第12話 市の準備




 市に参加する前日、わたし達は領都に戻ってきた。

 市は朝から始まるので、森の家からでは難しいと判断したのです。

 それに食べ物を売るのに、地べたっていうわけにも行かないしね。

 せめてテーブルの一つや二つは用意しないといけないだろう。

 なのでまずは商業ギルドに行って、予約していたのがきちんと借りられるかチェック。

 場合によっては破損して使えなくなる事も有ると聞いていたので良かった。

 あと、使えそうなのは『家』から持ってきたけど、商品を入れる籠はここでよさげな物があれば買いたいなぁって事で前と同じ宿を取った後はぶらぶらと練り歩いてます。


 あ、この籐の籠、よさげ。


「いらっしゃい。お目が高いね」

「ありがとう。おばちゃん、これ、食べ物を入れても大丈夫なやつ?」

「そりゃ当然大丈夫だよ。なんだってそんな事聞くんだい?」

「前に虫除けの薬が塗られてたやつがあってさ」

「そりゃまた。そんなお上品なやつじゃないから大丈夫だよ」


 うん。わたしの目から見てもそれは間違いなさそう。


「これ六つ頂戴。あと、このあたりで甘い物ってなったら何になる?」

「妙な質問だね。果物じゃなくって事かい?」

「あ、やっぱり、果物になる? お菓子とかそういうのは無いの?」

「無くは無いね。蜂蜜と干し芋を混ぜて焼いた平たいパンみたいな物が売ってるよ」

「わぉ。どこどこ」


 籠の支払いをして、おばちゃんに店の場所を聞く。

 籠を縄で縛り、肩にかけて歩く。

 ……アイテムボックスみたいなの、無いんだよねぇ。残念ながら。

 おばちゃんが教えてくれた通り、出店通りを歩いてしばらくすると少し甘い匂いがしてきた。

 目的のお店は、その場で焼いて売るようだ。

 甘い匂いが食欲と購買欲を刺激しますね。いいですね。

 味とお値段が知りたいので並んで買います。

 一つ注文すると、平たいパンというか、ぱっと見お焼きに見えるそれを鉄板で軽く温めてる。その時に、ほんのり甘い匂いが立ち上がるようだ。


「あいよ。熱いから気をつけて」


 木皿にそれを乗せて差し出された。

 木皿は渡すためだけで、手づかみでお焼きっぽいそれを取る。

 熱い……けど、大丈夫。触れないほどじゃない。

 一口食べてみる。

 確かに蜂蜜と、芋の甘みが口に広がる。

 生地に練り込んであるから、中に餡があるお焼きとは違うね。

 ……パンケーキが一番近い? なるほど平べったいパン……。

 お値段はお手頃とはちょっと言えない。前世の鯛焼きのお高いやつの更に三倍くらいの値段だろうか。

 蜂蜜が高いんだろうな。

 でも領都はお金を持ってる人もいるから、売れる、と。

 次に串焼きを売ってる屋台に行き、同じように甘い物が売ってる店がないか聞いてみる。

 ジャンルが別なので、おっちゃんは嫌な顔せず教えてくれた。


「あー……。飲む方でもいいか? 家のかみさんが好きなんだよ」


 と、おっちゃんが教えてくれたのは果物の絞りたてジュースのお店だった。

 もちろんそちらにも行き、値段と甘みを確かめる。

 そんな感じで市場調査を行い、宿に戻ると、来客がいた。


「こんにちは。久しぶりですね、ミュー様」

「……アン……さん?」


 こっちに来る時に護衛をしてくれた女性騎士の一人、確か、アンさんが、宿屋の片隅にある椅子に座っていて、わたしを見て立ち上がると声をかけてきた。


「どうしたんです?」


 わたしを待っていたようなので用件を尋ねる。


「実はしばらく休暇でして。その間、私がミュー様の観光をお手伝いしようと思いまして」

「はぁ……?」


 なんだってまた突然? いや、むしろ今更?

 それになんか緊張してません?


「監視ですか?」

「まさか!!」


 わたしの言葉に彼女は勢いよく頭を横に振った。


「わたしはあくまでごえ……いえ、観光案内しようと思っているだけで」


 ごえ? ああ、護衛? 今更?


「ほら、休暇の証として、剣も持ってないでしょう?」


 腰を叩いてアピールするアンさん。非常に、必死そう。


「いいんですか? そちらの魔女さん怒りません?」

「わ、私は、休暇中ですから。そ、それに子供を一人にさせるのも、大人として、心配といいますか……」

「何か後ろめたいことをしてたりします?」

「してません!」


 どことなく怪しい雰囲気にそう尋ねれば、強めに否定された。

 それから何か気付いた様に声を落とした。


「……犯罪などは行っていませんが、後ろめたいというのはアタリかもしれません。大事なお子様を預かったのに、と……」


 あ、しょんぼりし始めた。真面目だなぁ。

 別に貴方のせいではないでしょうに。

 ……そういう諸々を含めて、ってことかな?


「お話は分かりました。でも、わたし、明日は市に参加するつもりなので、観光とかはしないですよ」


 市が終わった後は、森に戻るつもりだ。

 使い魔のレベルが上がったおかげで、さらにレベル上げが順調になった。

 そのおかげで、また新しいスキルを選べる事になったのだけど、今は保留中である。


「では、そのお手伝いをさせてください!」


 自分の思考に没頭しかけたところで、勢いよく言われてしまった。


「……そうですか?」


 確かに手伝いは助かるかも。


「はい! 計算も出来ますし、戦力になると思います!」

「では、よろしくお願いします」

「はい! ありがとうございます!!」


 何故か、お礼を言われてしまった。

 その後、荷物を置いた後、二人で明日お店を出す場所を確認。

 そして夕食を一緒に。何故か驕って貰うことになり、宿屋まで送って貰って、解散となったのだが……。

 宿屋の部屋に入り、施錠すると、窓から顔を出す。

 それを待っていたアンさんが下から手を振って、それから帰路につくようだった。


「……なんというか、大人も大変だねぇ……」


 休暇中というのもそうだけど、子供にお金を出させるわけにはいきません! と夕食をごちそうになったり、何かあったら困りますから、部屋に入って、何も無かったら窓から手を振ってください。とか。魔女にバレても怒られない程度に援助しているのが分かる。

 領主としては一人前になるのは無理だろうと言われても、魔女見習いを放置するわけには行かないのだろう。

 窓は開けたままにし、窓からベッドへと移動する。


「クローバー。ユウセン。コニー」


 わたしの呼びかけに影から、小鳥と小ネズミと、子馬が出てくる。

 使い魔のレベルが上がって、新しく呼べるようになったのは、黒い子馬だった。

 すぐに浮かんだのがコニーという名前だった。

 黒とポニーからだと思うけど、悪くないと思う。

 ちなみにクローバーさん。大きくなれるけど、わたしが大きいのより小さい方が好きいうのが、バレてるっぽく、もっぱら小さい姿です。

 もしかしたユウセンもそうかもしれない。

 オノレ、ヤルナ。撫でてやるぞ。

 二匹を撫でた後、コニーも撫でる。

 コニーはとってもおっとりな感じで、のーんびりしてる。


「明日、一人助っ人が来てくれる事になりました」

「アン、アン。ごチュじんさま、護衛チュてた」

「そうそう。ここに来る時に護衛してた人の一人」

「良かったでチュね、マチュター」

「そうだね。初めてだし、一人だとなにげに不安だったから助かったかも」


 これは本音。一人でどこまで出来るか実は結構不安だったのだ。


「そういえば、クローバーは鳥目?」

「チュ? クローバーは鳥でチュよ?」

「えーっと、夜でも飛べる? 灯りが無くても大丈夫?」

「だいヂょうぶ。心配なら、ユウセン一匹チュれてく」

「んー……、夜が明けてからでいいから家に手紙届けてくれる?」

「チュッ」


 と鳴き声と共に何度も頷いてくれた。


「……ご主人……」

「何、コニー」

「……おふろ、はいる?……」

「え!? 今!?」


 確かに会話は切れてたけど、突然過ぎてびっくりですが!?

 コニーはこくりと頷いた。

 つぶらな目がじっとわたしを見ている。


「えっ……と、じゃあ、入ろうかな……?」


 戸惑いながらそう答えた。

 と、言ってもこの宿屋、お風呂ないからお湯とかバケツに貰わないといけな……。


「……ん。お湯……」


 コニーのどこかのんびりした言葉と共に、わたしがすっぽり入りそうな水の球体が目の前に現れました。 


「えーっと……。この中に入ればいいのかな?」

「……ん」


 こくりと頷くコニー。

 ちょっと怖いけど、恐る恐る球体に指を入れ、足を入れ……。


「コニー。頭も全部入れるの? 息出来ないと思うんだけど。お湯、もうちょっと小さく出来ない?」


 温度的には最適なんですが!


「……………」


 コニーはわたしと水球をゆっくりとした動作で見比べて、そして。


「ぶるっ。……大丈夫」


 本当かなぁ!?

 不安で溜まらなかったけど、信じて中に入ることに。


「ぶるっ」


 と、コニーが口を動かすと、水が動き出した。

 何なになにぃ!? と目を白黒させている間も水は不規則に動く。

 無理無理。息続かない!

 と、思ったところで、頭の上の水が消えた。

 

「はぁぜぇぜぇはぁぜはぁ」


 必死に酸素を吸っているわたし。

 その間も首から下はグルグルと水が動き回っているのがなんとなく分かるが、そちらを気にすることは、今は無理!

 呼吸が落ち着き始めた頃。水が、というか、水位がというか、下がって行き始め、違和感に気付いたのは、腰まで水が下がった時。違和感が決定的になったのは、その時思わず水球から手を抜いてしまった時。

 無理矢理抜いてしまった方の手は濡れているけれど、水位が下がって解放された場所はこれっぽっちも濡れてないのだ。


「わぉ。凄い。魔法だ」

「……コニー、魔女の使い魔だもの……ぶるん」

「うんうん。凄いよね! みんなが魔法を使えるからわたし、凄い助かるっ!」


 この時、コニーは拗ねてたらしい。でもそれに気付かなかったわたしはただ純粋にそう褒めた。


「……コニー、役に立った?」

「もちろん! あ、でも、あのお風呂はちょっと怖いので、今度は呼吸が普通に出来る様にしてほしいです」

「……ぶるん」


 こくりと、コニーは頷く。


「マチュター。マチュターは魔法後回しでいいでチュ」

「そうでチュ。ごチュじんさまが次に覚えるのは『源泉』一択でチュ!」

「ぶるん。……コニーも頑張る」

「はい。大丈夫です。覚えてますよ。忘れてません。市が終わったら森に戻って源泉取ります」


 三匹にそう告げると三匹は満足そうに頷いた。

 もはやわたしにスキル選択権は無し!

 って、言うくらい使い魔の子達、あの魔女に怒ってるんだよねぇ。

 半人前のくせに偉そうにって。

 それで言ったら、わたしなんて見習いなんだけど……。って、思いながら、怒るクローバー達を眺めてます。

 私自身の怒りはもうわりと静まったんだけどね。

 でも、魔女の家や魔女の瞳を使えないって判断するのは、どうよ。って思ったりするのですよ。

 なので、明日は手を抜くつもりは無い。

 使えないスキル? どこがだ! って見せつける気満々です。

 それに、ありがたい事に証人も増えたしね。

 思えば、至れり尽くせりの旅で、きちんとデザートまであった旅だった。だから、料理人さんの手前、魔女の家でお菓子の家を出して食べる事はなかった。

 きっと、それが不味かったのだ。


「さて、明日は早いし、今日は早めに眠ろうか」


 三匹にそう声をかけて、わたしは就寝する。


 今日、この日が十五歳最後の日だった事を、わたしはもう少ししてから気付く事になる。

 わたしが、十六歳となる誕生日。

 その日はある計画が開始される日だったのだ。


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