12『私が指揮を執ります!』

 私だ!!

 何の話かって?

 手話で指揮ができる人材の話である。


 私は副司令官が倒れた現場まで走りながら、妙にハイテンションになっているのを自覚する。

 恐怖と重責と興奮が一周回ってハイになっているのだろう。


 軍隊を一度も動かしたことのない人間に、指揮なんか執れるのかって?

 んっふっふっふっ……

 毎晩ピロートークで領主直々に仕込まれた戦術論を舐めるなよ?

 しかも私、前世ではFPS大好き社会人だった。

 指揮官役で、数個分隊――数十名を指揮した経験もある。

 500名の弓兵プラス数百名の非戦闘員を指揮するのはちょっと心許ないが、私がやらなきゃ全滅するかもしれないんだ。

 腹をくくるしかない。


 現場に着くと、【テレビジョン】担当の魔法使いがオロオロしていた。

 副司令官は手当てを受けている。

 かろうじて生きているようだ。

 が、あれでは指揮は無理だな。


『私が指揮を執ります!』


 魔法使いさん、驚きのあまり返事もできない様子だが、


『大丈夫。私を映して。早く!』


 私は畳みかける。

 魔法使いがコクコクとうなずく。

 と同時、私の姿が全周囲のモニタに映し出された。

 さらに、私の脳内に合計4つの光景が映し出された。

 東西南北4つの見張り台から戦場を見下ろしている4人の【テレパシー】持ち魔法使い。その視界である。

 これで、全ての戦場の情報が私に集中したことになる。

 私はすぐさま手話を始める。


『第21分隊から第25分隊は第4ブロックへ急行、敵を排除せよ。第2小隊付き非戦闘員は第3ブロックの防御急げ』


 まずは、瓦解寸前となっている場所の穴埋め。

 続いて、


『これを見ている動けるものは全員、ありとあらゆる家具で城門を塞げ。同時にありったけの油を城門へ集めよ。城門防衛部隊は敵破城槌の屋根に油を掛けて火矢を射掛けよ。ヤツらは破城槌の屋根を湿らせたなめし革で防御している』


 城壁の上から街の中を見下ろしてみれば、女子供に老人までもが、私の指揮に応えて動き始めている。


『大丈夫だ。我々はサイラス軍本隊が戻ってくるまでの時間稼ぎをするだけで良い。とにかく冷静に、防御に努めよ』


 人々の顔色が、少しだけ良くなった気がする。


『53分隊、第6小隊の被害者救助に向かえ。81から85分隊は第9ブロックの穴を埋めよ。第9小隊、対空警戒を厳にせよ! 第2小隊は――』


 東西南北、4つの戦場。

 それを細かく分けた12のブロック。

 各ブロックに配置された12個の小隊と、各小隊内の9つの分隊。

 4つの視界を脳内に展開させながら、自身の目では城壁内を観察しつつ、私は指揮を続ける。


 長い長い、終わりの見えない戦い。

 こっちを防いだと思ったら、あっちに穴が開く。あっちの穴を塞いだと思ったら、こっちが集中攻撃を受ける……。

 綱渡りの攻防。

 張りつめ続ける緊張。

 もよおし続ける吐き気と頭痛。目の前がチカチカしてくる。

 が、そんな様子は絶対に、モニタに映すわけにはいかない。


 私の命令に、命を懸けてくれる人々たちがいる。

 怪我をすると分かっていても、死ぬ可能性が極めて高いと分かっていても、それでも私の命令を聞き入れてくれる兵士たちがいる。

 なのに私が弱音を吐くなんて、絶対に許されない。


 私は彼らに、『死ね』と命じている。

『死守せよ』という言葉を何度も何度も使う。

 あなたの命を諦めろ、と命じる。

 命令を受けた兵士たちは、誇らしげな顔で死地へ赴く。


 私は、心が壊れそうになる。

 それでも、指揮を投げ出すわけにはいかない。

 ここで逃げたら、私の命令で死んでいった兵士たちに顔向けができない。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 長く長く、苦しい戦い。

 1秒だって気を抜くことのできない戦いが、どれだけ続いただろう?

 時間の感覚があいまいだ。

 さすがにもう、疲れた。

 兵士たちが、死んでいく。

 私が命じたから、死んでいく。

 彼らの悲鳴が聴こえてくるような気がする。

 断末魔の悲鳴すら、【沈黙の魔王】に奪われてしまっているというのに。


 もう、嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 何もかも投げ出して、目をつぶって、耳を塞いでしまいたい。

 逃げたい。

 助けて、助けて――

 助けて、サイレン!!





 ……そのとき、私は視界の端に違和感を覚えた。





 東方面の視界。

 波のように地面を埋め尽くしていた魔物の群れが、真っ二つに割れ始めたのだ。

 その割れ目、鋭い槍のように直進してくる騎兵の部隊は――


「サイレン!!」


 サイレンだ!

 サイレンを先頭に据え、彼のスキル【鼓舞】によって全身を輝かせた騎兵数百騎が、魔物の群れに突進する。

 魔物の群れは、まるで豆腐のような柔らかさで瓦解していく。


「あは、あはは!」


 思わず笑ってしまうような光景。


『勝ったぞ!』


 私は手話で領軍・領民を鼓舞する。


『サイラス軍が勝利した! 英雄サイレン率いる本隊が助けに来てくれた! もう少しの辛抱だ。全力で防御せよ!』


 サイレンが剣を振るうたびに、魔物がダース単位で吹き飛ばされる。

 彼らの軍勢が、文字どおり波を割って城壁に到達する。

 城門は西側にある。

 彼らは北回りに城壁沿いを疾駆し、魔物の群れを切り裂いていく。

 勢いそのままに城門に達し、破城槌を構える敵の軍勢をバッタバッタと薙ぎ倒し、あっという間に城門前を確保した。


 門が開き、彼らが入城してくる。

 城壁から、東西を突っ切る大通りを見下ろしてみれば、サイレンがものすごい勢いで馬を走らせる姿が見えた。

 サイレンと、目が合った。

 この安心感は、同時に全身を駆け巡る興奮は、何だろう!


 やがて彼が城壁に上がってきた。


「ラ・イ・ト!」


 強く強く抱きしめられる。

 が、それも数秒のこと。

 今、ここは戦場なのだ。


『我々は、勝った! 勝利したのだ。もはや何も心配はない』


 サイレンが指揮を引き継ぐ。


『弓兵たち、よく戦った! 魔物との戦闘は我々に任せ、諸君らは防御および負傷者の救助に専念せよ』


 弓兵たちの体が輝き始める。


『騎兵たちは、事前の指示どおり小隊単位で各ブロックへ移動し、速やかに敵を排除せよ。第1小隊は半数を第2ブロックへ急派させ――』


 私は、東の地平線を見る。

 軍主力の重装歩兵数千名が、堂々と、着実に近づきつつあるのが見えた。


 勝ったのだ。

 私たちは、勝った。

 そこから先の記憶はない。

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