第15話 閑話 ある兵士のぼやき




「あのう、すみません」


 早朝。外からやってきた少女が大きな荷物を持って声をかけてきた。


「魔物の討伐部位をもってきたのですが……」


 その言葉に思わず、少女の衣服を確認する。

 剣も鎧もない姿だ。


「魔物の討伐部位?」

「はい。魔物を討伐したらこちらに持っていくよう狩人ギルドで言われたのですが……」


 不安そうに続ける少女に俺は、中に入るよう指示する。


「中で査定するから」

「あ。はい」


 ほっとしたような顔をしていたが、建物に入る時にはまた少し怯えていた。

 ……何かの犯罪に手でも出しているのか? と思いたくなるが、ちょいちょいこういう態度を取る者がいる。

 雰囲気が怖いのだそうだ。

 人の勤め先を幽霊屋敷と同列にするんじゃないぞ。と、思ったりするのだが。

 だが、魔物を退治するような子供が、ただ薄暗いだけの建物に怯えるか?

 もしかしたらただのお使いかもしれないが。

 それからしばらくして、少女は買い取りを終わらせると、街の外へと歩き出した。

 それを俺は内心珍しいと思った。

 大体、換金した後は買い物して帰るのに。

 ああ、それとも大金が必要な何かを購入するために、貯める一方なのか。


「あーもー。今度は先輩が計算してくださいよ!」

「嫌に決まってるだろ!」


 そんな声が聞こえてくる。


「俺、店を継ぎたくなくて、兵士に入ったのに! ここでも計算仕事とか!」

「残念だったなぁ。むしろお前がここに入れたのは、その計算仕事が出来るからだ!」

「まじですか!」

「まじだ」


 おう、俺も知ってる。それはマジだ。

 聞こえてくる声に心の中だけで相づちを打つ。


「えぇー? みんな計算仕事嫌いすぎでしょう」

「仕方が無い。体を動かす事が好きだっていうやつが大体集まるからな」

「まーじーかーよー。失敗したぁ」

「今回のはたまたま溜め込んだ魔物の素材の換金だったんだろう。たまたまだ。たまたま」


 そう、普通ならそう多くないんだ。

 普通は狩人達が運悪く狩りの途中に出くわした、とかで、持ち込まれるだけでそう数は多くない。

 きちんと騎士団が秋と春に間引いているのだから。大量の魔物素材と換金なんて、滅多にない事なのだ。



 何故か同じ少女が三日連続持ち込んだが。



「先輩。あの子、狩人が狩るの、魔物だって勘違いしてませんよね?」

「残念ながらしてないな。ちらっと普通の動物は狩らないのかって聞いたら、狩ってるけど、皆で食べてるから売る分が残らないんだと」

「どんだけ大所帯!? いや、待って!? そんなに大人数だから、毎回これだけの量を持ち込むの!?」


 真実に気付いたらしい新人が机に倒れ込む。

 そして、いやだぁぁぁぁとひとしきり嘆いた後、がばっと顔を上げた。


「そうだ! 探索者ギルドを誘致しましょうよ! 探索者ギルド!!」


 新人の言葉に誰もが首を傾げた。


「知りませんか? 十五年ほど前に出来た新しいギルドですよ」

「ああ、なんかダンジョンを効率良く回すために出来たギルドってやつか?」


 ああ。なんか複数のギルドを混ぜたようなギルドで話題になったやつか。


「お前、あれは、ダンジョンが近くにあるから、出来ただけで、ここに出来るわけないだろ?」

「そんな事ありませんよ! 俺達の仕事がすっごく楽になります!」


 俺達というかお前のな。


「お前さ、商人の息子なんだろ? お偉いさんの椅子がもう一つ増える事に、すでにその椅子に座ってるやつらが納得すると思うか?」

「……思いませんね。狩人ギルドなんて、下手をすれば無くなるわけですし」

「そういう事」


 はぁ。と新人がため息を吐く。


「そういう意味ではダンジョンがあるとはいえ、よく探索者ギルドが出来ましたよね」

「よっぽど大変だったんじゃないか?」


 噂話にしか聞かないような遠い土地にあるダンジョンの話しなんてこちらに、来る頃には一昔も前の話だったりする事は多い。その過程で消えていく話しも多い。

 だから、探索者ギルドが出来る過程なんて、想像することしか出来ない。

 俺達がその理由を知る事なんて、下手をすれば、一生ないだろう。




 その一生無いと思われた機会がたまたま現れた。

 王都帰りの騎士なら知っているのだろうかと聞いてみた所、彼も噂程度しか知らないそうだ。

 その噂も、信憑性に薄い。


「神殿が率先してって、どこでどうやったらそんな噂がたつんですかね?」

「私も聞いた時には同じ事を思ったよ」


 神殿が率先して動くなんて、それこそ神託でもなければ、あり得ないだろう。

 そして神がそんな神託を出すわけが無い。

 だが、そういう噂がある事だけは分かった。


 結局、理由が分からないままなので、あの時は新人だったアイツが望む探索ギルドがこの街に来ることは、永遠とはいわないが、当分はないだろうな、とだけ俺は思うのだった。


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