第11話 閑話 女性騎士アンが見たもの


 

 わたしの名はアン。

 騎士の一人だ。

 女性騎士というのは一定数の需要がある。

 護衛対象が女性だった場合、本人や保護者が同性の護衛を望む事が多いからだ。

 なので、どの騎士団にも大体女性の騎士が数名居る。

 そんな我々が三名、動員された。

 辺境の村に「魔女見習い様」が誕生したらしい。

 わたし達はその魔女見習い様を護衛しつつお迎えする任務に就くことになった。

 その事は別に問題ないし、名誉ある仕事と受け取る事も可能だった。

 ただ、本来であれば、師匠と成られる魔女様が同行するはずだが、今回は同行しないという。


「本来、魔女見習いの知らせと共に見習いが取ったスキルがなんで有るか連絡が来るんだけどね。今まであそこで魔女見習いが誕生したことがなかったから、そこまでは知らなかったようで、それらについては一切なくてね。確かに彼らの気持ちも分かる。スキルなどそうそう聞くべきではないしね」


 領主様の言葉にわたしは小さく頷く。

 スキルは切り札とも言える。だが、同時に教えても構わない内容でもある。

 最初から強力なスキルなどごく少数。実際はどれだけ努力を重ねたか、だ。

 ましてや貰ったばかりであれば、尚のこと。


「ハズレかもしれないのに、わざわざ長旅などしたくない、と言ってね。実際、私としても彼女は手元に置いておきたい。彼女の蘇生術は一日の猶予しかないのだから」


 蘇生魔術。

 死んで一日であれば、生き返らせられる魔女や聖女など特別な職に与えられた偉大な魔術。

 領主様の判断は正しい。

 魔女見習い様には悪いが、わたし達の優先順位からすれば、あの方をお連れするよりも、わたし達が誠心誠意お仕えした方が良い。

 そう言った事情を抱えてわたし達は新しい魔女見習い様をお迎えするために旅立った。

 魔女見習い様の人となりを知るために、彼女が滞在した屋敷や、護衛達に話を聞く。

 どうやら魔女見習い様の一つ目のスキルは『魔女の家』のようだ。

 お菓子として屋敷や護衛の者達に振る舞ったと聞いて、驚きと共に感心した。

 あの家、食べられたのか、と。

 お弟子様が毎日一つ、お菓子の家を出して、騎士見習い達がスキルを使って壊す。

 そういう的としてしか、使っていなかった。

 あの毒々しい家を食べるという発想が無かったのだ……。


「俺達にとって、甘味なんて贅沢品ですから、こう言ってはなんですが、俺達にとってもアタリの仕事でしたよ」


 護衛をした兵士の言葉で理解する。

 見慣れないものだから口にする事が出来たのだな、と。

 魔女見習い様がいると発覚後の旅では料理人もついての旅だったので、彼女がわざわざ魔女の家を出してお菓子を食べるという事はなかったそうだ。

 だが、その前の旅では、自ら食材を探すくらいだったというので、食料は多めに、料理人は二人用意した方がいいかもしれない。

 情報を集めた結果、高慢な女性ではないということが分かって、わたしは密かにほっとした。


 魔女見習い様がいる村に着いた。

 どうやら家族仲が良いらしい。

 抱きしめ合って、別れを惜しんでいる。

 こうやってみると普通の村娘に見える。

 

「みんなげんきでねー!! がんばってくるよー!!」


 馬車が出発して、見送りの人達に最後まで元気な姿を見せた後、魔女見習い様は座り直した。

 わたしはハンカチを取り出すと差し出す。


「……大丈夫ですか?」

「……だいじょ、うぶ、です」


 ハンカチを受け取ることなく、手で拭うお姿に、わたしはもう一度使ってくださいと差し出した。

 魔女見習い様は躊躇われた様子も見えたが素直に受け取ってくださった。


「すみません。みっともないところ、みせちゃいました」

「いいえ、その若さで親元を離れるのです。仕方ありません」


 魔女見習い様は十五だという。

 旅に出たいと思うのと同時にまだ家族の元にいたいと思う年齢だろう。

 別れに泣くのは恥ずかしい事ではないですよ。

 

「えっと、洗って返します」

「ふふ。大丈夫ですよ」


 濡れてしまったハンカチを持って気まずそうにいうので、わたしはそのハンカチを受け取る。


「きっと大丈夫ですよ。他にもお弟子様もいらっしゃいます。仲良く出来ますよ」

「そうですね」


 笑顔を見せてくれた魔女見習い様にわたしも微笑んで返した。

 街について、魔女見習い様の二つ目のスキルが使い魔である事を知った。

 村まで手紙を運ぶことが出来るらしい。

 手紙とは言え、家族とやりとりが出来るからか、初日以外、魔女見習い様は、寂しがる様子もなく、旅を楽しんでくださった。


 そして領主の館について、わたし達は役目を無事に終えた。

 長期の仕事という事もあって、それから自主練はしつつも、二日ほど休みを取った。

 そして、休みも明けて、皆が集まる時間帯に訓練場にやってきた。


「おや、あれは」


 お弟子様が訓練場の片隅にいらっしゃるのを見て、わたしは近づく。


「お久しぶりです」

「あ。お久しぶりです。……残念でしたね」


 妹弟子が出来た感想を聞こうと思ったのに、思ってもみない言葉がかけられて、わたしは首を傾げる。


「遠くまで迎えに行ったのに、無駄足になったでしょう?」


 え? どういう事です!?

 聞くと魔女見習い様が選んだスキルが悪く、魔女様が弟子入りを断ったという。


「それじゃあ……」

「仕方ないの。だって、お師匠様だって、これ以上不出来な弟子なんて欲しくないだろうし」

「不出来なんて!」

「不出来だよ! わたしが何年弟子をしてると思ってるの!?」

「それは……」

「それでもわたしは未だ魔女の家のスキルはレベル1なんだよ!?」


 悲痛な、声。

 職の一部には、神職の横にわざわざ『見習い』という文字が付く。

 彼女の職には未だに見習いの文字が付いている。

 十七の頃に魔女になってからすでに五年。それでも彼女は見習いなのだ……。


「わたしはまだ回復魔法が使えるからいいけど、今度の子はそうじゃない。どちらも使えないスキルを選んじゃった子を、領主様に抱え込めって言うの? 金の無駄だわ」


 わたしは何も言えなくなった。この方が己のスキルで苦労している事を知っていたからだ。

 この様子では、魔女見習い様が魔女の家をお菓子として振る舞っていたとは言わない方がいいだろうか……。

 わたしは礼をとり離れていく。

 その後、今回魔女見習い様の旅に同行した者達が領主様から呼び出され、魔女見習い様が弟子入りを拒否された事を聞いた。


「……私共からすれば、まったく使えないスキルという印象は受けませんでしたが……」


 わたしもそうだが、同僚もそうだったらしい。

 領主様はその発言に、静かに首を横に振った。


「残念ながら、ビアンカが言うのだ。無理だろうな」

「……そこまで魔女は一人前になるのは難しいのですか?」


 思わず問いかけてしまったわたしに領主様は空笑いをした。


「ははっ。一人前どころか、半人前になる事すら難しいんだよ」

「そうなのですか?」


 問いかければ、領主様は頷く。


「魔女や魔法使いは亜神に等しい。そのためか、神官達は一切助言しない。畏れ多いとな。本当かは知らんが……」


 魔女がアタリ職ともハズレ職というのはこれが理由だ。


「……そのため、一人前になる方法自体、魔女達が試行錯誤していくしかない。おそらく、魔法使いも同等だろう」


 領主様はため息を吐いた。


「ビアンカですら、未だ半人前なのだ」

「「「「「え!?」」」」」


 領主様の言葉に全員が驚きの声を上げた。

 瞬く間に傷を癒やす魔法薬を作り、死者すらも復活させる魔女ビアンカ様ですら半人前!?


「もちろん、私もそうだが、お前達だってそうは思っていなかっただろう?」


 問われてわたし達は全員頷く。

 魔物や盗賊を討伐するわたし達だからこそ、ビアンカ様の凄さが分かるのだ。

 あの方がいてくれる。と思えばこそ動ける時もある。

 死すら覆すのだから。


「それで魔女見習い様は?」

「……もしかしたら他の魔女達が弟子に取るかも知れないと思って、規則通り知り合いの領主に手紙は出した。だが、ビアンカのあの頑なな様子からすると他の魔女の方々にも断られるだろうな」


 息を呑んだ。だが、意見は出ない。

 領主が魔女様やお弟子様を養うのは魔女様の力がそれだけ大きく、そして自領の民に還元されるからだ。


「魔女の会合が五年に一度、あるだろう?」

「はい」

「聞けば、会合の議題の一つに、魔女見習いの受け入れについてもあるそうだよ。たとえどれだけスキルで不利であっても一人は受け入れなさいと言われる魔女が五人選出されるのだそうだ」

「では、その方に?」

「いや、ビアンカもそうだが、この五年間に、選出された五名は全て弟子を取っているそうだよ。君達もその受け入れた見習いは知っているだろう?」


 問われればそれが誰かすぐに分かった。

 そうか。あの方はそんな理由で……。

 それを知るといつもどこか自信がなさげな理由も分かるような気がした。


「そんなわけで、もしかしたら、また長期移動が発生するかもしれない。その場合は、知らない相手よりも知ってる相手の方が楽だろうし、君達にお願いするつもりだから」


「「「「「「はっ!」」」」」

「それから、今回の子と一番仲の良かったのは誰かな?」


 同僚達と視線が少し彷徨い、わたしはおずおずと手を挙げる。


「たぶん、わたしかと」

「アンか。じゃあ、君はしばらく休暇だ」

「え!?」

「で、彼女の傍にいてあげてくれ」

「傍に? 護衛しろということでしょうか?」

「いや。半人前と見習いとではあるが『魔女』同士が喧嘩しちゃったわけだよ? 領主としては介入は難しい。でも相手は成人前の子供だ。しかも見ず知らずの土地でもある。休暇中の騎士が、自分から世話を焼く事については、大人としては文句は言わないだろう」

「……了解しました」


 つまり、そういう建前で護衛しろって事ですね。

 それならもっと早くに招集かけてくだされば、と思ったが、ビアンカ様の顔を立てるためにもそれも無理だったのだろうな。

 

 その後、退室したあと、わたしは執事の元に向かう。

 どうやら見習様は屋敷を飛び出したらしい。

 宿屋は従僕に後をつけさせたから分かって居るとの事。

 休暇中のわたしが彼女の元に護衛、否、遊びに行くと伝えれば執事は安心したようだ。


「休暇中ならば、その服は不味いかも知れませんね」

「あ……そうだな。私服に着替えねばならないな」


 制服のままでは確かに不味いだろう。

 一度部屋に戻り私服に着替える。剣を腰に下げた後、気付いた。

 あれ? わたし、剣を下げてもいいのかな?

 休暇中ならば、剣を下げるのはあまりよろしくない。

 だが、それは建前で、あくまで護衛である。


「……いや、でも……」


 もし、万が一に、ビアンカ様に帯剣していた事を知られたらどうなるだろう……。

 しばらく迷ったが、わたしが判断しては不味いだろうと、領主様にお伺いに行く。

 領主様も「んーーーーーーー」と唸り声をあげて迷っていらしたが、万が一の事を考えて、帯剣しない事になった。


「ああ、アン。これを」


 机の上に、小袋が置かれた。

 音からすると硬貨だ。


「田舎からせっかくやってきたのだ。しかもこちらの都合で振り回している。宿代と土産代くらいは出さねば、大人としての恥だ」

「畏まりました」


 魔女と領主ではなく、あくまで子供と大人という立場でやりとりするらしい。

 苦肉の策なのだろうな。と、思いながらわたしは、従僕に聞いた宿屋へと向かうのだった。



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