第20話

アロイと話すのは予想以上に気が付かれてしまったらしい。目覚めたらベッドの上だ。


「目覚めたか?」

しばらくして、クレオ殿下が室内に入ってくる。

クレオはベッドのすぐそばの席に座り、ロレーヌの手を握った。


クレオ殿下の目の下にはクマがある。

ロレーヌはクレオの頭をなでようと手を伸ばし、手を止めた。


クレオには妻も子供いる。

ロレーヌがこの人を好きになるわけにはいかないのだ。なったとしても意味がないことだ。ロレーヌは静かに窓の外の鳥を見た。


ぎゅっと握られた手に力がこもり、驚いてロレーヌはクレオの方を見た。


「ロレーヌ、お前は栄養失調だそうだ。医者から薬を預かっている。飲め」


クレオが合図すると、ロレーヌに飲み物を持ってくる。


ロレーヌに食欲はない。困った顔でロレーヌは微笑んだ。


「医者は精神的なもので、お前の食欲がないとも言っていた。何か悩みがあるのか?私ができることなら、何でもする。ロレーヌ、お前の望みはなんだ?何でも言ってみろ」


「私は・・・」


ロレーヌは微笑んで、首を傾げた。

窓の外には鳥が羽ばたいている。あの鳥を見にいきに外に出たいと思う。だが外に出たら飢えて死ぬし、殺されるかもしれない。

それでも・・。


「あの、お願いがあります」


「なんだ?」



「私と離縁してください」


「・・・なんだと?」


「ごめんなさい」


「何故?」


「ごめんなさい・・。私」

ロレーヌはもう、自分の気持ちを偽ることはできない。


「・・・・・」


「ロレーヌ」


クレオはロレーヌの両肩に手を置き、ロレーヌの顔を覗き込んだ。


「私との離縁は無理だ。陛下がお許しになるはずがない。いいな?」


「ごめんなさい」


「ならば、私と子でももうけてみるか?」


「・・・え?」


「寂しいのだろう?アロイ侯爵の子がいなくなって」


「む、無理です。私、子供を産めませんもの」


ロレーヌはクレオから、目をそらす。


「そういえば、お前の妹もそんなことを言っていたな。お前は子供が産めないと嘘をついて、私を裏切っているという手紙が昨日届いた。お前の妹はよほどお前の足を引っ張りたいらしいな」


クレオは、そんなロレーヌのことを抱きしめた。


「寂しいのならば、養子をとろう。アロイ侯爵の息子がいなくなって、寂しいのだろう?」


「あら、まぁ。養子?いえ、・・・・いいのですわ、殿下。自分の寂しさに子供をつき合わせては可哀そうだもの。それに正妃のシルビア様にも申し訳がありませんわ」


ロレーヌはぽんぽんっと、軽くクレオの背中をなでた。


クレオはロレーヌから身を放すと、微笑んだ。


「養子ならば、シルビアも大丈夫だろう」


「本当ですの?」


「ああ」


「・・・では、養子をとるのならば、孤児院の子が、いいですわ」


にこにこ目を輝かせて嬉しそうなロレーヌ。

クレオはそんなロレーヌの頭をなでて、ロレーヌ頬に手を当てる。


「分かった」


「家族が増えますわね。私、お母さんになるのかしら?」


「そうだな」


クレオはそっとロレーヌに口づけた。


「殿下?」


急なクレオの口づけに、ロレーヌはきょとんとして、首をかしげながら、にこにこ微笑んでいた。



手で顔を隠すクレオを、不思議そうにロレーヌは見ていた。手で顔を隠すのをやめたクレオは、ロレーヌを見た。

「ロレーヌ、これからすることは誰にも言ってはいけない」

クレオはロレーヌの腕をつかむと、引き寄せた。抱きしめられたと思ったら、ロレーヌは押し倒されて、クレオの獣のような鋭い視線を見上げることになった。


「・・・殿下?」


クレオの手が指がドレスの下に潜り込む。

ロレーヌは喪失を痛みとともに知った。

クレオはロレーヌが処女であることに、驚いていた。



部屋を出て本宅に戻ったクレオを待っていたのは、物悲しそうなシルビアの姿だった。


「おかえりなさい」


「ロレーヌに、養子をとることになった」


「私たちを捨てる気でいらっしゃるの?実子よりも養子を選ぶのですか?」


「・・・そんなわけがない」


「嘘よ。殿下がいつもあの女のこと思っているのを、誰よりも側にいる私がわかっていないと思っていらっしゃるの?」


「・・・・シルビア、すまない」


「殿下?どうして謝るのですか・・」


泣いているシルビアのことを、クレオは抱きしめた。


「・・・・すまない、シルビア」


「国王様に言われて、あなたが仕方なく側妃として迎え入れたのは知っています。けれどあなたがあの方に会うというと、すごく不安になるのです」


「すまない」


「会わないでください。私はあなたを愛しているのです」


「分かった。もうなるべく側妃には逢わないようにしよう。お前が不安に思うのなら」


シルビアは抱きしめられ、笑った。


クレオが去った後、シルビアは懇意にしている騎士に向かって、手を差し出した。


「ねぇ、お願いがあるの。このままだとクレオ殿下は、あの側妃に誑かされてしまうわ」


ロレーヌの護衛騎士のハリスは、ロレーヌから預かっていた手紙を開いてみる。

先輩騎士シャパードへのロレーヌの気持ちが書かれている。


『拝啓シャパード様へ。

お元気でしょうか?あなたには随分助けられました。よろしかったら、クッキーでも食べに寄ってくださいな。シャーロットも一緒に。

また皆に会いたいです

ロレーヌより』


その手紙を胸ポケットに、しまった。


この手紙をクレオに手渡しても、何らいいことはないだろう。ハリスはこの手紙を誰にも見せず、処分することにした。


ロレーヌは何をやられても怒らない。

腐った林檎を食事に出されても、にこにこ笑いながら嬉しそうに、林檎を食べようとする。ハリスは放っておけなくて、慌てて林檎の皿を下げる。


「・・・腐った林檎を、食べてはいけませんよ」


「あらまぁ、そうねぇ」


首をかしげている。


室内に入ってきたシャーロットが、ロレーヌにお茶をつぐ。

「シルビア王妃様のスパイが何人か、ロレーヌ様の護衛や侍女にまぎれこんでいるようです。お気を付けください」


「そうなのね」


「シャーロット、お願いがあるの。シャパードに手紙を届けてほしいの」


「それはやめたほうがいいと思います。ロレーヌ様。兄はシャパードは、先日伯爵家の方との婚姻が成立したので」


「あらまぁ、そうなのね。何かお祝い送ろうかしら?」


「おやめください。兄は幸せを掴もうとしているのです」


「そうね」

にっこり微笑んだ。


「言葉が過ぎました。申し訳ありません」

シャーロットが深く頭を、ロレーヌに向かって下げる。


「いいのよ。シャパードには私も幸せになってほしいし。シャパードにお祝いはやめておきましょうかしらね。側妃からお祝いされても、シャパードも困りますでしょうしね」


相変わらずロレーヌは嬉しそうに、微笑んでいる。


ハリスはロレーヌがいつも手紙を書いているのを知っていた。

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