11「誰か――!!」
サイレンは軍を率いて行ってしまった。
彼が連れていった兵は、動員限界の4,000人のうち3,500人。
残り500人はここ領都で、防衛に当たる。
サイレンは、手話指揮が可能な上級将校を1名残してくれた。
なんと、副司令官。
サイラス領軍のナンバー2だ。
頼りにさせてもらう。
こちらは籠城戦だし、敵の大部分はサイレンの主力部隊が倒してくれる手はずなので、大丈夫だとは思うけど……。
心配で仕方がない私は、革鎧と革兜を着込んで領都の城壁に上がる。
いざとなったら伝令兵として働くつもりだ。
サイレンにバレたらめちゃくちゃ怒られそうだけど。
城壁の前――弓兵たちの視線の先には、異世界ではあり得ないような光景が広がっている。
モニタ。
モニタである。
空中に巨大な画面が映し出されていて、画面の中の副司令官が手話による指揮を執っているのだ。
これこそは、私とサイレンがこの数週間をかけて作り上げた最終奥義魔法、【Web会議システム】!!
……というのは冗談で、【
実は、映像を投映する魔法というのは既にある。
【
さらに、自分が見聞きしていることを遠隔地の相手に伝える魔法もある。
【
【テレパシー】は、相手の脳に直接語りかけることもできる。
じゃあ全軍相手に【テレパシー】で指揮すればよいのでは? とも思ったのだが、それは不可能なようだった。
【テレパシー】は燃費が悪い魔法で、数千人を相手に思考を伝えるなんてことをしようと思ったら、たとえ優秀なサイラス軍の魔法使いでも、あっという間に魔力が溶けるのだそうな。
というわけで、【キネトスコープ】と【テレパシー】を組み合わせて作ったのが、【テレビジョン】だ。
城壁の上で戦場を俯瞰する副司令官が、手話で指揮をする。
その様子を見つめている魔法使いが、その様子をモニタのようにして空中に投映する。
モニタは城壁を取り囲むように数百枚が等間隔で浮かんでいる。
兵士たちはモニタを見ながら、リアルタイムに指揮される。
何ともシュールでありながら、実用的な光景だ。
サイレンが率いる主力軍の方でも、これと同じ光景が繰り広げられているはずである。
Web会議システムに照明弾……ホント、異世界とは思えない光景だな。
◇ ◆ ◇ ◆
最初の数時間は、散発的に飛行系の魔物がやってくる程度だった。
サイラス軍の弓兵は王国最強だと評判だ。
そんなこんなで、最初の数時間はラクだった。
が、それは言わば、伏線だったのだ。
やがて、
「うわ、出た……」
人型は厄介だ。
ハシゴや投げ槍、弓矢といった道具や、果ては
武器・兵器を使うだけの知能があるのだ。
しかも軍団でやってくる。
一方、動物型の魔物の相手は、容易い。
城壁の上から矢で射ったり、岩を投げ落としてやれば何とかなる。
動物型には知能が無い。
だが、人型はまずい。
まずいまずいまずい!
なんてことを考えている間にも、私の目の前にハシゴが架けられた!
恐る恐る見下ろすと、筋肉ムキムキなオークが登ってきている。
ひぃぃいいい! 貞操と命の危機!
私は大慌てでハシゴを押し返そうとする。
が、重くてびくともしない。
私が必死にもがいている間に、オークが登り切った!
オークが私に手を伸ばす。
い、嫌っ、誰か助けて!
――そのとき、オークの額から矢が生えた。
ほぼ同時に左右から兵士が駆けつけて、オークの死体ごと梯子を押し返してくれた。
ハシゴが倒れ、後続のオークたちが落ちていく。
あぁ、怖かった!
『奥様は下がっていてください!』
『奥様にお怪我をさせてしまっては、私たちがサイレン様に殺されます!』
顔面蒼白な兵士たちの訴えに、私は『ごめんなさい』『もうしません』を繰り返した。
◇ ◆ ◇ ◆
さらに数時間後。
領都はもはや、魔物たちの『波』に飲み込まれているようなありさまだった。
まさか、サイラス軍が全滅したとでも言うの!?
違う……これ、きっと別のスタンピードだ!
魔の森というのは、広い。
広大な森の中で、スタンピードに触発されて別のスタンピードは発生しても、何もおかしくはない。
そのはずだ。
絶対に、そう。
サイレンたちは、無事なはずなんだ……。
「――あっ」
画面の中で、副司令官が胸を射られた!
倒れる。
だ、大丈夫だろうか……致命傷じゃなければいいけど。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
誰かが指揮を引き継がなければならないのだ。
でも、誰が?
城壁はどこもハシゴだらけで、押し返すのに手いっぱい。
登り切ったゴブリン、オーク、オーガたちに抑えられてしまった一角まで存在する状況だ。
見渡す限り、誰もが目の前の状況に手いっぱい。
1分……2分……どれだけ画面を見つめても、副司令官を引き継いで立つ指揮官は現れない。
今はかろうじて、持ちこたえている。
非戦闘員たちにハシゴ外しと落石を任せ、弓兵たちが剣を取ることで、登ってきた魔物たちを斬り伏せているのだ。
だが、それも恐らく、長くはもたない。
何しろ、統率者がいないのだから。
魔物に入り込まれてしまった街の末路は、悲惨だ。
城門を開かれ、魔物の軍勢に侵入され、男は殺され、女子供は犯されてから攫われるか殺される。
ありとあらゆる財産が奪い尽くされ、奪い切れないものは燃やされる。
……そういう、ものだ。
今必要なのは、手話で指揮ができる指揮官だ。
誰か、いないか?
指揮ができる人材は、もう残っていないのか?
誰か、誰か誰か誰か誰か――!!
「…………あ」
私は、思い至った。
「いた。ひとり、ここに!」
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