第3話 ガク


「その前にトイレを拝借したい」

「ここから真後ろにトイレがあります」

「おにちゃん、こっち、こっち」


 ルナが誘導して行く。


「ルナちゃん、中まで入ったらだめよ」

「うん」


 ルナはトイレの前で待機し、ハンドソープやタオルの位置を教えた。


「ルナも、ルナも」

「ああ、手を洗うんだね」

「だっこ、だっこ」


 その様子を見ていたレイ、


「それじゃ、介助しているのか、お世話してもらっているのか、わからないわね」


テーブルにはナオがお茶のを用意してあった。


「ルナが、ルナが」

「えっ、ルナちゃんがするの?」

「うん」


 パンナコッタの皿からスプーンでひとすくいした。


「おにちゃん、あーん」

「ルナちゃん、食べさせてくれるの? あーん」


 ポタッ。

 虚しくパンナコッタがスプーンからこぼれ落ちた。


「ごめちゃい。ママー」

「ルナちゃん、階段を一人で下りるの危ないから、レイちゃんと行こう」


 エレベーターのボタンを押し、2階に着くとルナは飛び出して行った。

 


 レイが3階に戻ると、皿の上はあらかた片付いていて、


「わあ、きれいに食べられましたね」

「馴れてますから」

「でも、あと一口残っています。あーん、してください」


 ルナが試みた後だったから、二人の間には照れはなくなっていた。


「小さな恋人候補生は脱落だな。あと15年待ってください。いいレディに仕上がります」


 哲平が言うと、


「15年かあ」

「何を計算しているのですか? それよりも、まだお名前もお訊きしてなかった」

「涼しい代と書いて、すずしろです。名前は音楽の楽です」

「わあ、ステキ。ガクさん。このお仕事するためにつけられた名前みたい」


 レイは胸の前で両手を重ねた。


「そんなこと考えたこともなかった。ピアノは子どもの頃、嫌々習いに行っていたから。でも今となっては母に感謝です」


 ガクが作った曲が部屋の中を流れていく。

 レイはうっとりと聞き惚れていた。

 








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