第12話

 逃げた先には珍しく楽しそうな様子のケイトがいた。


 当然騒つく周囲など気にも止めず、ケイトは少し大きめに話出す。


「実は僕も呼ばれてたんだ。授業どうだって」


 その言葉と共に俺は事態の状況を察する。


「あのめんどくさがりがどういう心変わりだ?」


 俺が誰にも聞こえない(剣聖と勇者を除く)独り言を呟くと


「自分の胸に聞いたら?」


 同じく遠目を見ながら呟くケイト。


 人に対して礼儀も尊敬も抱かないコイツだが、妙に気は遣えるんだよな。


 ……いや、嘘だ。


 ここに来た時点で絶対にそんなこと無かったわ。


「お願いします〜、帰って下さい〜」

「それ、絶対エリザベスとレナには言わないよね」

「お前ならいっかなって」

「うっざ」


 とか言ってるが、実は嬉しいの知ってるんだぞ〜。


 あ、ごめん、怒んでないで。


 意識だけで俺の体を滅多刺しにしないで!!


「うちの弟子達が怖い件。剣だけに」

「とりあえず今模擬戦中なんでしょ?時間無いし、やろうよ。丁度いいし君が相手ね」


 ケイトはあくまで偶然を装って俺に勝負を挑んでくる。


 まぁみんなが順番に挑んでくれたお陰で不自然ではないが、あんまりケイトと戦いたくないんだよなぁ。


 ……仕方ない、パパッと負けて怪しまれずに終わることを祈ろう。


 そう思い再度剣を抜いた直後、ケイトの目線が俺に合っていないことに気付く。


 先程までの楽しそうな様子が一転、いつも通り全てが面倒とばかりの顔をしていた。


「どうした?」

「面倒なブラコンに絡まれた」


 面倒なシスコンなら知ってるが……


 そう思った直後、ケイトの姿が消える。


 遠慮もクソもない本気モードだ。


「全員避難だ!!」


 先生の呼びかけにハッとした生徒達が急いで訓練室の端へと逃げる。


「テンセも早く」

「おう」


 パメラに誘導され、俺達も同じような避難をする。


 軽く後ろを振り向くと、残像らしきものとけたたましい金属音が鳴り響く。


 それと何か言い合いをしている声も聞こえた。


「お兄——」

「知ら——」

「そっちだ——」

「バカだ——」


 途切れ途切れに聞こえるが、雰囲気的に喧嘩っぽい。


 全くケイトの奴、何してレナを怒らせたんだ?


 後で師匠的説教をするしかないな。


 そんな中で、どこか唖然としていたパメラが一言呟く。


「勇者様と剣聖様は仲がいいんじゃないの?」

「あー」


 ただの内輪ノリだと口を挟みたくなるが、それを言えば俺とみんなとの仲を言及するようなものである。


 まぁ別に俺が介入せずとも誤解は解けるだろう。


 ケイトって昔から面倒面倒言う割に喧嘩腰だから、よくカリナやレナと言い合いになるのだが、大体いつも終わり方は決まっている。


 もう数分もしたら二人も落ち着くだろう。


 それより俺が気になることは


「ジークは大丈夫なのか?」

「いつも通りだから気にしないで。感極まると大体こうなるの」


 俺の隣で涙を流しながら手を合わせるジーク。


 全ての人間が神を信じるこの世界にとって、祈りを捧げる行為は最上級の感謝の意味となる。


 何故ここまでと思うが、状況的になんとなく俺は察する。


「ジークって剣聖のファンなんだな」

「コイツ地味に剣聖派なの。一度喋り始めたら止まらないから気をつけて」

「肝に銘じとく」


 通りで俺の剣を見た後のジークがおかしいと思ったが、そういう理由だったか。


 先ほどまでの様子に納得を覚えたと同時に、そろそろかなと訓練室の中央を見ると立ち尽くす二人の姿。


 さすがの二人でも全力を出した為か多少息が上がってる。


「うー足挫いたー」

「僕も」


 違った。


 痛みを我慢してるだけだった。


 てか同時に足挫くってどういう状況だよ。


「早くエリお姉ちゃんに治してもらいたいけど、最後にこれだけは言っとく」


 キリッと鋭い目を向けた後


「私は負ける気ないから!!」

「はいはい」


 ケイトは生返事を返した後、ちょいちょいと手招きする。


「ん」


 その仕草に不貞腐れながらも、レナはゆっくり近付き


「忘れないでね」

「分かったってば」


 そう言ってハグを交わし、授業を終える鐘が鳴った。


「何が起きたかさっぱりだったけど、凄かったね。それとやっぱり二人は仲良しなんだ」

「そうだなー」


 適当、口から出まかせ、知ったかぶりで有名な俺だが、一つだけ弟子達に必ず守らせていることがある。


 どれだけ大きな喧嘩だとしても、絶対に最後は仲直りすること。


 俺が師匠に相応しくないと自覚し、なんと言われようがこの教えにだけは師匠面させてもらう。


 仮に、いつか俺が師匠でなくなったとしても。


「テンセ、急に黄昏れてどうしたの?」

「ふっ、何でもないさ」


 俺が汗を拭いながら前髪を揺らすと、いつの間にか頭にタオルが被されていることに気付く。


「あれ?いつの間にタオルなんか取ったの?」

「……はは、いつだろ。自分でも分かんねーや」

「変なの」


 パメラが呆れた表情をした後、放心状態のジークを起こしに行く。


 レナはみんなに質問攻めに合い、ブクブクと泡を吹く中で、もう一人の影は既にそこにはなかった。


 俺は頭にあるタオルを手に取ると、そこには短く


『また今度』


 と、綺麗な字が書かれていたのだった。


 ◇◆◇◆


「なぁ……少しいいか」

「戻って早々どうした」


 授業が終わり、先生の勇者様談を聞いた俺達が帰りの準備をしていると、突如我に帰ったジークが語り出す。


「一つは幻だったが……俺、今日全員に会ったんだなって」

「全員?」

「本物だったらな〜」

「あ、なるほど」


 そういえばだが、この二人は今日直接四人に会ってるのか。


 俺としてはそう珍しいことじゃないが、他の人からしたら貴重な体験に間違いはない。


 俺自身未だに「あれ?何で俺いるんだ?」って場違いの波動に飲み込まれるくらいだ。


 俺が同意するようにうんうん首を振っていると、何故か優しげな目線を感じる。


「冗談はさて置き」


 ん?


「実際、テンセは四人とどういう付き合いなんだ?」

「な、ななな何のことだ?」

「はぐらかしても無駄だよ。あれで気付けない程バカじゃないって」


 口を開き、直ぐに言い訳の言葉をつづろうとする。


 だが、俺の口は言葉を吐き出さずに閉じた。


 悟ったのだ。


 この二人にこれ以上の隠し事は失礼だと。


「ちょっと場所、移そうか」


 俺は二人を連れて図書室へと向かった。


 その間、特に会話らしい会話も無かった。


「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」

「なんかテンセが怖いんだけど」


 あれあったっけ?


 緊張し過ぎてもう覚えてないや。


 兎にも角にも、図書室へ着いた俺は地図に書かれていた通りの道筋を歩む。


「なぁ、これどこ向かってんだ?」

「この魔法……嘘……」


 何してんだと分けが分からなそうなジークに対し、パメラは既にここが普通でないことを察していた。


「やっぱり、そういうことなんだね。テンセ」

「そういうことってどういうことだパメ?」

「多分、会えば全部分かる」


 目的地にたどり着くと、そこは既に図書室とは呼べない場所だった。


 空間が歪んでいるのか、見上げてなお続く本の棚。


 ただでさえ異様と呼べるその場所で、注目を集めるのは中央にいる一人の少女だった。


 一つの机、五つの椅子。


 その一つで本を読むのは、誰もが知る魔法の頂き。


 賢者カリナであった。


「遅い遅いと思ったら」


 パタンと本を閉じる。


「随分と学園を楽しんでるみたいね、テンセ」

「お陰様でな」


 隣を見ると、カチコチに緊張したジーク。


 そして、無言でカリナを見つめるパメラ。


 大丈夫かと笑いそうになるが、構わず俺は言葉を続ける。


「悪いな」

「あなたが大丈夫と判断したのでしょう?なら、私に言うことはないわ」

「そうか」


 やっぱり俺には勿体ない弟子だ。


「紹介するよ。俺の友達のジークとパメラだ」

「は、初めまして……じゃないのか。えっと……」


 ワタワタと言葉に詰まるジーク。


 毎度思うが、やっぱり二人の反応って地味に面白いんだよな。


 パメラは一体どんな反応をするのかと反対を向くと


「お久しぶりです、カリナ様」


 突然、片膝を立て出すパメラ。


 何事かと思うが、俺が何かを言う前に


「気にしないで。こうして元気な姿を見せてくれた。それだけで十分よ」

「……はい。……はい!!」


 涙を流し出すパメラ。


 急になんだと困惑する俺。


 どういうことだと横を向けば、同じく大混乱のジーク。


「え?何?お前も知らないの?」

「いや全然。パメがある時期に賢者様にどハマりしたことがある以外全く」


 コソコソと話していると、涙を拭いたパメラがこちらを向き直す。


「テンセ。ありがとう、賢者様にもう一度会わせてくれて」

「お、おう(まるで何も分かってない男の反応)」

「だからこそ、やっぱり教えて欲しい。テンセは一体何者なの?」


 二人の強烈な目線が突き刺さる。


 まさか初日でこんなことになるなんて、昨日の俺に話したら間違いなく否定するだろうな。


 俺が机の方に目線を向ければ、彼女は笑っていた。


「とりあえず座ろうぜ」


 遠慮する二人を椅子に座らせ、俺は何から話そうかと悩む。


 そして、やっぱり最初はあれしかないなと口を開いた。


「ある日、俺は世界の真理に触れてしまった」




 ——————————————————————



 おまけ


 最終回じゃないです!!


 本当です!!


 長いプロローグが終わったという認識でお願いします。

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