものが一切聞こえない。
魔物同士で戦っているのだろうか。
そんな考えが過った頃、魔物の断末魔とおぼしきものが聞こえた。
彼らは走るのを止めて、先にいるモノの出方を待つ。
緊張の糸が張り詰める。
先で戦っていた何かが、こちらへと来るのが分かったのか、一人がボロボロになった武器を構え、もう一人が歪となった盾を先頭で構える。
人ではない何かが居るはず、と身構えたところで、三人がスキルで向上させた聴力が、声を拾った。
意味は聞き取り辛かったが、会話をしながら歩いているようだ。
どちらも女性の声だ。
少しだけ緊張を緩めた。
魔物かも知れないという緊張は。
しかし、『三回目』になるかも知れないという人に対する警戒は強まる。
通りの先に現れた二人の女性。
彼女達は五人を見て、こう口にした。
「見つけた」
と。
全員の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
探していた彼女達だけではなく、五人の口元にも笑みが浮かんでいた。歪な、笑みが。
「……人殺しになる覚悟は出来た?」
静かで、小さな問いかけを盾を構えた少年がする。
そこに四つの答えが同じように静かに返ってくる。
「とっくに」
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