第20話 怪鳥とのバトル


 外に出る。

 今も低い鐘の音は鳴り続けている。

 人々が不安そうな顔で通りを走り、それぞれの家や受け入れてくれる公共施設へと駆け込んでくる。

 つまり、ここ商業ギルドの建物も駆け込んでくる人がたくさんで、出入り口から出るのは難しいと判断。


「すみません! 窓から失礼しまーす!」

「おい!? 嬢ちゃん!? 外は危ないぞ!!」


 わたしを心配してくれる声が背中にかかったが、わたしがここに居ると他の人を危険にさらす。

 窓から外に出て、人の流れに逆らいながら外壁の方へと向かう。


 ゴガァァァッァ!


 野太い咆哮が遠くから聞こえてくる。振り返り空を見あげると大きな鳥の影が見えた。

 逆光のせいか、色はよく分からない。

 

「クローバー。ユウセン。コニー。貴方達の判断に任せる。わたしと、この街と人々を守って」


 わたしの言葉に影が膨れて弾ける。

 そう錯覚してしまうほど、一気にクローバー達が飛び立った。その足にはユウセンが握られているのも見えた。

 何故? と思って思わず見守っていると、ユウセン達が遙か上空で怪鳥に向かって魔法を放っているようだ。

 ユウセン達を連れていったのは、地上からではユウセンの魔法が届かないという判断だったのだろう。

 怪鳥が避けた杭の様な岩は、下に落ちて町や人に被害を与えないようにもクローバーが対策しているっぽい。

 クローバーの動きがいつもと違う気がする。補助に回ってる?

 首を傾げて、気付く。


 もしかして、あの鳥には風魔法が効かない?


 そんな事を立ち止まって考えて居ると、急に後ろから引っ張られて、足が浮いた。


「え!? ひゃ!?」


 その上、投げられた!

 短い悲鳴と共に来るであろう痛みに思わず目を閉じると、思った程の硬さはなかった。

 柔らかくも無かったけれど……。


「コニー……」


 わたしを投げたのはコニーだったらしい。そしてコニーの背に着地したらしい。

 

「……ご主人……掴まる」

「は、はい!」


 返事と同時にしっかり掴まる。

 せめて、慣れるまでは早歩きで、って思うけれど、状況的に言えば、そんな悠長な事をしていられないのだろう。コニーは言うと同時に疾走し始める。

 コニーは足場にと、氷を宙に出して、それを駆け上がり、建物の屋根を越え、さらには外壁も越えて、街の外へと出る。

 地面に降り立ったコニー。その背の上から周りを見る。

 門がある場所でもないので、人通りは少ない。


「あ、イチカちゃんは!?」

「……上……」


 コニーの言葉にクローバーたちに交じってイチカちゃんも戦っているようである。

 怪鳥はうっとうしそうに翼を羽ばたかせて、クローバー達を威嚇したり、ユウセンが飛ばした石を落としている。

 苦戦しているのだろうか。

 いや、それはそうだろう。そもそも体の大きさが、大人と赤子ぐらいに違い過ぎる。


「……大丈夫……よね?」

「……負ける、無い」


 思わず不安で出た言葉をコニーが否定する。

 外に出たからか、コニーは今度はのんびりと歩き出す。

 うちの子、揃いも揃ってマイペースだなっ! って、思ったのだけれど。

 どうやら、囮だったらしい。

 怪鳥の頭がこちらを向いたと思ったら、目が合ったのか、周りに飛んでいるのを煩わしいとばかりに翼を羽ばたかせ、吹き飛ばすと、一直線にこちらへと急降下してくる。


「っひっ!」


 体が恐怖で硬直する。

 建物ほどの大きさの、大きな大きな鳥が、くちばしを開き、わたしに向かって一直線にやってくる。

 食べられる。

 捕食される者の恐怖。殺意。

 真っ赤な舌。その奥にある喉。

 逃げなくてはいけないのに、頭が真っ白になっていて、体は固まって動かない。

 釣り針のようなくちばしが、振り下ろされる。


「っ!」


 体は動かないのに、目は、閉ざしていたようで。

 何かがぶつかるような音と、悲鳴の様にも雄叫びの様にも聞こえる鳴き声が耳に入ってきた。

 痛みはない。

 恐る恐る目を開けると、目の前には氷の壁があった。

 白く濁った氷の奥には、地中から突きだした岩山にはりつけになった怪鳥がいた。


「……」


 まだ生きているのだろう。微かに動いて、そして、わたしを見た。


【状態:とても悪い】

【魔力:有 】


 常時発動させるのがクセになっているからか、そんな結果が今まさに死にそうな怪鳥に出た。

 怪鳥は己を貫く岩山から抜け出そうともがいている。

 もう助からないのに、生にしがみついている気がした。


「……ごめんね」


 謝る。相手からしたら謝られたって嬉しくないだろうけど。

 わたしの意志を感じ取ったのか、それからすぐに止めが刺された。


【鮮度:とても良い】

【魔力:有 】


「……」


 ちょっとしんみりしかけたところで、まったくもって空気を読まないスキルがそんな情報を出して来た。

 自分自身のスキルではあるが、他人事の様に魔女の瞳に呆れ、気付く。


「……待って、これ、食べられるの?」


 鮮度って文字が出てくるって事はそういう事よね?

 そして、わたしの目は一体何を優先しているのか、という気持ちになった。

 確かに村では散々、食べられる物を探してはいたけれど。


「……まぁ、無事に終わって良かったかな……」


 ため息を一つ吐き、空を見あげる。

 第二、第三の影は見当たらない。

 一先ず安心して大丈夫だろう。


 でも。


 手を何度も握っては開き、握っては開くを繰り返す。

 あの空気に、殺意に、慣れないと駄目なんだろうな。

 今更血の気が引くような感覚と、震えに、自分自身に嗤った。

 

「みんな、ありがとう」


 わたしの言葉に大勢の使い魔達が光に溶けるように消えていく。

 コニーと一体ずつに戻ったクローバーとユウセンがわたしの両肩に乗る。

 イチカちゃんだろう。空に一羽だけ残っていた影は街の方へ、静さんのところへと戻っていく。それを目で追っていたため、門からこちらへと走ってくる大勢の兵士や騎士達が目に入った。

 あとは彼らに任せよう。


「静さんのところに戻ろう」


 そう声をかければコニーはポクポクと牧歌的な空気を醸し出しながら歩き出した。

 こちらへとやってくる大勢の騎士達の所へ。


「……コニー。できればさっきみたいに門を通らない方法で、戻りたいなぁーなんて思うんだけど……」


 今、彼らの前に出ると、質問攻めされそうで、門へと向かって歩くコニーに声をかける。

 コニーは顔をこちらへ向けて、そう? と、頭を傾げたように見えた。

 そして、お願いした通り、魔法で足場を作って、壁を越える形で街へと戻ったのだった。





 

 

「ミューちゃん! 大丈夫!?」

「はい、大丈夫です」


 わたしの顔を見るなり、駆け寄ってくる静さんにわたしは笑顔で答えた。

 わたしの無事を確認すると静さんはうっすらと涙を浮かべて、良かった。とわたしの手を取って、祈るように口にした。


 女子力!!


 そうか! こういう可愛さが、今世でも前世でもわたしに足りないと言われた女子力か!

 実感した。しみじみした。そして、わたしが静さんを守る! っていう男性側の気持ちも理解した。

 静さんの元夫が現れたら問答無用で殴るような気がしてならない。


 突然大型の魔物が現れるという滅多にない緊急事態があったものの、それ以外に関しては、商業ギルドも薬師ギルドも慣れた作業なのだろう。

 ……お肉や加工肉を頼んだけれど、それ以外の食料も詰め込んでいるようだった。

 そして三つ頼んだ荷馬車全部に詰んでいた。

 何故? とギルドの人に聞く前に静さんが教えてくれた。金貨対策というか、買い取りと支払いの差額を少しでも小さくしたいために現物払いさせて貰えないかと交渉されたらしく、静さんは旅に必要なものなら、と許可を出したっぽい。

 まぁ、無駄にはならないか。とわたしも頷く。

 そういったわけで、全ての準備には少し時間がかかったけど、それでも正午頃には準備が終わった。

 その間に事情聴取も終わった。

 と、言ってもアンさんがやってきて、わたしに何をしたか聞いたくらいだ。

 そしてわたしも使い魔が戦いました。としか言いようがない。

 アンさんはわたしが『魔女の使い魔』を持っている事を知っているので、きっとすぐに理解してくれるだろう。と、思ったのだけど。

 

「使い魔……。あの数全て、ですか?」

「はい。そうです」


 ちょっと呆然としてる? まぁ、アンさんと一緒に旅していた頃、一匹しか出してなかったものね。そりゃ、びっくりするよね。わたしも二匹目を出せるとは思ってなかったし。


「……ありがとうございました」


 そう言ってアンさんが頭を下げて、驚く。


「へ!? アンさん!?」

「街になんの被害もなくビコダケイタラの討伐が出来たのはミュー様のおかげです」


 ビコ? あの怪鳥そんな名前なんだ……。

 キノコのようなタラのような名前ね……。


「お礼は不要です。あの鳥、わたしを狙ってきた可能性の方が高いですし」


 事実なのだが、アンさんは本気にしていないのか、なんだかうっすらと笑みすら浮かべて頷いている。

 なんだろう。すぐバレる子供の言い訳を聞いているような顔してない?


「あれだけの戦力があるのであれば、確かにわたしなどは不要でしょう。どうか、お気を付けて」

「……はい。アンさんもお元気で」


 握手を交わす。

 アンさんは立ち去って行き、わたしはその後ろ姿を少しだけ眺めたけど、すぐに気持ちを切り替えた。

 後はきっとアンさんが上手く説明してくれるだろう。


「コニー」


 名前を呼ぶ。

 荷馬車の数に合わせてコニーを六体出すと、いつもより大きいコニーが出た。

 コニー達と荷馬車の接続をギルドの人達に静さんと一緒に教わりながら行う。

 馭者の数は足りないが、使い魔の馬であるコニーには、そもそも不要なので、馬具が装着出来ればそれだけで十分だ。


「じゃあ、行きましょうか、静さん」

「ええ。行きましょう」


 それでも最初だけは、と馭者の位置にわたし達は座って、街の外へと出るのだった。




 その馬車は走る。

 夜の闇の中、まるで昼間と変わらぬように大地を駆け抜ける。

 揺れるはずの荷馬車は氷の上を滑るかのように滑らかに動く。

 闇夜に蠢く人ならざる者達は、息を潜めて、ソレが通り過ぎるのを待つ。

 アレは関わってはならないものだ、と。


 その後、とある少女達が向かった先では、『馭者の居ない荷馬車』のアンデッドが現れたと噂がたった。

 それを本人達が知る事になるかどうかは、この世界を作った神ですら分からないだろう。


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