10『行ってくる』

 これが世に言う『レス』ってやつ!?

 えっ、早くない!?


『違う違う、勘違いしないでくれ!』


 よほどショックが顔に出ていたのか、サイレンが大慌てで否定してくれた。


『私は毎晩だってライトを……抱きたいよ。ただ、事の前にやっておきたいことがあって』


 サイレンがポケットから2つの小箱を取り出した。

 この形状、この雰囲気。

 まさか――。


 サイレンが蓋を開けた。

 その、まさかだった。


『すまない。すっかり遅くなってしまった』


 結・婚・指・輪!!


『改めて、私と結婚してくれ。絶対に幸せにする』


 サイレンが私の左手を取って、薬指に指輪をはめた。


「――――っ!!」


 歓喜に脳が震える。


『はい、喜んで!』


 私はサイレンの分の指輪を取り、彼の大きな指にはめる。


 どちらからともなくキスをする。

 そうして2人、倒れ込んだ。

 そこから先は、手話も要らないコミュニケーション。





   ◇   ◆   ◇   ◆





『欲しいものはないか?』


 事の後で、汗だくのサイレンが聴いてきた。


『特に何も。衣食住に仕事に笑顔に愛に。欲しいものは全部頂いています』


『お前はまた』顔を赤くするサイレン。『恥ずかしいことをさらりと』


 恥ずかしい?

 あー……この、欲にまみれた愛のことね。


『ですが、やりたいことならあります。あなたに手料理を振舞いたいし、一緒に街を歩きたい』


『私もだ。だが……』


『分かっています。今は手話と城壁が最優先、ですよね』


『すまないな』


『謝らないでください。諸々落ち着いたら、お付き合いしてくださいますか?』


『喜んで』





   ◇   ◆   ◇   ◆





 数週間、穏やかな日が続いた。

 手話は今や領都サイラスの住人全員に熟知されており、城壁造りのみならず、軍隊の運営や兵站の運営、住民の一挙手一投足に至るまでのあらゆる生産性を爆上げさせた。

 城壁も、第1弾の魔の森前面数百メートル分が完成して、今はさらなる延伸工事に邁進している。


 ……一方で、魔の森内の魔物が活発化しているとの報告も上がってきていた。

 壁ができたことで余裕が出た兵を、斥候に出していたのだ。

 今までロクに斥候を出せていなかったので、本当に以前と比べて活発化しているのかは判断が難しい。

 が、備えるに越したことはない。

 街は、ピリピリしていた。

 そうして――


『スタンピードです!』


 ある夜、サイラス邸の食堂へ、伝令兵が駆け込んできた。

 サイレンは食事を中断し、速やかに帯剣して外に出ようとする。


『家で待っていろ、ライ――』


『イ』 の指文字、サイレンが立てた小指に、私は自分の小指を絡める。


「や・く・そ・く」


 私は唇を動かす。


『約束です。絶対に生きて帰ってきて』


 サイレンは力強くうなずいてくれた。


『行ってくる』

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