友達

 008



 一週間後。



 ティカルは、荘厳でクラシカルな佇まいの大きな学校へ来ていた。



 魔術学院ではなく、普通の教育を行う普通の私立学校である。魔術とは、そもそも選ばれた人間にしか扱えないモノのため普通教育では歴史を学ぶ程度だ。



 ティカルに魔術は習わせない。アイロニの強い意志が、この学校選択からも伝わってくる。



「は、はじめまして。ティカル・スペルマインです」



 まさか、主人と同じファミリーネームを名乗ることになるとは。恐れ多すぎて、緊張とは別の理由で彼女は震えていた。



「メイドさんだ!」

「なんでメイド服きてるの!?」



 自己紹介するやいなや、クラスの女子たちから素朴な疑問をぶつけられ注目されるティカル。普通の服を着ていけと命令されていたが、彼女はアイロニが仕立ててくれたこれ以外を身に着けたくないのだ。



「ふっ。耳の生えたメイドか、萌えるな」

「ああ、僕たち若い世代にとって人種の優劣なんてどうでもいい。確かなのは、あの亜人メイドが『かわいい』という事だけだ」



 マセガキもいるようだった。



「メイドだからメイド服を着てます。ご主人様に頂いたんです」

「働いてるの!? 偉い!」



 どうやら、魔術を扱う人間以外は人種による差別への意識が薄いようだ。少年たちがそう思っているということは、その両親にも差別意識がないという事に他ならない。



 つまり、血統を尊ぶ魔術師と貴族階級のみが過去の人種差別のバイアスに囚われているのだろう。ティカルは、これまで自分が出会った人間が王と貴族だけであった事を思い出して考えた。



「思い出した。スペルマインって、アイロニ様の家の名前じゃん」



 昼休み。



 給食を食べながらグループの男子であるファルコがポツリと呟いた。



「ご存知なんですね」

「そりゃ、うちの街の領主だからな。でも、あの兄ちゃんが人を雇うなんて信じらんねーなー」

「に、兄ちゃん?」



 フランクな呼び方に、ティカルは度肝を抜かれていた。



「アイロニ様、家ではどんな感じなの?」



 続いて、正面に座る少女ミリアが興味津々に聞いた。



「と、とても真面目にお仕事をされてます」

「ずっとお仕事してるの?」

「はい、街の方々が心地よく生活出来るように頑張ってらっしゃいます」



 半分くらい嘘である。しかし、こうして良い噂を流してアイロニの評判をあげようという彼女のちょっとした作戦なのであった。



「でも、この前お店に来て絵の具を見てたよ。僕、店番してたらいっぱい質問されたもん」



 ギクリ。斜向いに座る男子ヴィンスがあどけなく言った。どうやら、彼はアイロニが通う画材屋の息子らしい。



「お、お休み中だったのかと思います。領主様とはいえ、お休みは必要です」

「すっごく真剣にさぁ。『坊主、この水色はこっちの水色と何が違うんだ?』なんて聞いてきたよ」

「へぇ、兄ちゃんってお絵描きが好きなんだ。似合わねー」

「でも、僕が説明したら真剣に聞いてくれたよ。結局どっちも買っていったけどね」



 どうやら、アイロニは本当の意味で人によって態度を変えるという事をしない男のようだ。



「あたしねぇ、この前マーケットでお買い物してるの見たよ。『何してるんですか?』って聞いたら『サンドイッチに飽きたから、そろそろ新しい料理をな』だって。あれ、ティカルちゃんに教えてあげるためだったんだね〜」



 そういえば、ここ一週間でアイロニから幾つかのレシピを教わっていたとティカルは思い出した。



「あの兄ちゃんが人を雇うなんてあり得ないって、ウチの親父も言ってたわ」

「雇った子には、実は凄い魔術の才能があるんじゃないかって噂もあるよね」

「そうなの!? ティカルちゃん、魔術使えるの!?」

「つ、使えませんよ。誤解です」



 どうやら、柄にもない事をしたせいで根も葉もない噂が街には立っているようだ。もちろん、アイロニの読み通りならばティカルには才能があるという事なのだが。



「ティカルちゃん、アイロニ様のお家で働くまではどこに住んでたの?」

「えっと、田舎の小さな村です」



 適当な嘘をついて誤魔化した。少しだけ、罪悪感が植え付けられた。



「それよりですね、ファルコさんとミリアさんのご両親は何をされているんですか?」

「えっとねー、あたしのパパはバーテンダーだよ。アイロニ様もよく飲みに来るって言ってた」

「俺の親父は建築家。アイロニ様の風呂は俺が設計したって、酔っ払うといっつも自慢してくる」



 どうやら、それぞれがアイロニと深く関わりのある家の子供のようだった。アイロニは、ティカルが思っている以上に街の人間と関わりを持っているらしい。



 人が大嫌いというのなら、関わる事が仕事であると割り切っているのだろうか。それにしては、彼らの反応はあまりにも自然だ。

 人と関わる上で、上辺だけの人間の腹の中というのは察せられるとティカルは気付き始めている。その例に倣うなら、彼らがこんなにも主人を慕うハズがない。



 不思議だ。アイロニには、一体どんな景色が見えているのだろう。



「そうだ。今日の放課後、アイロニ様の家に遊びにいっていい?」

「い、いいワケないですよ。絶対によくないです」



 しかし、そんな常識が通用するワケもなく。



「お絵描きする暇があったら俺らと遊びなよ。コラ」

「アイロニ様〜、魔術見せてよ〜」

「この前の水色、どうですか? いい色ですよね?」



 迎えに出した馬車には、何故か見知った顔の子どもたちが3人、ティカルと一緒に乗っていたのだった。



 これはどういうことかと思ってティカルを見ると、彼女は申し訳なさそうな顔をして俯いた。断ってはみたものの、生まれて始めて出来た友達の願いを拒否しきれなかったといったところだろう。



 ため息。アイロニは、頭を抱えてタバコを吹かした。



「黙れ、クソガキども。忙しいから庭で遊べ」

「は〜? 今度遊んでやるって言ってから一ヶ月以上経ってるんだけど? 兄ちゃんって嘘つきだったのか?」

「お願いだよ〜、あたしにはアイロニ様の魔術からしか得られない栄養素があるんだよ〜」

「新しく見つかった魔物の体毛を使った筆がとてもいいと評判です、一本どうですか?」



 それぞれが言いたいことを好き勝手に喋ってメチャクチャだ。そんな様子に根負けしたのか、アイロニはタバコの火をネジ消すと玄関を開けて屋敷の中へと子供たちを誘った。



「あわわ……」



 ティカルは、完全に混乱していた。ドタドタと屋敷に入って走り回る3人の友達の姿にもそうだが、それを受け入れるアイロニが信じられなかったのだ。



「友達か」

「は、はい。給食の同じグループになりまして」

「なら、お前はあいつらと遊んでおけ。茶と菓子は俺が用意する」

「そんな! いやいやいやいやいや! わたくしがやります!」

「クソガキがダチの前でいっちょ前にメイド面するな。集中出来なくてカップを割るのが目に見えてる」



 実を言うと、ティカルの尻尾は嬉しさのせいでさっきからピョコピョコと左右に振れまくっている。ともすれば、すぐに爆発して走り出しそうな雰囲気すらあるのであった。



「……も、申し訳ございません」

「勘違いするな、仕事が終わっているだけだ。絵を描く邪魔をされた貸しは必ず返してもらう」

「分かりました。……あの、ご主人様」



 その時、アイロニはいつも動かない表情の、目を少しだけ見開いた。



「ありがとうございます」



 何故なら、ティカルが無邪気に笑ったからだ。

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