過去 十七 旧友との再会
「おい……。大丈夫か……。」
肩を力強く引っ張られ遅く反応すると、
修一は訝しそうな視線を彼に送った。
記憶にないが明継は、宮廷を離れて道端に居る。
女中達の会話で困惑してしまい、律之の会話で明継は夢遊病状態で歩いていたらしい。
其して、修一に呼び止められたのだ。
「あっあぁ……。」
極度のストレスから来る疲労の色が濃い明継の瞳。
「どうしたのだよ。大丈夫か。」
やっと信用して息が付ける人物とであって、心持ち安心した明継。
故郷の人間がこんなにも大事であると痛感した。
「大丈夫かよ……。」
修一が目頭を押さえると、明継は自分の置かれている場所を確認した。
今迄に来た事のない道を、歩いていた。
心では
「昼に覗きに来てみたら、顔面蒼白の御前に会うし……。」
明継は思いもよらない言葉を口にした。
「すまないが……。相談に乗ってくれるか。」
自然に出た言葉に、明継自身、驚いていた。
修一は頷いた。
延々と、話が続けられた様に思えるが、其れでも紅と明継の名は伏せて重要でない事だけにした。
皇院の話を一般人の修一に話しても分かるわけはないが、其れでも彼は明継の言葉を真剣に聞いてくれた。
明継は愚痴を云える相手が欲しかったのだ……と心持ち軽くなるのを感じた。
「犯罪ではないのか……。其の男は……。」
「多分……。一般的には……。」
「誘拐だよな……。其の友達はどうしたいって。」
明継は自分を、『自分の友達』として、修一に説明したのだ。ベタかもしれないが、明継には最良の手立てだったのだ。
頭が真っ白くなった。
答えに詰って黙り込んだ明継。
「俺が思うに、其の友達は、少年の将来を奪ったわけで……、少年を匿った侭で良いのか……。不信な人物や、新聞記者は少年を家へ帰そうとしているのかもしれないだろ。」
今迄不信な人影や
紅を佐波の元へ返すという目的から、紅を匿い守る事に焦点を置かれていた。
即ち明継の守ると云う概念は、紅を現実世界から隔離する事に繋がっていた。
「其うだけど……。職場で誰が少年を連れて、行ったか噂になっていた……。」
「へぇ……。職場で……。宮廷だったら、百発百中、
明継は顔が真っ青になった。
衝撃も凄まじい。『捕まる』の文字がグルグルと目の前を塞いだ。
此の前の道を挟んだ光の不信な人物は、
節の存在で思考を阻まれていたが、慶吾隊が動いていれば、宮廷の内情を調べ明継の監視をするだろう。
だが一国の皇子を決める儀式を、紅を保護するためだけに利用して早めるのは考えずらい。
女中の話では、紅の後ろに大きな人物が居る様な発言をしていた。
明継が口をつく。
「では、捜査上に上っている人物の名前が噂になったと……。」
修一は小さく頷いた。
「此の侭では、捕まるのも時間の問題か……。」
明継が、諦め口調で溜息を吐く。
今迄の律之の様子から、自分が捕まるのは予測していた。
|其れでも、紅を側に置きたくて、色々と考えていただけだった。
「犯人の酷さだろ。自分の都合の良いように考えているだけだ。自分の事しか考えていないではないか。少年の家族はどうなる。子供が消えたら苦しいだろうに……。今更、帰っても時間は戻らないだろ、生きているかどうかも分からない状態で生活していたら、酷すぎるだろ……。」
心が痛くなった。
紅の幸せだと云っていたのが、自分の我侭だとは、気が付いていた。
正当化するだけ正当化して、自分の犯した罪に目を瞑っていた。
「でも、帰してやった方が少年のためにも良いだろうな……。其の友達は、犯罪者になるけど、自分でした事の落とし前を付けるべきだな。」
「では、其の……友達は罪を償うべきだね。」
「好機ではないの。罪を償うのには……。其れに、少年の幸せを考えるなら開放して上げるべきだね。」
幸せを考えるならと修一の言葉が心に残る。きっと、紅はあんな狭い世界で窮屈な生活を強いられていると考えていた。其れが、明継にとって紅に対する負い目になっていた。
分かっていたつもりでも他人に言われるのは余計、現実を知った。
「きっと少年は、男を怨むよな……。」
「多分な。今は、男に懐いていても、他の奴等に男の悪口ばかり聞かされて……。洗脳が溶けるよ。現実を知って怨むのは道理だ。」
刃物で刺された様な熱い痛みがある。傷は心を抉り心から黒い血を流す。
「其れは辛いね。嫌われるのだけは……。」
言葉に出すだけで、壊れそうになる明継。
其れでも、嫌われるのは嫌だが忘れられる方がもっと苦しく、怨まれて覚えてもらった方が良い様な気になった。
「仕方ないだろ。自分が起した事だから……。蟲の良い話はないだろ。好きなら相手の事を一番に考えるべきだろ。相手の幸せも。」
明継は修一の顔を唖然とした侭、見詰めた。
怨まれて仕方がないと口を噤んだ。
無言で居る明継に修一が勘違いして云った。
「へぇっ……、違うの。其の友達は、少年の事が好きではないのか……。」
「そりゃぁ。其うだけど……。まるで恋人みたいな口調だったから。」
明継が言葉を濁すと、修一は意味ありげな溜息を吐いた。
明継の反応を見て、無理矢理話を変えてくれた。
「幸せって云うのは、本人が決める事だ。他人が不幸だと思っても自分が、そう思わなければ良い。」
「もし、少年が男の側に居たいって云ったら……。」
「う……ん。少年は新しい世界を知らないから、外に出る恐怖心からかもよ。新しい世界に興味が湧いたら、違う道を歩んだだろうね。結果的に同じだから、そうなる前に辛くても元の生活に戻してやるべきかも。」
「やっぱりそうだよな……。」
明継が想像していた事と、同じ言葉が返って来る修一に、嬉しくなった。
明継がした事が犯罪者であると一般的考えであるが、彼一人の意見では紅に対する独占欲の間違いな気になっていたのだ。
「其の友達に伝えてくれよ。大切なら守るばかりではなく、現実を見せてやれよ。少年を逃げ場にするな。まだ、少年に大の人間を支えるだけの技量はないだろ。可哀想だぞ。」
明継は小さく頷いた。
背広のかくしに手を当てる。
明継は深々と頭を下げると、修一を見詰めた。
紅を元の生活に戻す当初の目的を逸脱し、紅を隔離する事ばかり考えていた明継に修一の言葉は重かった。
今の危機を好機に考える事にした明継。
明継は我に帰った。今迄は、紅のためにならないと理由を付けて、知らず知らずの内に自分の都合の良いように考えていたのだ。
此れこそ、紅を元に帰す機会を失ってしまう。
「友達は何て云うだろうね。」
友達を強調して修一は、|卑しい笑いを浮かべた。どうやらもう気が付いているらしい。
「そうだな……。友達なら、自首するだろう。
「有り難う。」
明継は微笑した。
助けるつもりでも、危険にさらしていた明継の考え。自分の罪を償う決心をした。
修一は、明継を後にして帰って行った。
「故郷に何時でも帰っておいで……。」と最後に残す。
明継は、力強く足を走らせた。
前まで考えが纏まらなかったが、慶吾隊や節の出現に得体の知れない者の不安を感じていた。
慶吾隊の力を借りて、紅を探しているのなら納得が行く。証拠が無くて捕まえられなかったのなら頷ける。だから、ジワジワと黒い影が見え隠れしたのかもしれない。其れなら、紅を開放して上げる方が楽だろうと明継は考えた。
紅に会いに帰る事にした。
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