第19話

「「「あぁ疲れた〜」」」


 教室に戻っての第一声が綺麗に揃う三人。


 俺、ジーク、パメラである。


「なんでテンセまで疲れてんだ」

「私達を見捨てて逃げたくせに」

「こっちもこっちで勧誘にあったんだよ」


 そう言うと、なら納得だみたいな反応をする二人。


 もしかしてだが、俺があの四人の師匠だからって変な勘違いしてるんじゃないか?


「前にも言ったが、俺はあいつらの師匠だが全然強くもなんともないからな」

「確かにテンセは強くは……ないな」

「うん、強くはないね」


 いや、知ってるけど。


 知ってるけどそんな連呼しなくてもええですやん。


 師匠が無条件でメンタル強いと思わないでくれ。


「意気消沈した。誰か慰めてくれないかな」

「では私g」

「ステイ!!」


 遠くから聖女の声がしたので、事前に動きを止めておく。


 代償にクラス中から、なんだあいつ怖ぁ〜みたいな目線を向けられることになるが、師匠バレよりは安いものである。


「エリーのあの性格は美徳であり危険だな」

「はぁ!?そこがいいんだろ!!」

「全く、テンセは何も分かってない」

「俺の味方は存在しないのか」


 それから授業が始まるまで唐突に始まった二人の賢者と剣聖トークを聞き終えたかと思えば、その後の授業も先生の勇者トークを聞く羽目となった。


 結局授業後は復習をし、休憩する暇もなくまた授業を繰り返す。


 時間というものはあっという間に過ぎ去り、そして昼休みとなった。


「悪い、お前ら。昼一緒食おうって誘われたんだった。今日はちょっと無しで」

「あ、私も同じ状況だった。ごめんねテンセ、まだ学園に来たばかりなのに」

「いやいや、むしろ二人は元々学園で過ごしてたんだ。ポッと出の俺だけじゃなくて昔からの友人とも仲良くしないとな」


 それに


「一応俺も弟子との約束があるんで、今日は遠慮しようと思ってたんだ」


 そう言うと、二人がガタガタと震え出す。


「も、もももももしてかしてテンセ。あ、あの方々と一緒に?」

「バ、バカ言うなパメ。そ、そんなはずないよな?な!?」

「目が怖いんだよ。安心しろ、ごく普通の生徒だ」


 なーんだと二人は安心した笑みを浮かべる。


 他の三人ならまだしも、レナとなんて毎日一緒に机を囲んでいるわけだが、この話をしたらなんかもっと恐ろしい反応をされそうなので自重しよう。


「それじゃあな」


 俺は手を振り、ジークとパメラと別れ、そのまま中等部へと向かった。


 だがここで、俺に悲しいお知らせが発生した。


「ハハ、どこだここ」


 迷った。


 またしても迷ったのだ。


 二日連続、しかも学園で迷うという珍事。


 まずい、今の姿を知り合いに見られたら100%笑われる。


 辛うじて周囲に人はいない為、俺の醜態は晒されていない。


「一旦戻るか」


 そうして振り返る途中、視界の中に窓ガラスが映り込んでこだ。


 軽く反射する俺の顔、新築かのように真っ白な学園の壁、そして飛び降りる一人の少女。


 いや……えっと……


「レヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」


 俺は急いで階段を下へと降りる。


 息を切らし下に降りると、木の枝と葉っぱを周囲に散らばらせたレヴィが号泣していた。


 運良く木がクッションになったお陰で、どうやら命は助かったようだ。


「大丈夫かレヴィ。どこか痛むか?動けそうか?」

「い、痛いです」

「分かった。今直ぐエリーを」

「心が……痛いです」

「と、飛び降りるくらいだからな」

「わ、私がバカだったんです。勝手に一人で舞い上がって、授業中に小粋なジョークなんか考えて、されど待てども待てども待ち人は来ず。あはは、さぞ私は滑稽だったでしょうね!?」

「なんか……ごめん」


 更にギャンギャン泣き出すレヴィを慰める。


 10分程泣き終えた後、俺はなんとか謝罪をする。


「俺昨日が初めての学園でさ。道に迷っちゃったんだよ。だからレヴィのクラスが分かんなくてさ」

「……グスっ。じゃ、じゃあ私のこと嫌いになったわけじゃないんですか?」

「ああ。弟子を嫌いにはならんよ」

「私を虐めたわけじゃないんですか?」

「ああ。ただのすれ違いだ」

「私のこと、本当は面倒くさいと思ってませんか?」

「それは……正直ちょっと」


 約束破られたと勘違いして飛び降りる子はさすがにな。


「そうですよね。これで否定されたら師匠さんとは距離を置いてました」

「お前中々図太いな!!」


 本当はメンタル強いだろ!?


「はぁ、もしかしてまた俺は変な弟子を取ってしまったのかもしれんな」


 まぁ、だからこそ


「よし、いっそここで飯にするか!!」

「は、はい!!」


 これからが楽しみなんだけどな。


 ◇◆◇◆


 その後、新たな弟子との会話で色々と分かったことがある。


 まずなんとなく分かってはいたが、レヴィは自己肯定感がかなり低い。


 口癖のように私なんかとか、私如きがと自身を卑下する言葉を使う。


 別に俺は気にしないどころか、むしろ師匠ポイントはプラスなわけだが、本人がそんな性格を直したいと語ってくれた。


「そ、そのままの自分でいいという言葉に感銘を受けましたが、それと同じように変わりたいという自分もいるんです。そ、それもまた私自身なのかなって」


 昨日出会ったばかりなのに、俺はまるで娘の成長を見守る父のように感激に震えた。


 もちろん師匠としては弟子の成長を手助けするわけで、今後レヴィの自信を付ける特訓を考えることにした。


 それからふと気付いたことだが、レヴィの顔は長い前髪で隠されているが、非常に整った顔立ちをしていた。


 というか、人形かと錯覚する程の美貌。


 俺の周りが人外クラスの顔面なので取り乱さなかったが、一般人が彼女の素顔を見たら気が狂う可能性すらあり得る。


 むしろ何故ここまで卑屈に育ったのかが逆に不思議だった。


 いや……だからこそ……か?


「レヴィってみんなに期待されてる、みたいな話してたよな」

「は、はい。分不相応なことは自分が一番分かってます、はい」


 おそらくだが、生まれついての重圧に心がまだ追いつけなかったパターンか。


 周りの期待に応えられない時、自分がダメだからと自身を守るための言い訳を作り出すのだ。


 という持論でも展開してみるか。


 根拠は一切ないけど。


「す、凄い、さすが師匠さんです!!」

「へへ」


 さすが俺だ。


 それっぽいことを言う大会があればベスト128以内は確実だろう。


「し、師匠さんは何でも知ってるんですね」

「まぁ師匠だからな」

「じゃ、じゃあ一つ相談してもいいですか?」

「当たり前だ。むしろじゃんじゃん相談してくれ」


 俺がそう返事をすると、周囲の空気が変わる。


 まるで時間が止まったかのように感じ、心臓の音が嫌なくらい大きく聞こえる。


 開いた口を閉めることを忘れてしまい、乾いた喉を潤すように俺は生唾を飲んだ。


 そして、それを合図とばかりにレヴィもまた口を開く。


「と、友達の作り方を教えて下ちぃ」

「なる……ほど。確かに一大事だな」

「そ、そうなんです!!ゆ、友人。一体人間はどのようにして友好を結んでいるのでしょうか!!」


 迫真だった。


 今までの自信の無さなど微塵もない、燃えたぎるような熱意を感じる。


 さ、さすが俺の弟子だぜ。


 その熱意に俺も師匠として何か返してやりたいが、残念ながら俺も友達が多い方ではない。


 誰か参考になる相手はいないだろうか?


 俺は頭の中で知人を思い浮かべる。


『ワタシ、ヒト、コワイ。だから切る』


『人付き合い?あまり興味がないわ。有益な相手ならまだしも、あまり不特定多数に時間を割くほど暇じゃないの』


『え、だるい』


『皆さんお友達ですよ。コツ……ですか?簡単ですよ。笑顔で挨拶をする。それだけです』


 クソ!!


 最後以外全く役に立たない!!


 しかも最後に関しても、あれは人類の極地。


 クソ雑魚メンタルのレヴィが数秒で間違いなく死んでしまう。


 他の、他の奴はいないのか!!


『切ればいい。殺し合って、命をかけた相手を俺はライバルだちと呼ぶぜ』


『友達?うふふ、そんなのお父さんを捕まえる時に全員捨てたわ』


 子供を捨てるクソ親は俺の脳内に入ってくるな。


 やはり、やはり頼りになるのはあの二人しかいない。


『そうだな……まぁ、気の合う奴を根気良く見つけるしかないんじゃないか?俺とテンセみたいにさ』


『信頼出来る人……とかかな?私もハッキリは言えないけど、一歩を踏み出す相手って、やっぱり自分を曝け出せるような人だと私は思うな』


 うん、さすが過ぎるな。


 俺は脳内ジークと脳内パメラの言葉を引用する。


 すると、レヴィは目を輝かせた。


「な、なるほどです。気が合って……信頼出来る……あれ?」

「ん?どうした」

「い、いえ、何でもありません」

「そうか。ならいいが」


 何故か俺のことをジッと見た後、それを否定するようにレヴィは首を横に振る。


 それと同時に、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。


「あ……」

「もうか。時間が経つのは早いな」


 俺は大きく背伸びをする。


「レヴィと話せてよかったよ」

「わ、私もです。師匠さんには本当に感謝ばかりで、どうやって恩返しをしようか……」

「師弟には恩も仇も無しだ。そんな大それたこと考えなくていい」

「で、でも」

「なら、これからも俺の弟子で居続けてくれ。それだけでいい」

「そ、そんなのむしろ私が」

「レヴィ」


 俺はレヴィの目を見つめる。


 彼女も同じように目を合わせた。


「また今度な」

「はひ」


 俺は軽く手を振り、レヴィに別れを告げた。


 ふふ、決まったな。


 いつも弟子達が駄々をこねる時はいつもこの方法を使うが、やはり他の弟子にも効果は的面だったな。


 きっと俺のあまりの師匠エネルギーに恐れ慄いているのだろう。


 俺はこれからの弟子の成長を想像し、密かに笑みを浮かべるのであった。

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