第11話

 俺は妹の様子にほっと胸を撫で下ろした。


 昔からレナは


『お兄ちゃん!!世界感じられたよ!!』


 と謎の言葉を発していた。


 子供特有の造語と放置した結果、まさかこの年になるまでヘンテコ発言を繰り返すなんて予想外だった(自覚なし)。


 だが蓋を開ければ、直ぐに魔力や闘気と誰にでも分かる言葉を使い始めた。


 人前だと緊張してボソボソしか喋れないレナが人に合わせた言葉遣いを覚えたのだ。


 それだけで俺は涙の雨を降らせそうになったわけだが


「模擬戦しようか」


 いきなり妹が兄をいじめ始めた件について。


 タイトルだけ見たら妹がツンデレってオチのタイトルだが、残念ながらレナはツンデレどころかデレデレである。


 では何故そんな可愛い妹が俺をいじめるのか。


 そんなもの決まっている。


「こんな雑魚がレナの兄なはずがないと証明する為だな」


 俺は分かってるぜとウインクをすると、レナが私もだよとウインクを返す。


俺の周りの男数名の目がハートになっているが、俺も同じようなものなのでなんとも言えない。


それどころか、妙に目をキラキラさせた男が一人だけいた。


「勇者様と……模擬戦……」


 体から炎が出ているのかと錯覚させる程、熱意に満ちた姿のジーク。


「……」


 そして当然のように俺の師匠センサーが警報を鳴り響かせる。


「な、なぁジーク。もしかしてお前、勇者に憧れてたりするのか?」


恐る恐る尋ねると、ジークは困った様子で


「勇者様の前で恐れ多い話だが……そうだな。昔から勇者になることが俺の最初の夢だったんだ」

「……き」

「き?」

「きちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「どうした急に!!」


 これだよ!!


 俺が求めるのはこの初々しさだよ!!


 何もせずに勝手に勇者になっちゃう系じゃない。


 どんなに努力しても辿り着けない、そんな奴こそ弟子と呼ぶに相応しいのではなかろうか(超失礼)。


 そうと決まれば早速


「なぁジーク。もしよかったら俺の弟s」


 目の前を黄金の剣が通り過ぎる。


 ロボットのように首を横に回せば、そこには何故か頬を膨らませ怒りMAXの勇者様がいた。


「最初の相手はあなたで」


 やっぱり妹が兄をいじめる件。


 ◇◆◇◆


「お兄ちゃん。なんで私以外の勇者を作ろうとするの!!」


 いや妹よ。


 勇者は世界に一人しかいないんだ。


 そんな気軽にポンポン生まれるわけないだろ。


 それと


「ここでは俺はテンセだ。家を出る前に約束したよな?」

「むー!!」


 可愛らしく地団駄を踏み、決して可愛くない穴を地面へとつけるレナ。


 今からこれと戦うの?


 おいおい俺死んだな。


 なーんて


「さて、久しぶりにやるか」

「……決まりは?」

「10、3、飛んで20」

「りょー」


 俺とレナは誰にも聞こえない声量で会話する。


 レナはその声すらも聞き取ることが出来、俺はレナの口の動きから言いたいことを読み取る。


 師匠面するならそれくらいは出来ないとなと覚えた技だが、案外役に立つものである。


 俺はいつも通り刃なしを抜く。


「ねぇ、あれって」

「ああ、間違いない。剣聖様と同じ構えだ」


 ……


「しかも一切無駄がない、相当鍛え込まれてる」

「私は剣に詳しいわけじゃないけど、あれが一朝一夕で出来るものじゃないことは分かるよ」


 ……


「それにあの闘気は」

「ナチュラルに解説始めるのやめてくれない!!」


 やめて!!


 強い人ならまだしも、ガリ勉だけが取り柄の俺をそんなに見ないで!!


「クッ、恥を重ねない内にさっさと終わらせてくれ、レナ」

「うん、分かったよ師匠」


 レナは3回程軽く飛び、次の瞬間姿を消す。


 ギリギリ俺に視認出来る速度で迫り


「頭」


 俺は右から頭にかけて振られた剣を受け止める。


 それから右足に力を込め、足払いを防ぐ。


 そして最後に左の頭の方に剣を置けば


「うん、ばっちりだ」


 レナの動きを見た俺は、素直に両手を上げ降参の意を示す。


「上出来だ」

「ありがとうございました、師匠」


 互いに敬意を持って頭を下げる。


 全く、どっかの剣聖様にもこれくらいの礼節を覚えてもらいたいものだ。


 剣を納めた俺が振り返ると、そこにはポカーンと口を開けているクラスメイト達。


 唯一エリーだけは目を輝かせているが、一体何があったというのか。


「ハッ!!まさか!!」


 ここで俺は自身の教訓を思い出す。


 自分の他の人の歩みの速度というものは違う。


 特に、距離があればある程だ。


 つまりこれは


「俺が弱すぎて絶句しているのか」


 なるほどそういうことか。


 やれやれやれやれ、弱いってのは罪だな全く。


「なぁテンセ、今度俺と手合わせしないか?」

「つまりそれは俺の弟s——」


 髪の毛が数本切れる。


「友達としてなら勿論だ(ガクブル)」

「ありがとう。俺、今朝にお前に声かけて本当よかったと思うぜ」


 やれやれ、クソ雑魚で田舎者の一般通過師匠と友達になれたことがハッピーだなんて変な奴だぜ。


 え?


 弟子?


 知らんな誰だその天才共は。


 それから俺は数名のクラスメイトと模擬戦で遊ぶ。


 当然みんな俺より強く、まぁ勝てるはずはなかったが


「右、甘いぞ。俺じゃなきゃ負けてるぜ(ドヤ)」


「守りもいいが攻めないとジリ貧だぞ。ちなみに俺は手一杯で攻められないです」


「剣術って面白くてな、こうやって足技とかも有効だったりするんだ。あ、参りました」


 俺はとても心地よい時間を過ごすことが出来た。


 その間、ずっとレナの目線が突き刺さっていたが気にしない。


 俺は全人類の師匠。


 真の弟子でなくとも物を教える義務があるのだ。


「ありがとうございました!!」

「こちらこそー。あ、師匠って呼んでもいいよ?」


 お礼を言うクラスメイトを笑顔で見送る。


 うん、学園最高。


 俺、一生ここで過ごしたい。


「次、いいでしょうか?」

「もっちろん!!俺は誰であろうと教えてあげ……ごめんなさい無理です」

「えー!!」


 そこには野生のウキウキ顔エリーがいた。


「訂正、学園危険」


 俺は深呼吸をし、息を整える。


「申し訳ありませんエリザベス様。俺のような田舎者があなた様に対して教鞭を持つなど許されることでは——あ、やりましょう。すぐやりましょう。ほら、剣を構えて」


 何が原因か分からないが、泣き出しそうなエリーを止めるべく俺は剣を抜く。


 というかこれ以上言葉を続ければ周りに殺されてた気がする。


 殺気が凄かったもん。


「ありがとうございます!!」


 元気よく返事をしたエリーが重そうに剣を持つ。


 そもそも何故エリーが剣術を?


 ほら、向こうで神聖の練習してる人達がいますやん。


 そっち行きましょうよ。


「行きます」


 いや、だからこっちじゃなくて


「脇が甘い」


 剣を弾く。


「足元もおぼつかない。目線を下げるな。肩に力を入れすぎた」

「はい!!」

「うん、その調子だ。もっと踏み込んで」

「は、はい!!」


 何度か攻撃を受け、少し考えを巡らせる。


「……ちょっとストップ」


 一旦止まり、エリーの手元を見る。


 ……やっぱり


「持ち方はこう」

「ひゃ!!」

「目線はここだ。分かるか?」

「顔……近い……です」

「腰ももっとこうだ」

「はわ、はわわわ」


 ……よし。


「ここまでに何か質問はあるか?」

「……」

「エリー?」


 俺が横を向くと、恐ろしいほどに顔を真っ赤にしたエリーがいた。


 一瞬何が起きたのかさっぱりだったが、俺は自分が何をしたのかを理解する。


「ふっ」


 小粋に肩をすくめた俺は、流れるように地面へと頭を下げ


「申し訳ございませんでしたァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 学園生活初日にして、我が最強の術、土下座をお披露目するのであった。


 ◇◆◇◆


「テンセって思ってた数十倍変だね」


 その後、世界一の癒し手が保健室に運ばれるという珍事を迎えた後、俺は模擬戦を始めたパメラに強烈なボディーブローを食らわされる。


「いや……そういう性分なんだ。昔から熱が入ると周りが見えなくなるというか」


 恥ずかしいこともスラスラ言い出したり、訳の分からないことを適当に言い出したり。


 結果、天才達の師匠になるという宇宙猫が起きている始末だ。


「とにかく気をつけてね。エリザベス様と仲がいいなんてバレたら、聖女派になんて言われるか分かったもんじゃないから」

「だから細心の注意は払ってるんだが」

「あれで?」

「あれでです」


 パメラは俺の肩に手を置き「頑張ってね」と悲しそうな目を告げ去っていった。


 俺は泣きそうになりながら、そろそろ授業も終わるなと思い片付けを始めようとすると


「一戦求む」


 もちろんと、直ぐに答えようとした自分を静止する。


 それは間違いなく聞き覚えのある声だった。


 周囲の騒めきからして、間違いなく頭に浮かぶ人物がそこにはいるだろう。


 何故ここにいるのかは一切不明だが、とりあえず俺のすべきことは一つ。


「逃げるだ!!」

「ねぇ」


 しかし


「聞いてる?」


 回り込まれてしまった。


「もう嫌だぁ」


 そして俺は涙を流した。

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