第17話 占いの家
「……おはようございます……」
眠い目を擦り、キッチンに立つ静さんに挨拶を返すと、彼女は振り返って同じように応えてくれた。
「おはようございます。ミューちゃん、朝ご飯出来てますよ」
「うわっ! すみません」
どおりで良い匂いがっ!
静さん越しに料理が乗ったお皿が見える。
わたしがもう少し寝てたら起こしにきてくれたのかもしれない。それぐらいもう準備は万端だった。
「ふふ、良いのよ。ミューちゃんにはお世話になっているもの。これぐらいしなきゃバチが当たっちゃうわ」
そう言って静さんは朝食をテーブルに並べていく。
ごはんに味噌汁に、魚とだし巻き卵。といういかにも朝食らしいメニューが並ぶ。
静さんとの共同生活も今日で五日目。
わたしは今、幸せに浸っております。
ほんと、魔女の家を取って良かった!
そして、お味噌やら醤油やらの「お菓子」があって本当に良かった!!
いそいそと席につき、両手を合わせる。
「「頂きます」」
感謝感謝です。と心を込めて口にして、お箸を取る。
まずはとっても良い匂いのお味噌汁を一口。
「美味しい……」
味噌汁がすごくホッとする。
ほわぁんとした空気がたぶんわたしから発せられていると思う。
いやぁ、もう、味噌汁ってこんなに美味しかったんだってびっくりですよ。
お店の味って感じ!
「ふふ。良かったわ」
静さんも嬉しそうに笑う。
静さんのダンナさんはそんな事言ってくれないタイプらしいし、子供達にとっては当たり前過ぎて、やっぱり美味しいの一言も言ってくれないと、ちょっと前に少し寂しそうに静さんは言っていた。
その話しを聞いた時、いやいや、まさか。って思ったよ?
流石に静さんが? 「どう、美味しい?」って聞けば、「美味しい」と返してくれたのだろうと。ただ、聞く前にそう言う事がなかったんじゃないかなって、最初は思ったの。でもね、あまりにも静さんが喜んでくれるから、あれー? ってなったの。
……まさか、「どう?」って問われたら「普通」とか「いつも通り」とか返してたのだろうか……。と。それはご飯を作る人に対して、あまりにも失礼じゃない?
本当に普通だったらともかく、静さんの料理、いつもわりと手間暇かかってて、美味しいんだよ!?
お魚だって海魚じゃなくて川魚だから泥抜きとかからしっかりやってるんだよ!?
凄すぎじゃない!?
なので、わたしは「美味しいっす!」って、媚びを売る気かってくらいに褒めていこうかと。
本当に美味しいし。
「ミューちゃん。今日の予定はどうするの?」
テレビが無いので食事時間は、会話が弾むか静かになるかのどちらか。
もちろん食べながら話すという行儀の悪い感じのものではなく、箸休めとでもいうか、合間合間で話しをする感じだ。
「今日も家の中で出来る事をする感じですかね」
新しく取得したスキル「源泉」のおかげで、わたしは今、ほぼ敷地内から出る事は出来ない。
この源泉。ぱっと見、温泉か何かと思うけど、とんでもないスキルで、わたし自身が涸れることのない魔力の発生源となる。
ステータス画面を見たら魔力画面はきっと「∞」となっているだろう。
使い魔だって、魔女の家だって、出し放題である。
ただし、この源泉。どうやらレベルが低い内はデメリットがあった。
魔物が引き寄せられるのだ。
おいしそうな魔力の匂いがするぞ~。
と、いう感じで。
レベルが上がればそれもなくなるそうなのだけど。
なので、うちの子達が敷地外で魔物を倒しまくっているのだ。
魔女の家が、魔物寄せだったり魔物よけの結界があった理由がちょっと分かったような気がした。
魔女の家とセットで取らないと、色々大変なんじゃないかなぁって思ったよ。
腹を満たせば帰ってくだろうし。魔女の家を食べている時はかなり無防備になるし。
魔女の家を食べるって、魔物同士が戦ったりするし。
そして、それはおびき寄せの罠を張ったという事で経験値が入って来たりするしね。
こういうレベル上げの方法もあるんだってちょっと感心した。
そんなわけでわたしは絶賛引きこもり中である。
「そう。わたしはどうしたらいいかしら?」
「んー……。特には……」
静さんは初め、何も分からないと言っていたが、それは、現状を認めたくない一種の現実逃避だったようだ。
わたしの説明を受けて、諦めと納得が出来たら、少しずつ、この世界の事が分かってきたらしい。
なので、お金の種類使い方などは特に問題もないし、文字も読めるし書ける。
むしろ、異世界言語というスキルをレベルマックスで持っているため、この国じゃ無くても問題無く生活出来るだろう。
むしろ他国だとわたしが足手まといになるレベルだ。
「わたしと同じくレベル上げは必須ですが、イチカちゃんは出しっぱなしにしてるんですよね?」
「ええ、ミューちゃんに言われた通り、一花は、ずっと召喚し続けているわ」
「じゃあ、街に行ってみます?」
「え?」
「ずっとお家に居るのも暇ですよね。護衛にうちの子も付けますし……」
おかずから静さんへと目線を移すと、自然と言葉が止まった。
静さんの表情が強ばり、青ざめているように見えた。
「あの……?」
「……あっ。ああ。ごめんなさい。なんでもないの」
「……」
明らかになんでもなくはないのだろうが、それを問いかける事がわたしに許されているかは分からない。
そして、静さんは街に行くよりもお家に居る方がいいという判断をした。
それに対し、わたしが反対するつもりはないのだけど。
明らかに街を敬遠しているのが分かる。
普通、こういう場合は観光気分で、街には行きたいものではないのだろうか?
うーん。……どうにも訳ありっぽいんだよね。異世界に来て、たった一日でどんな訳ありなんだか、って思ったりするけど。
「……あの街には夫がいるかもしれないから」
わたしが沈黙していたからか、静さんは消え入りそうな声でそう理由を口にした。
「ダンナさんですか?」
「ええ」
静さんの表情が曇る。
「今は会いたくないの。駄目かしら?」
「いえいえ。問題ないですよ」
余所様の夫婦喧嘩には関わりたくないです。
ありがとう。と仄かな笑みを向ける静さんに、頭を振る。
「特にする事がないのなら、お庭の手入れでもしようかしら」
頬に手を当てて物思いにふける静さんに、それもいいですねぇ。と返したところで、ソレが目に入った。
今までの魔女の家で、ドデーンと幅を取っていた大釜。
今、それは奥まった場所にひっそりとある。
そのかわりにあるのは、いかにもっぽい丸い水晶だ。
それが光を帯びていた。
「……」
「ミューちゃん? どうかしたの?」
あらぬ方向を見て、顔をしかめたからだろうか。静さんが問いかけながら顔をわたしの視線の先に向ける。
「占い用の水晶が光っている……?」
「やっぱり光ってますよね、あれ……」
レベル1の魔女の家が童話のお菓子の家で、レベル2は、薬を扱う魔女の家だった。
そして今わたし達が居るレベル3の魔女の家は、石作りの占いのための家っぽい。
レンガとかじゃなくて、石。なんだったら岩でもいい。
大きな岩をくりぬいたようなそんな感じの家。大岩で出来たかまくらが想像しやすいかもしれない。それがノーマルバージョン1。ノーマルバージョン2は、日本の城壁とかの石積みで作られてる壁に天井が一枚岩でドンと蓋してる感じ。
意地でもレンガは使わんのかい、って思った。
で、今いるわたし達の家は、かまくらバージョンの家。小さいやつを複数くっつけて、共有スーペスと各個人の部屋を作った。
で、占いの家と言ったのは、もちろん理由がある。
今までどどーんとあった大釜が、目立たない所に移動させられていて、代わりに目立つ所に必ず設置されるのが、あのテーブルと水晶だ。
テーブルも紫色のテーブルクロスがされていて、真ん中にこれまたベタな感じで水晶がおかれていたのだ。
大釜と同じく水晶に手をかざすとスキルっぽいのが発動する。
水晶の中にイメージが見えるのだ。
それで、天気を占ったり、この生活だとあまり意味のないラッキーカラーとかも分かったりする。
なので、レベル3は占いの魔女の家なのだろう。
「今まで勝手に光った事なんて、なかったんだけど……」
朝食を中断し、水晶の所に向かうと、なんかの映画で見たように、水晶から真上に光が放たれた。そして立体映像が浮かび上がった。
そこに浮かび上がった人物は……。
「あの時の……」
『やあ久しぶり』
少年神がにこやかにあいさつをしてきた。
少年神は、わたしを見て、それから静さんへと顔を向けた。
『初めまして、伊集院静子さん』
「……それは旧姓です」
『そうだね。でもこちらの世界では、君が元夫に三行半を叩きつけた時に旧姓に戻ってるよ。俺達神がそれを認めたからね』
「……それはつまり、この世界では離縁したということでしょうか?」
「正式に?」
静さん、わたしと順に問いかけると少年神は頷いた。
『そう。流石にね、金が無いからって、嫁さんにあっさりと体を売ってこいってするようなゲスな夫と、この世界でもわざわざ一緒にやっていく必要無いよねって、満場一致』
「……」
「は? ……はぁ!?」
少年神の言っている意味が最初分からなかった。
慌てて振り向けば、静さんは否定もせず、足元をじっと見てる。
え!? マジな話しなの!?
「まぁ、向こうは夢の中だと思ってたみたいだけど」
「……だとしても、何の慰めにもなりません。あの人にとって、わたしは、そういう事をさせてもよい人間で、そして、その様な言葉ですら従順に従う存在だと思われているという事ですもの」
「静さん……」
『……そうだね。ならここにいる間だけでも、夫の目を気にしない、自由を堪能したら?』
「自由……ですか?」
『そう。色々な柵もここでは関係ないからね』
「……そうですね」
『二人が夫婦だって示すものは何もないしね』
「……それは……そうですが……」
「あ、そうか。元夫が夫婦だっていっても、静さんが否定すれば、それを立証するすべがないのか?」
お互い以外、それを知る者はいないのだ。
『そう! 仮に、スキルで見たとしても、俺達がばっちり離婚させてあるから。問題なし! 難癖つけても、捕まるのは元夫の方だから』
確かに。
「……ありがとうございます」
『だから、さ、もうちょっとこの世界を楽しんでみたら? こんな事に巻き込んで仕舞った俺としてはその方がちょっとは気が楽になる』
「……はい。わかりました。ご配慮ありがとうございます」
『いやいや、気にしないで。じゃあ、前向きになったところで、二人にお願いしたい事があるんだけど』
「……」
なんか、今ちょっと感動しかけたのが、あっさりと消えたわ。
「お願い? 神様が?」
『そう』
あれ? 確か転生した先で何かをお願いすることはないよ、とか言ってませんでしたっけ?
『もちろん断ってくれてもいいよ』
そう言うけど、それもまた難しいんじゃない?
だって、相手神様だよ?
静さんが不安そうにわたしを見ている。
二人にってことのはずなんだけど、少年神の目はばっちりとわたしに向けられている事から考えて、メインはわたしなんだろうね。
でも、『お願い』ねぇ……。
「……お願いではなく、依頼だったら考えます」
少し悩んでわたしはそう返した。
『依頼? つまり報酬が欲しいってこと?』
「そうです」
ドキドキしながら、回答を待つ。
『内容にもよるね』
よし! 第一関門突破!!
「では、無事にその依頼を達成できたら、ステータスを見る呪文を変えてください!!」
意気込んでお願いする。
『ステータスを見る呪文?』
「はい!」
実は、そういうのがあるとは知らなかった。
でも静さんは、この世界の知識として教えて貰っていて、聞いた時にはとても驚いたのだ。
『えーと、自分の能力とか見るあれ? ステータスとかまんま言うヤツ?』
「あれです!」
『なんだってわざわざ?』
首を傾げる姿に、この少年神が関わっているのか関わっていないのか、判断に困る。
「静さん。例のアレ、やって見せてください」
「え!?」
わたしの言葉に静さんが頬を赤く染める。
それからわたしと少年神を見比べ、もう一度わたしを見る。
「やらなきゃ駄目ですか?」
「ぜひ! お願いします!」
うぅ……。と、唸り、恥ずかしがった後、静さんは、咳払いをし、さらには深呼吸までした。
そして。
「お願い、教えて神様(ハート)」
両手で、かわいらしくハートマークを作って、静さんは顔を真っ赤にさせてそう言った。
ポワァァンと音を立て、ステータス画面が静さんの前に現れる。
『……』
「「……」」
一瞬の静寂。
静さんは顔を両手で押さえてしゃがみ込んだ。
『うん。よく分かった。一発殴った後、無難なのに変更しておくよ』
「ありがとうございます!!」
心の底からわたしはお礼を述べた。
こうしてわたしと静さんは、少年神の依頼を受け、旅に出る事になった。
報酬は前払いとなり、新しい呪文は「スキャン」となった。
ちなみに、女性と男性で呪文が違ったという事で、「二発殴っといたから!」って少年神はイイ笑顔で言ってくれた。
ぐっじょぶです! 神様!
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