第4話 『お菓子の家』はどこからどこまでが、お『菓子』の『家』



「おはようミュー」

「おはよー! ミューねえ!」

「ミューねーちゃんおはよー!」


 ちょっと離れた場所に住んでるおばさんとその子供のチビ達に元気な声で挨拶された。

 わたしが今いるのは村の集会場……、あー……建物があって広場があるっていうと、たぶん公民館の方が近いかな?

 わたしが知っている公民館は、建物と運動するための広場がセットだったからそう思ってるんだけど……。違っても、そういう場所に今居ると思って欲しい。

 少なくとも村の中心……、訂正。畑などを省いた、人が住んでる地域の中心で、子供からお年寄りまで知ってる場所ってなるとここになるのだ。

 村人が知らない場所なんて、子供たちが、その日作った秘密基地とかだったりするんだけど。(数日経てばだいたい周りの大人にバレてる)

 で、そんな建物の日陰でわたしは用意したテーブルとイスに座って、やってくる住民を待っているわけである。 


「おはよう。今日は昼居ないから、昼の分も貰っていってね!」

「そうなのかい。じゃあ、オカモチも借りていっていいかい?」

「いいよ。たぶん他の人も使うからすぐに返してね」


 言いながらわたしは三人が出した皿に、お菓子の家を出した。

 チビ達が出した皿にはジャムがメインの食パンで作ったお菓子の家をそれぞれ乗せる。

 もちろん味も違うよ! オレンジジャムとイチゴジャムだよ!

 おばさんが出した岡持にはスコーンを半分に割ったものを壁や屋根にしたお菓子の家を二つ。

 貸し出し用の岡持に、カットしてない食パンに窓と扉をチョコペンでデコレーションしたなんちゃってお菓子の家を二つ入れて渡す。


「いつもありがとうね。今度野菜持っていくわ」

「こちらこそ、ありがとー」


 おばちゃん達が去って行くと別の家族がやってきた。

 そう、これがあの日、村長にお願いしにいった内容だ。

 わたしが居る間くらいは、みんなもおなかいっぱい食べてほしい! とお菓子の家を出し続けて渡している。

 なんちゃってお菓子の家が出来たのは、「食事」の代わりに出すものが、「お菓子」では体に悪そうだよな、って思ったのが理由。

 窓と扉という最低限のデコレーションで「お菓子の家」として出せる事は分かって居たので、朝に菓子パンを出したら、昼は食パン。という感じで普段は提供している。

 今日はジャムだったけど、日によってはドライフルーツたっぷりだったり、キャロットパンなど、野菜パンも出してる。

 浮いた分の食料はそのまま備蓄に回すか、隣町に出向いて貰った時とかに、売って現金化してもらっている。

 お菓子の家は正直ただの一時しのぎ。

 でも、魔女が住んでいる場所に時折、魔女の素質がある子が産まれてくるのなら、この村から第二、第三の魔女が出てくるかもしれない。

 そしたらその子達も、わたしと同じように村人に魔女のお菓子の家を作って渡すかも知れない。

 その辺はわからないけど、そうなってくれるといいな、って思う。

 甘味高いから。数年に一時期だけでも嬉しいよね。

 

 それに、食料を増やすっていう意味では「魔女の瞳」の方が本命だろう。

 今日、昼に居ないのはそのためだ。

 引率の狩人。そして、狩人見習いと、将来狩人になりたい子供たちと共に、わたしも森に入る。

 普段なら、魔女の瞳で、可食の物を探すためだ。

 ただ、今日はちょっと違う。

 森の奥にある川辺である実験をするつもりなのだ。

 

「じゃあ、いくよー!」


 おーーー!


 と、わたしのかけ声に合わせて観客も声を上げた。


「魔女の家! 特大版!!」


 ドゥン!!!


 重たい物が地面に落ちるような音がして、目の前の砂利がたっぷりある河原にこれぞ「THE・お菓子の家」と言わんばかりの、大人でもバッチリ入れる大きなお菓子の家だ。


「うわぁぁぁ……これ、流石に疲れる……」


 消費MP多いのは知ってたけど……一気に減るとこんなに疲れるんだ。


「すげぇ! 本当にお菓子で出来た家だ」

「レンガっぽいクッキーが!」

「この扉、石かと思ったらチョコってやつだ!」


 たったいっぱつでへろへろになったわたしに、みんな気付いていないのか、目の前に現れたお菓子の家に、大人も子供も大興奮である。

 気持ちは分かる。

 わたしも疲れたけど、心中は「うわぁぁ。凄い本物だぁ」だもの。

 でも、もうちょっとわたしを労ってくれてもいいと思うんだ?


 各々感動しながら中に入る。扉を開けるとキッチンダイニングになっているのか、テーブルとイス、大釜とオーブンがある。

 そして本来ならカワイイ見た目の建物とは不釣り合いと言いたくなる檻があった。

 うん、魔女の家。わたしが最初にイメージした、童話のイメージのまんま、である。


 大釜は、意外にも本物っぽい。本物かどうか気になった面々が、指で弾いているのを見てたけど、音からして金属で出来てる。

 オーブンは、たぶん食べ物?

 オーブンの蓋はなんとなく、瓦煎餅とかあの辺の気がするので。

 周りのレンガも、かったいパンに見える。

 檻の柵はたぶん飴。

 窓ガラスが一枚ガラスならぬ一枚飴だから、金太郎飴みたいな長い飴だと思う。もしくはケーキについてるデコローソク。正式名前は分からないけど、二色をクルクル巻いた奴。数字とかアルファベットとかバースデーキャンドルっていう感じの可愛らしいやつじゃなくて、昔ながらのまっすぐなロウソク。


 テーブルはクッキーを中心の洋菓子っぽい。

 台所の蛇口は二つあって、一つは水道代わりのチェロスから液体チョコが出てきた。

 もう一つは水かと思ったけど炭酸水だった。ほんのり甘くフルーツとか入れてフルーツポンチにしたい。


「なんか他にも部屋があるみたいだぞー」


 そんな声にわたしたちは移動する。

 扉には、プレートがあって、そのプレートにはバスタブとシャワーのイラスト。イラストの下には、こちらの文字で、浴室とあった。

 開けて中に入る。


「うわぁ。ここもまた甘い……」


 いや、家の中全体が甘い匂いなんだけどね。

 虹色のキャンディーで作ったと思われるバスタブには、たっぷりのココアかチョコと思われる茶色い液体がお湯の代わりに張ってあった。

 入る気はこれっぽっちもしない。

 トイレと書かれた扉もあった。

 開けると外だった。

 うん。それでいいと思う。これは全員の感想だ。


 寝室には、スポンジで作られたベッドと一人掛けソファとして、マシュマロが鎮座してた。

 何から何まで、お菓子だ。

 呆れたような感心したようなところで、ふと気付く。

 オーブンを開ける。特に何も入っていない。

 そして触ってみたところ、やっぱり、本物ではない。


 じゃあ、あの大釜は?

 

 みんなが叩いて確認していた大釜。

 雰囲気からしてあれだけは本物っぽかったのに。

 ただの疑問というよりも、違和感なのかもしれない。それを感じながら、大釜に近づき、中を覗き込む。


【大釜が使用できます】


「うわっ! びっくりした」


 突然ウィンドウが出てきたよ! びっくりしたよ!!


「なんだ!? 死体でも入ってたか!?」

「んなわけないでしょ!」


 怒鳴り返して、宙に浮かぶ文字を見ながら答える。


「本来持ってないスキルが利用可能と出て驚いただけ」

「スキル? どんな?」

「……そうだね。誰か薬草持ってたりする?」


 質問したが誰も持っていない。でも、薬草で良いならその辺に生えてるだろ。と一人が外に出て、そしてすぐに戻ってきた。


「外、凄い事なってるんだけど」

「へ?」



 

 カツカツカツカツ。

 カリカリカリカリ。

 ハフッハフッ。


 そんな音が聞こえて来そうだ。

 川側のお菓子の家の壁には、カニなどがせっせと壁を削っては食べている。

 森側はウサギも居ればシカも居る。

 わたし達が見学していた家を、森や川にいる動物たちが、我先に、と食べていた。

 ……これ、発見が遅れてたら、崩れて、お菓子に押しつぶされる所だったのかしら?


「一心不乱に食べてるね」

「これ、俺達が食べても本当に問題ないのか?」


 動物たちの様子に、わたしとは違う不安が、今日一緒に来た面々に生まれたらしい。

 

「それよりも、あれ、狩ろう。お肉一杯食えるよ」


 わたしの言葉に全員弓やら槍やらを構えた。

 当然。皆のやる気は凄い。

 それもそのはず。

 我が村で、狩人を神職に選ぶ人達の半数以上は、「肉が食べたいから」という理由なのだから。そして、わたしが食料を支援してもその欲求が満たされることはない。

 というのも、「お菓子」の家というくくりからか、「惣菜パン」は出せないのだ。

 どんなに頑張っても、デコレーションにと肉類は選べなかった。

 タコさんウィンナーとかなら見た目だけなら選べそうなのに……。

 故にお肉に関しては、今まで同様、狩人諸君の成果にかかっていた。

 そして、今目の前に、獲物がたくさん出ているわけで。


 リーダーが無言で挙げていた右手を降ろした。一斉に矢やら槍やらが放たれる。

 流石にこれだけ近くで、しっかりと狙える事が出来れば全員当てることが出来る。

 一発で仕留められていくウサギやシカ達。


「っ! っ!? ………………」


 やった! と本来なら大喜びに成りそうな面々。

 実際片腕がガッツポーズの途中で止まっている人もいる。

 悦びに声をあげるどころか無言になってしまったのは、目の前の光景のせいだ。


 恐ろしいことに、隣で矢で打たれたものがいるのにもかかわらず、ウサギもシカも全く目に入っていないのか、お菓子の家を食べ続けている。


「こわっ! お菓子の家こわっ!」


 皆が口々に言う。正直わたしもそう思う。


「で、これって、毎日できるの?」


 怖いと言いながらも辞める気はないようだ。

 肉、食べたいもんね。


「魔力的にちょっと難しいかなぁ。レベルが上がれば可能かもしれないけど」


 いいながらお菓子の家の作成画面を表示させる。

 もうちょっと簡易版にすればMP消費も抑えることが出来るだろうか、と思って開いたのだが。


「あれ? newの文字?」


 メニュー画面のタブを押すとそこには今までなかった「お菓子」というタブと、その横に、「木造」という文字のタブがあった。

 そして、そこには全く新しい魔女の家の外観写真があった。


「なんかスキルレベル上がったっぽい」

「本当か? やったじゃん」

「今度はどんなお菓子の家なんだ?」

「城か? 神殿か!?」

「ううん、木造っぽい」

「へ? 木造?」

「うん。木造。下手な場所には設置出来ないね」


 お菓子の家を川沿いに作ったのは、最終的には叩き壊して川に流したり、森に捨てるつもりだったのだ。

 でも次の魔女の家はお菓子じゃ無い。木造っていうのならずっとそこにある可能性の方が高そう……。

 これは村長に相談案件だ。

 お菓子の家と違って、最低限必要なスペースというのが決まってるっぽい。

 そして、それが本物の家のサイズだって事を考えると無闇に設置するわけにいかないだろう。


「お。第二陣が来た」

「肉祭だな」


 光に誘われる蛾のように、動物たちがふらふらとやってくる。

 ……わたし達に気付いていないっぽい。

 それとも気付いていても抗えないのか、どっちだろう。


「余ったら干し肉にして売ろう」

「燻製肉の方が売れるんじゃない?」

「こんなに肉が寄ってくるなら村から人を呼んできた方がいいんじゃないか?」


 獲物が夢中になって食べ始めるまで、わたし達はそんな会話を繰り広げた。


 こうして突如始まった狩猟大会は、お菓子の家が、食べ後だらけになって崩れ落ちるまで行われるのであった。



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