第19話 テンプレという名の心構え


 

「こちらで少々お待ちください」


 案内された個室へ入る。

 担当さんがくる前に、売る物を出しておこうと、テーブルの上に置いたり、横に置いたりする。


「お待たせ致しまし……た?」


 担当さんは思ったよりも早く、本当にすぐに来てくれた。

 そしてテーブルの上やら横にある荷物を見て、一瞬硬直したように見える。

 まだ全部は出してないけど、いったん終了し、お互いに挨拶を交わす。


「えっと、魔女のスキルを使って生み出した物を売りたいとの事でしたが」

「はい。調味料や布、薬草やパワーストーンとか、色々持ってきました」

「調味料は昨日、持ち込まれた物を確認しましたが……」


 担当の人はそう口にしながら、どうぞ、座ってくださいと言うので座る。

 塩や砂糖、コショウはテンプレかなと思って手紙と一緒に送ったからそれの事だろう。

 調味料だけでがっぽり稼げる。というのは、テンプレだけど、儲からない可能性もある。

 なので、他にも色々持ってきたのだ。

 特にパワーストーンの扱いが高いのか安いのか分からない。

 ただの石なのか、宝石なのか、ただ、ちょっと珍しい石というパターンもありえる。

 ただの石という扱いで無ければ、売れるかもしれない、と、レベル3の魔女の家で調度品としておかれていたパワーストーンの中で持ち運びしやすい物は持ってきた。

 流石に、占い用の丸い水晶は止めたけど。

 大小のそれらが入った巾着袋をカバンから出せば、彼は戸惑いを見せた。

 静さんが、その横に薬草が入った箱を置いて、蓋を外す。その中にあった薬草を見て、担当の人は目を大きく開いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。これ、手に取っても!?」

「はい、どうぞ」


 なんでそんなに慌ててるのか分からない。

 でも頷くと彼はすぐに手袋を出して身につけると、薬草が入っている箱から、いくつか取り出して、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「……凄い、本物だ……」


 ぽつりと呟く彼に、静さんがわたしを見る。あれって凄い物なの!? と、言いたげな視線に、わたしは肩を竦めて応える。

 わたしの魔眼はそれが何かは教えてくれるけど、価値については分からない。

 あ、これも。これも……。と、彼は驚いた様に小さく声に出した後、丁寧に箱に戻す。


「少し失礼します」


 わたし達に声をかけて、席を立つと、扉を開け、そこに控えていた誰かに、誰かを急ぎ呼んでくるよう声をかけて、また戻ってきた。


「こちらも確認させていただきます」

「はい」


 巾着袋を手で示すので、頷く。

 彼は袋を開けて、完全に硬直した。


「……あの、これも、売って頂けるのですか?」


 気のせいか、声が震えているように感じる。


「ええ」

「……私めの見間違いでなければ、これは、パワーストーンですよね?」

「はい。そうです」


 わたしの瞳にもそうしっかりと書いてある。


【パワーストーン:紫水晶】

【 状   態 :良し 】

【 魔   力 :有  】


 と。

 最初見た時、魔力があるんだ、へぇー。と思ったけど、魔女の家の調度品としておかれていた石には全部魔力が含まれていたから、そういう物なのだろう。

 その中で持ち運びしやすい物を持ってきたのだ。原石っぽいものから綺麗に球体の形をしているものから色々とあった。

 彼は、小袋をそっと机の上に置き、それから、机の下に置かれていたらしい、指輪とか貴重品を置くような、クッションが敷き詰められているトレイを取り出し、小袋から一つ、また一つと丁寧に石を取り出していく。

 それらを全部出した後、詰めていた息をそっと零した。

 そして、先程見ていた薬草が入った箱と、そして、机の横に置いてある物を見る。


「確か、荷馬車か数人乗れる馬車を一台、出来れば三台欲しい、というお話だったと思いますが」

「はい。足りませんか?」


 まさか、全部見る事無く、その話題が出てくるとは思わなかった。

 大丈夫だろうと思ってたけど、不安になる。


「いえ、多すぎます」

「……え?」


 不安で問いかけた言葉に、予想外すぎる言葉が返ってきた。

 多すぎる? 馬車三台分と比べて?


「こちらには、見本として昨日頂いた、塩や砂糖などがあるのですよね?」

「はいそうです」


 担当の人の視線が机の横に置かれた荷物に向けられたので頷く。

 彼は頭を横に振った。


「魔女様。これら全てを当ギルドで買い取りする事は誠に申し訳ございませんが無理です。資金が足りません」

「え?」

「下の者に薬師ギルドのギルド長を呼び出すように伝えましたが、彼らにこの薬草を全て買ってもらえたとしても、です」


 え? と、思わず首を傾げた。

 担当の者の彼は、トレイに綺麗に並べた石の内、半分を示したところでこういった。「ここからここまでがせいいっぱいです」と。


「「…………」」


 わたしとそして静さんも無言になってしまった。

 だって、これらは魔女の家レベル3を出現させると同時に出てくる物だ。魔力さえあれば無限に出せるものなのだ。


「こちらのアメシストには、酔い防止の魔法が、こちらの瑪瑙には安産の魔法が」


 彼は一つ一つ、説明していく。直感を強める魔法が掛かっている石、妊娠しやすくなる魔法がかかっている石。魔を払う魔法がかかっている石。と。

 

「私めでは、それが一度限りなのか、そうではないのか分かりませんが、それらの魔法がかかっていることは分かります」


 その中で、彼は二つの石を手でしめす。


「例えば、この解毒魔法が掛かっている石と妊娠しやすくなる石ですが、解毒魔法は貴族であれば誰もが欲しがります。妊娠しやすくなる石は、王族に献上する事を視野に入れる者もいるでしょう」

「……王族に献上?」


 妊活の石が?

 きょとーんとするわたしに、静さんが気付いたように尋ね返す。


「後継者問題ですね?」

「そうです。これは、魔女様のスキルで生まれたパワーストーンなのですよね?」

「はい」

「で、あれば、この石に込められているのは、魔女様の魔法と考えて間違いないのでしょう。で、あれば、本当に国宝級です」

「これらが、ですか?」


 ただのパワーストーンなのに?

 首を傾げるわたしに彼は困った様な顔をした。


「魔女様の魔法が込められた石です。本来なら、病気などによって子が望めない者達にも子が出来る。そういう奇跡の様な石ではありませんか?」

「え!? いくらなんでもそれは!?」


 慌ててわたしは首を横に振り否定した。

 いくらなんでもそれはない! 無いはずだ!

 …………無いよね!?

 わたし自身は詳しい鑑定が出来るわけではない。そのため、鑑定である程度分かって居るのだろう彼の言葉を否定は出来ない。


「せ、せいぜい、確率が上がる程度ではないでしょうか……」


 妊娠なるというのなら。

 わたしは言いつつ、彼から視線を逸らし、そして困り果てた。


「わたしの目のスキルはそこまで高くないので、そこまで詳しく分かりません。確かにその石には魔力がある事は分かります。ですが、どのような魔法が込められているか、までは分からないのです。その石を選んだのは見た目が綺麗で持ち運びがしやすかったから、です」


 魔女の大釜で作ったものなら、出来上がりの結果がある程度表示されるから、どんな効果があるか分かる。

 でもこれは、ただ家に置いてあったものだ。わたしに分かる事は少ない。


「……そうですか、分かりました。では、妊娠しやすくなる程度の魔法が掛かっているとして査定しましょう。他もある程度の魔法が掛かっている、と判断し直した方が良いですか?」

「はい。ぜひそれでお願いします」


 こくこくと頷く。査定額はかなり下がりますよ? と言われても、誇大評価は避けたい。

 その後、塩と砂糖などの査定を行っている内に、新しい人達が来た。

 薬師ギルドのギルド長とその補佐の人らしい。

 補佐の人の紹介が「財布係」だったけど。


「で、珍しい薬草があるって聞いたが?」


 薬師ギルド長は担当の人の隣に座る。

 担当の人が、薬草が入った箱を薬師ギルドの人の前に置いた。

 

「これか。っっって!! こんな貴重な薬草を雑に扱うな!」


 箱を開けて中を見た瞬間、怒られた。

 それから薬師ギルド長は箱に入っていた薬草を、慌てて何かの魔法がかかっていると思われる布の上に選別しながら置いていく。

 薬師ギルド長が選別している間に、担当の人は退出してしまった。

 でもまぁ、馬車は問題無く買えるらしい。あと馬具も。

 他に必要な物はあるか、というのでお肉をお願いした。

 ソーセージとかベーコンとか。精肉も欲しいけど加工肉も欲しいです。

 手数料は発生するけど、この街の事は詳しくないのでお任せで。

 見習いとはいえ、魔女に対して、詐欺行為は行わないだろうし。

 行われたら行われたで、その時だ。


「すげぇ。白夜花と極夜草だ……。どこで見つけたんだ、コレ」


 薬師ギルド長が二つの植物をさらに丁寧に並べていく。

 一つは花自体がうっすらと光っている花。もう一つは、漆塗りでもしてるのかってくらい真っ黒な草。

 ああ。その二つは庭にはなかったんだよね。レベル2の魔女の家の薬品棚と思われる場所に保管されてた物なんだよね。お高そうと思ったけどやっぱり高かったんだ?


「見つけたというよりもスキルで出現させたものです」

「スキル? これを? そんな事出来るのか?!」


 反射的にわたしに食いかかるように問いかけて、そして、はたっと気付いた様に乗り出していた身を引き戻す。


「……もしかして、魔女……?」

「はい。見習いですけど」

「いやいや。こんなレアな物が出せる能力があれば十分だ。見習いって言葉を取っても何の問題もないと思うが……。魔女の世界はいまいちわからんからなぁ……」


 薬師ギルド長は首筋をかきつつ、困った様に口にした。


「少なくとも、神殿から貰う神職が載っているプレートから見習いが取れなきゃ、ずっと見習いだとは聞いている。何年経とうが……、な。そういう意味では魔女って職業はとても過酷なんだろうな」


 薬師ギルド長が同情を交えて口にするが、わたしは内心疑問符だらけだ。


「神殿から貰うというのは、神職を選んだ時に貰うアレですか? 二回目からは有料の」

「そう、それだ」


 ……あれ? わたし見習いってついてたっけ?

 疑問に思っても、今見るのはおかしいだろうか、と我慢する。


「しかし、珍しい薬草が持ち込まれたと聞いてきたが、こんなにレアなものばかりとは思わなかった。金足りるか?」


 最後の一言は、お財布係の補佐の人への言葉だろう。二人で色々と相談し始めた。

 ひとまず、こちらとしては、担当の人の様子からして商人ギルド側だけでお金はたりそうだし、薬草の売り上げは、予備としよう。

 静さんと半々に分けておけば、何らかの事故で別行動取る事になったとしても、安心だろうし。


「なんとかなりそうで良かったです」


 ほっと安心したわたしと違い、静さんは表情が優れない。


「……そうですね。トントン拍子どころか、思った以上の高額さで、動揺が凄いですが……」


 静さんの言葉に苦笑する。コショウや砂糖が高値で売れるというのはラノベのテンプレで良くあるので、きっと行けるだろうと思ってたわたしと違い、そういうのを全然読んでいなくて免疫がない静さんからすれば、興奮を通り越して恐怖だったのかもしれない。

 こちらにも雑談が出来る余裕が出来た頃、扉がノックされた。


「失礼します」


 担当の人だろうか、と思ったら入って来たのは、知らないお姉さんだ。

 何か用だろうか? と思ったのだけど、手に持っているもので、その用も知れた。

 お茶である。

 いや、しかし、今? って思わなくも無い。

 ああでも一から、それこそ水くみからだったらあり得るのだろうか。……あり得るかな?

 ……アンさん来てたし、そのまま弟子入りルートだろうと思われてて、その手の準備はしてなかったのかな?


「今頃かよ。おっせぇなぁ」


 わたしの内心の疑問を、薬師ギルド長が呆れたようにお茶を持ってきたお姉さんに告げる。お姉さんは苦笑い? いや、愛想笑いを浮かべて、お茶を置いてそそくさと出て行った。パタンと慌てつつも、静かに扉を閉めて。

 ありがたくお茶で喉を潤していると、どさっと袋が三つ置かれた。

 薬師ギルド長がニヤリと笑う。


「全部買い取る------」


 ガァンガァァンガァァン


 薬師ギルド長の言葉を遮る様に鐘の音が鳴った。

 時刻を知らせる鐘かと思ったけど、ちょっと違うように感じる。

 

「これは……?」

「警報です!」

「警報だ!」

 

 疑問を浮かべたわたしに二人が即座に答えてくれた。


「警報? もしかして魔物ですか?」

「ああ、たぶん、空を飛ぶタイプが近づいて来てるのだろう」


 焦ったように薬師ギルド長の言葉に理解した。

 ああ、これはわたしのせいだ。と。 


「静さん、イチカちゃんを!! わたし、出ますので、後はよろしくお願いします。クローバー! 静さんに護衛!」

「ピッ」

「チュッ」


 静さんの影から、クローバーとはちょっと違う感じの黒い鳥が現れる。

 クローバーがかわいい系の小鳥だとしたら、イチカちゃんは綺麗系の小鳥である。

 そう。静さんは今、魔女でもあるのだ。

 静さんの職業は村人。

 村人のスキルには、「副業」というのがあって、静さんは持っている職、いや、持っているというのはおかしいか。

 神殿で選択出来る事が出来た職業と、言った方がいいのかもしれない。

 それらの中から、5つ、副業にセット出来る。

 なので村人としての職業を高めながら他の職業を高める事が出来るのだ。

 流石、転移者チート! って思ったよ。

 なので、副業の一つめに魔女を選んで貰い、スキルはレベル上げのために使い魔を選んで貰ったのだ。

 ちなみに、静さんが選んでくれたおかげで、盗賊以外のハズレ職がもう一つ分かった。

 これ、絶対日本人に罠をかけてるな!? って思ったんだよね。

 それはずばり、賢者である。賢者のクセして魔法スキルが一個も無かった!

 静さんは、「歳を取ると記憶力がねぇ……」と言って、結局職業を変えることなく、スキルは「記憶」を取っていたけど。


「ミューちゃん! 大丈夫!?」


 部屋から出ようとするわたしに静さんが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫! うちの子達は負けませんよ!」


 実際のところ、分からないけど。

 でも、きっと今からくる魔物はわたしが引き寄せたのだ。

 なら、わたし達が倒すべきだろう。


 みんな、任せたよ。囮にはなるから!


 そんな決意を胸に部屋から飛び出した。



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