第19話
クレオの顔が赤くなる。邪魔な前髪をかきあげた。
咳ばらいを一つ、クレオは部屋をノックした。
ぼんやりロレーヌは窓の外を見ていると、どこか気難しそうなクレオ殿下がやってきた。
「・・・ロレーヌ、久しぶりだな。会いたかった」
久しぶりに会うロレーヌに、クレオは、緊張していた。
「お久し振りですわ、殿下」
にこにこロレーヌは微笑んでいるが、ロレーヌが痩せてやつれているように見えた。クレオは手を伸ばし、ロレーヌの頬に触れた。
「ロレーヌ、痩せたようだが、体調が悪いのか?大丈夫なのか?あまり食べていないと聞いたが?」
「ええ、大丈夫です。殿下はお疲れのご様子ですのね。目の下にクマがございますわね」
ロレーヌがほほ笑んでいる。
「ああ、ここ最近仕事が忙しかったからな」
「よろしかったら、ハーブティーがございますわ。そうだわ。殿下は甘いお菓子はお好きでしょうか?」
ロレーヌは久々の客の来訪に、目を輝かせて喜んでいる。
「ああ。甘いものは別に嫌いではない」
「私クッキーをたくさん焼いたのですの。ぜひ殿下に食べていただきたいわ」
「ロレーヌが、クッキーを?もちろん、いただこう」
「今準備いたしますわね」
「ロレーヌが準備するのか?侍女にでもやらせればいい」
「私がやりたいんですの。少し待っていらして」
外出を禁止されていたロレーヌだが、騎士ハリスに頼み込んで調理場や外まで行かせてもらえるようになっていた。
ただ一人になってしまってからというもの、ロレーヌはあまり外に出る気もせず、色んな鳥を見て、料理をしていることが多い。
今日クレオ殿下が会いにやってきてくれて、嬉しくて、ロレーヌは自身がとても寂しかったことに気づいた。
シャーロットもシャパードもイールも皆いなくなってしまった。
「色んな薔薇の種類のジャムもあるんですのよ。お嫌いではないのなら、ぜひ食べてくださいな」
にこにこ笑いながらロレーヌは紅茶を入れる。
クレオの毒見役の護衛がお茶を一口飲み、クレオの前にお茶を置く。
クレオは一口ハーブティーを口に含む。
「・・・・・うまいな」
そうクレオがいうと、本当にうれしそうにロレーヌがにこにこ微笑んだ。そんなロレーヌの手を握る。
「ロレーヌ」
「はい」
「お前の元婚約者のアロイが、お前が息子のイールを誘拐したのではないかと、お前を疑っている」
「まぁ?私がイールちゃんを誘拐したんですって?」
「お前の妹が、お前がイールを誘拐したと言っているらしい」
「・・・・・そうですか。もうイールちゃんには逢えないのですね」
「もちろん私はそんな戯言は信じていない。だがアロイはお前から話を聞くと言っている。ロレーヌからアロイ侯爵に、はっきり言ってやれ。私も付き添うので、心配するな」
クレオは励ますが、ロレーヌは微笑んだままだった。
「ロレーヌ」
「大丈夫ですわ。私、イールちゃんのこと、誘拐しておりませんもの。アロイ侯爵様にもそうお伝えしますわ」
「分かった。不安だったらすぐに言え。私が付いている」
にこりと微笑んで、ロレーヌは頷いた。
それからクレオは部屋を出ていき、一人残ったロレーヌはアロイ侯爵のことを思い出していた。
アロイ侯爵は、ロレーヌの初恋の人だ。
アロイ侯爵はたいそうな美男子で、その顔もロレーヌはもちろん好きだったが、一番好きだったところは、ロレーヌのことを馬鹿にしなかったところだ。
ロレーヌは不細工な女子だったから、同い年の男子にはよく虐められたり、笑われたりしたりしていたのだけれど、アロイは一切ロレーヌを馬鹿にせず、無表情であった。
今から考えればアロイは、ロレーヌに興味がなかったのだろうかなと思う。
アロイは、いつもロレーヌにバラの花束をプレゼントしてくれた。結果ロレーヌはアロイにふられてしまったが、家族とか友人とか何一ついい思い出がないロレーヌとって、アロイは青春のいい思い出である。
正直悲しい思い出でもあるが。
イールを誘拐したと、ロレーヌを疑っているらしい。
過去の綺麗な想いでもなくなるのかもなと思いながら、ロレーヌは窓の外の鳥を見て微笑んだ。
次の日、アロイとロレーヌは王城にある教会の中の告解室で、体面をすることとなった。
「久しぶりです、ロレーヌ」
久しぶりに会ったアロイは、相変わらずの美男子である。クレオもたいそうな美男子だが。
「お久しぶりですわね、アロイ侯爵」
「・・・痩せましたね、ロレーヌ」
「夏の暑さのせいかしら?」
にこにこロレーヌは微笑んでいる。そんなロレーヌに、アロイは嫌悪感を覚える。真剣な話をしに来ているというのに、もしかしてアロイに色目をつかっているのではないかと、勘ぐる。
妻のカリエも、ロレーヌは今でもアロイに未練があり、子供のイールに危害を加えようとしていると言い張っている。
「・・・・カリアは、君がイールを誘拐しようとしたと言っていた。イールのことを無理やり連れだそうとしたと言っています。それは本当なのか?教えてほしいのです」
その時ロレーヌはひどい眩暈を感じた。頭を何度かふり、何とか意識を保つ。
「・・・いいえ、私はイールちゃんを預かっただけですわ・・・」
「分かりました。けれどもう俺たちにつきまとうのはよしてほしい。イールは多感な年だ。何かあったら、困ります」
にこりとロレーヌは微笑む。
「はい」
「次にあなたがイールのもとに現れたら容赦はしません」
「分かりましたわ」
「随分な言いぐさだな、アロイ侯爵。ロレーヌは君たち家族につきまとってはいない。勝手にイールを連れてきたのは、貴殿の奥方だと聞いているが?」
ロレーヌの隣に、クレオがやってきて、嘲笑する。
「殿下、いいのですわ。イールちゃんが元気ならば」
何を言われても嬉しそうに、にこにこ笑っているロレーヌに、アロイは違和感を覚える。
クレオが、ロレーヌの背に腕を回して、引き寄せた。
「もういいだろう、アロイ侯爵。ロレーヌは見ての通り、害意はない」
「ロレーヌ様、俺も言いすぎてしまいました。申し訳ありません」
「いいのよ」
「一つ聞きたいのですが、カリアはあなたにネックレスを盗まれたと言っています。それは本当なのでしょうか?」
アロイの問いかけに、ロレーヌはにこりと微笑んだ。その微笑みはいつもの笑みとはちがい、妖艶な笑みだった。
「ええ、本当よ。アロイ侯爵様、カリアのネックレスを盗んだことあるのは本当よ。子供のころにね」
「なぜ?」
「だって、私には何もないんですもの。家族も何もかも、一つくらい私のものが欲しかったの」
にこりと微笑んで、ロレーヌはそのまま床に倒れこんだ。
「ロレーヌ!」
クレオの叫び声が聞こえてきていた。
クレオは慌ててロレーヌを抱き起した。
「大丈夫ですわ。少し体調が悪くて・・。ごめんなさいね。カリアには悪かったと思っているわ。ネックレスのこと謝らなければね。でもあなたのご子息を誘拐してはないの」
「ロレーヌの体調も悪いようだし、ここまでにしよう。アロイ侯爵、いいな?」
クレオの問いかけに、アロイは頷き、お開きとなった。
ロレーヌを、クレオは抱きしめた。抱きしめた。ロレーヌの体は細くて、がりがりだった。
「何か食べろ。痩せすぎだぞ。医者のもとに行く。気づかずすまなかった」
「夏の暑さに負けてしまったようですわね。恥ずかしいです」
「私はお前のためならなんでもする。だから何でもお前の望みをいえ。私が何でもお前の望みをかなえる。ネックレスが欲しいのならば、いくらでも買ってやる」
「ありがとうございます。殿下。でもネックレスはいりませんのよ、もう」
ロレーヌはひどい眩暈に、疲れて目を閉じて、意識を手放した。
子供のころ妹のネックレスを盗んだロレーヌだが、
ネックレスを盗んだのはすぐに両親にばれて、えらいめにあった。父親から殴られるは、ろくに食事もなく地下室に閉じ込められた。トラウマだった。話すのも相当気力が言った。
ロレーヌの自業自得だけれど。
とはいえロレーヌは短時間赤い綺麗な宝石のネックレスを自分のものにできて、幸せだった。一人で綺麗なお姫様ごっことかしたりした。
あの時に、もうロレーヌは満足してしまった。
だからネックレスはもういらないのだ。
アロイと話すのは予想以上に気が付かれてしまったらしい。目覚めたらベッドの上だ。
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