第18話

 その後、幻かと思っていた弟子との邂逅を果たしたことで元気一杯の俺は……誘拐された。


 意味が分からないと思うが、俺だってよく分かっていない。


 ウキウキで教室へと戻る最中、突然背後から口に何かを当てられ意識を失った。


 目を覚ませば両手両足を椅子に縛り付けられている状態。


 そして目の前には複数の人間がジッと俺を見つめていた。


 こいつらの目的、俺レベルとなれば流石に察しがつく。


「お前ら、俺の師匠力に恐れをなした三下共だな。クックック、分かるぜその気持ち。超えられない壁を見た人間の行き着く先は皆、同じだからな」

「コイツ、頭がおかしいのか?」


 誘拐された人物に頭がおかしいと言われてしまった。


 俺へと話しかけてきた人物は、明らかに普通とは違った。


 煌びやかな装飾品。


 立ち姿、仕草、その全てに高貴さを漂わせている。


 その上、ジークと遜色がない程のイケメンときた。


 これだけの情報があれば間違いないだろう。


 この男の目的は


「お前!!パメラを狙ってる男だな!!あいつにはジークがいるんだ!!絶対にやらんぞ!!」

「貴族である僕様になんたる口を聞くのだ、貴様は」


 へ!?


 き、貴族だって!?


「へ、へへ、これは失礼しやした。貴族様ともあろう者が、この平民に何の御用でしょうか。あ、靴舐めます?」

「……おい。まさかと思うが、本気でこの男が聖女様と親しい間柄だと思ったのか」

「で、ですがこの男は!!」

「ええい!!言い訳は聞きとうない!!」


 貴族が指を鳴らすと、一人の男が「あ〜れ〜」と泣きながら消えていった。


 恐ろしい程の展開の早さだ。


 新手のドッキリかと思ったが、そうではないらしい。


 となれば、そろそろ真面目に対応しないとだな。


 昨日カリナに約束しちまったわけだし。


「あなた様は聖女派でよろしかったでしょうか?」

「ふん、どうやら痴呆ではあるが阿呆ではないようだな」


 鼻を鳴らす男は胸の中から十字架を取り出す。


 あれは紛れもなく、昔エリーが道端で無料配布していた安物の十字架だろう。


 こいつ、平気な顔で古参アピールとはやるではないか!!


 だが、俺はこれでも一端の師匠。


 この程度で勝ちを誇られるわけにはいかないな。


「な!!き、貴様!!それはまさか!!」

「はて?どうか致しましたか?」

「……なるほど。あやつが聖女様との仲を勘繰ったのも仕方ないこと。貴様がまさか、我々と同じ敬虔たる信者だとはな。こやつの縄を解いてやれ」


 慌てた様子で丁重に手足の縄が解かれる。


「すまなかったな、平民……いや、同志よ。これは我々の不手際だ。ゴディスの名の元、ここに謝罪を示そう」


 そう言って頭は下げずとも、申し訳なさを感じさせる表情を浮かべる貴族。


 どうやら俺の想像する貴族とは少し違うようである。


「ゴディス家と言えば、あの公爵の。先程は大変失礼致しました」

「いや、謝罪はいい。貴様もあのお方を信仰する者であれば、多少の不躾は快く受け入れよう」


 そう言って、わざわざ席を用意してくれる貴族。


 普通、平民が貴族の、しかも公爵と同じ席に座るなど言語道断。


 いくら学園が身分を取り払うと謳ったところで、先程の光景然り、その差は決して埋まらぬものである。


 にも関わらずこの姿勢を貫く理由は、この男が聖女派故のものだろう。


「改めて名乗ろう。僕様の名前はエリック・ゴディス。察しの通り神を、そして聖女様を信仰する一人だ」

「初めましてエリック様。俺の名前はテンセ。聖女様のしがないファンの一人です」

「ファン、か。聖女様が過去に発言された言葉を使用するとは、やはり貴様は素質があるな」


 嬉しそうな笑みを浮かべるエリックがまたしても指を鳴らすと、机の上にいくつかの茶菓子が置かれる。


 どれもこれもが俺の地元じゃ決して手に入らないであろう高級品ばかりだ。


「美味!!エリック様、これ食べてもよろしいのでしょうか?」

「食べながら問う奴がいるか。全く、奇抜な点は素か」

「それでエリック様。俺が聖女様と関わりがないことは分かっているとは思いますが、どうしてまだ俺はここにいるのでしょうか?」

「なに、大した様じゃない。先程は尋問、もとい拷問をしようとしていたが、貴様があのお方のファンであるならば別の目的が生まれたわけだ」


 え?


 今ナチュラルに拷問って単語出なかった?


「へ、へぇ、話の続きは気になりますが授業が始まりますので、俺はここで失礼を」

「問題ない、出席は僕様の力でどうにでもなる。まぁ座れ」


 取り巻きの人達に体を抑えられる。


 そして机に一枚の紙が置かれる。


「お願いです助けて下さい。可愛い妹を置いて死ぬわけにはいかないんです。あ、靴舐めます?」

「何の話だ。僕様が貴様に伝えたいことはただ一つだけだ。あと靴は舐めるな」


 俺は薄目で紙をチラリと見る。


 そこには堂々と


『聖女様好き好き大好きクラブ』


 という謎の言語か書かれていた。


「どうだ?我々と共に、聖女様を陰から応援してみないか?」

「……」


 おい嘘だろ。


 この金も名誉もあるイケメンが所属する部活が……聖女様好き好き大好きクラブ……だと?


 バカな。


 イケメンに許される範疇を超えているぞ?


 俺が宇宙猫状態になっていると、迷っているものと勘違いしたのかエリックは言葉を続ける。


「この部活動の目的は、聖女様を崇め、そして幸せな学園生活を送ってもらうことにある。主な活動は今日の聖女様の素晴らしさを語ることだが、時には聖女様に仇なす存在を刈り取ることも内容の一つだ」

「もしかして、俺が攫われた理由も」

「そうだ。貴様が聖女様に接近したが故のこちらの手違いだったわけだ」


 確かにこれは、カリナが警戒していた理由も分かるな。


 秘密裏に独自の勢力図が生まれている光景は、どこか末恐ろしいものがあるな。


「どうだ?別に断ってもらっても制裁を加えるなんて野蛮な真似はしないが、僕様にとっても貴様にとっても悪くはない提案だと思うが」

「あぁ……確かに、エリック様となら上手くやっていけそうですね」


 彼が言いたいことは単純に、他の部活はヤバいぞという暗示だった。


 以前話した通り、貴族がいなければ部活動が成り立たないからである。


 何も学園の部活というのは遊びでするものではない。


 平民にとっては実績を、将来への架け橋を繋ぐ場。


 貴族にとっても同じく実績を、そして将来有望な人材を見つける為の場でもある。


 だからこそ、そこいらの部活動は貴族が死に物狂いで指揮を取り、平民は理不尽に耐える日々を過ごすことになるわけだ。


 流石に有用な人材には多少甘くはなれど、俺の様な指導力しかないクソ雑魚であれば間違いなく酷い目に遭うだろう。


 だからエリックの話というのは、実のところ俺にとってかなり嬉しい誤算なわけだ。


「正直言うと、結構引かれてはいます。さっき連れて行かれた人がどんな目に遭ったかは知りませんが」

「裏で反省文を書いているだけだ。後で貴様宛に送る為のな」

「ですが、すみません。とある部活動に入りたく、その貴重な申し出を断らせてもらいます」

「……そうか。なに、貴様程のファンであればここでなくとも密かに聖女様を守っているのであろう?ならば、そう畏まらなくてもよい」


 何故この人はエリーのファンであることだけでこんな信頼してくれているのだろう。


 さっき見せた物が物ではあるが、それでも随分と信頼されているものだ。


 エリックは席を立ち、お土産にと先程の茶菓子をいくつか包み渡してくれた。


 話に聞く貴族とあまりにかけ離れ、本当に貴族なのか疑うレベルだ。


「暇な時はいつでも来い。共に聖女様の愛を語り合おうではないか」

「あはは、その時はよろしくお願いします」


 俺が扉を開ければ、腕を組むエリックとその後ろで手を振る聖女様好き好き大好きクラブの皆が手を振ってくれている。


 最初は急に誘拐してくる頭のおかしい連中と思ったが、案外話せば分かる人達でよかった。


 俺もまた頭を下げ、部屋を出ようとした時


「最後に一つ忠告だ。他の聖女派が僕様のように温厚とは限らない。平民であるならば、あのお方との接し方には気を付けろ」

「……はい、肝に銘じておきます」


 俺は自身へと何度も問いかけた忠告を受け止め、聖女様好き好き大好きクラブを後にしたのだった。


「あ、そう言えば俺からも忠告したいことが……まぁ大丈夫だよな、きっと」


 ◇◆◇◆


「テンセか。中々気の合いそうな平民だったな」

「嬉しそうですね、エリック様」

「新たな同志と出会えたのだ。機嫌の一つや二つ、良くもなる」


 笑い声を上げるエリックだったが、その声は扉の開く音によりかき消された。


「誰だ貴様。ここがどこか分かっているのか」

「——どこだ」


 扉の先には、フードを被った小柄な人物が一人いた。


「貴様、話を聞いているのか。ここはゴディスの名を持つ僕様が所有している」

「——ちゃんはどこだ」

「ッ!!」


 フードを被る人物から発せられる圧に、エリックはつい後退ってしまう。


(僕様が臆しただと!?)


 あり得ないと頭で思うも、体がいうことを聞かない。


 既に他の面々も、幾人かは泡を吹いて倒れている。


「貴様……何者だ」

「……」


 フードの人物は質問に答えない。


 ただ問いかけることは一つだけ。


「お兄ちゃんはどこだ」

「おい……待て。そのフードはもしや!?」


 そして、輝く剣が引き抜かれた。

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