第12話
「さぁ、今日はおやつに何を作ろうかしら?甘いパンでも作ろうかしら。イールちゃんも一緒にパンを作ってみましょうか?」
ロレーヌはイールの手を握って、イールの瞳を見つめて微笑んだ。イールは目を輝かせて、強く一度うなずいた。
ロレーヌ達は楽しくパンを焼いた。その日はパンを色んな人に配り、パン交換会になった。
その夜イールを寝かしつけたロレーヌが寝ようとしていると、ノックがして「入ってもよろしいでしょうか?」というシャパードの声がきこえてくる。
「どうぞ」
そうロレーヌが言うと、シャパードが部屋に入ってくる。
シャパードはロレーヌを抱きしめると、そっと口づけた。
シャパードはロレーヌから顔を放すと、口を開いた。
「俺はクレオ殿下から、あなたを監視し誘惑するように、仰せつかっておりました」
「誘惑?」
「あなたを誘惑して、側妃にはふさわしくないとして、この王宮からクレオ殿下はあなたを追い出したいのでしょう。
クレオ殿下はシルビア妃を愛していらっしゃいますから」
クレオ殿下はロレーヌに男と会うなと言ったり、シャパードをロレーヌに近づけたり、やっていることがよくわからない・・・と、ロレーヌは不思議に思う。
「ですが俺はそんな命令とは関係なく、あなたを見た時から、俺はあなたに惹かれてしまいました」
「・・・・・?」
「あなたを愛しています」
シャパードの手が、ロレーヌの頬に触れた。
そしてシャパードはもう一度、ロレーヌを抱きしめる。
ロレーヌは微笑みながら首をかしげて、くすくす笑った。なんだかひどく暖かくて、ほっとしている気分になった。
第一王子のクレオは皆から完璧王子と呼ばれている。勉学もでき、優しさを持ち、姿も美しい。クレオは民からも慕われている。
クレオの妃のシルビアも銀色の姫と呼ばれ、大変美しくて思いやりもあり、民から慕われている。
クレオはシルビアのことを愛している。シルビアは気位も高く、我儘なところもあるが、クレオを懸命に支えてくれている。社交もうまく、シルビアを尊敬している。
だというのに、ある時クレオは国王の父親から、側妃を娶るように言われてしまった。
クレオは国王の父親を軽蔑していた。
クレオの母というものがありながらも、側妃のマリナを娶り、その側妃はもともと既婚者であり、国王の父は権力をもって、その側妃と結婚相手の男を無理やり別れさせた。
アレクの母でもある側妃マリナは、アレクを産んだと同時に自殺した。
それからというものクレオの母の王妃のセラフィは、様子がおかしくなった。それまでは母のセラフィは誰に対して優しい人だったというのに、アレクを執拗に虐めるようになり、奇行が目立つようになってしまった。
「殿下お茶でございますわ」
にこにこ媚びるような眼差しで、メイドがクレオにお茶を持ってくる。クレオは顔がいいらしいから、いつも女性からそんな眼差しを受けて、それが当たり前になっている。
「もうすぐ、社交界ですわね、殿下。一緒の色の御召し物が着たいですわ、殿下」
シルビアは団扇を広げ、口元を隠して微笑んだ。
「ああ、そうだな」
クレオも微笑む。
「そういえば、南の方で綺麗な新しい色の宝石が出たんですって」
「欲しいのか?君のためなら手に入れよう」
「嬉しいですわ、殿下」
お互い見つめ合い、微笑みあっていると、クレオ直属の部下がやってきて、クレオの耳元に告げる。
クレオは静かに茶器を置く。
「ああ、今行くよ。シルビア、悪いな、急な仕事が入ってしまった。行かなければならない」
「残念ですわ、殿下。あらそうだわ、殿下。あの側妃の方の噂はお聞きになっていますこと?」
「・・・・・・知っている」
クレオは静かに冷徹に、いつものように微笑んだ。
扉を出て、クレオは冷たい真顔になる。
社交界では、ロレーヌが男と遊んでいると噂になっている。誰がその噂を流したのか、ほとんどわかっている。
クレオはいつも部下に、ロレーヌの様子を逐一伝えるように、きつく言っている。仕事をしていても何をしていても、必ずすぐにだ。
クレオの部下は、ロレーヌとシャパードが抱き合っていることを報告した。
クレオは手袋をつけ、執事から渡された杖を持ち、歩き出した。
軽蔑している父と、クレオは同じにはなりたくないのだ。それなのに、ロレーヌの微笑みがクレオの脳裏からこびりついて離れない。これは呪いなのか・・。
ロレーヌは男を呼び寄せる魔女だ。クレオを惑わせる。
何故出会ってしまったのか?
クレオはロレーヌへ、憎しみに似た強烈感情に、込みあがる。この感情は愛なのか?そんな生半可なものではない。自身を焼き尽くすような、苦痛苦悶を覚えるものだ。
こんな穏やかでもないものを、愛なんて呼びはしない。
「ロレーヌ、シャパードのことを、首にすることにした」
クレオは静かにティーカップを手に持ち、開口一番そう言い放った。
そう言い放ったのは、クレオが訪ねてきたロレーヌとのお茶の時間の時だった。
「お前とシャパードは抱き合っていたそうじゃないか?」
にこりとクレオは微笑んだ。
心変わりなど、神への冒涜だ。
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