第10話

 凛とした顔に反し、持っている聖剣がカタカタと揺れている。


 そう、俺の最初の弟子であり、最愛の妹であるレナは人見知りなのである。


 元々生まれが田舎で人が少ない上に、交流関係は俺との師弟ごっこのせいで殆ど剣と魔法に当てていた。


 俺としては人と関わって欲しかったのだが


『お兄ちゃんと一緒がいい!!』


 なんて可愛いこと言うもんで溺愛した結果が


(助けてお兄ちゃん)


 目で助けを呼ぶ妹の今の姿であった。


(無理だ、俺にはどうすることも出来ん)

(そんなぁ〜)

(勇者の宿命だと思え)

(じゃあ師匠としてお兄ちゃんも隣に立ってよ〜)


 そう言われると弱い自分がいるが、悪いレナ。


 俺は隠れ師匠タイプだから表舞台には出られないのだ。


「な、なんか勇者様がずっとこっち見てる気がする」

「わ、私達なんかしちゃったかな?あ、謝っておく?」


 それと同時に変な二次被害も出ているが、俺はあくまで他人のふりを貫く。


 この場では俺はただの案山子かかし


 一般通過師匠であり、弟子に勇者なんていなく、そんで世界で一番可愛い妹もいな


「あ、エリお姉ちゃんもお兄ちゃんと同じクラスなんだ」

「お兄」

「ちゃん?」


 俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない


 だからジーク、パメラ、変な目線を向けるな!!


「そういえばテンセって妹いたよね」

「会ったばかりの俺らに可愛い可愛い連呼してた気がするな」

「はぁ?何の話だ。俺に妹なんてものはいな」


 ハッ!!


 レ、レナが泣きそうな顔を……


「言い淀んだ」

「確か勇者様の生まれは田舎の平民だとか……」


 ど、どうする!!


 考えろ、考えろ俺!!


 そうだ、俺は今までにだって色んな困難を乗り越えてきたじゃないか。


 ならば、するべきことはいつも通り同じことだ。


「悪い、確かに俺には妹がいる」

「ということはテンセ、認めるんだな」

「ああ、さすがにもう隠せないよな」


 俺は諦めて白状する。


「お前の妹はあの伝説の「勇者よりもずっと可愛いんだ!!」


 静かな空気が流れる。


「「……ん?」」

「分かってる。こんなこと、どうしようもない程不敬だって」


 だが聞いてくれ。


「俺の妹はいつもキラキラした目でこう言うんだ。あれを教えて、これを教えてと」


 その姿が可愛くて可愛くて仕方がないんだ。


「よく昔のことを思い出すんだ。なんで俺が人に物を教えるのが好きになったかって」


 何故俺が師匠を目指したのか。


 それは確かにカッコよかったという部分も大きいだろう。


 今だってあの日見た物語を読むくらい、俺はあの日師匠という魅力に取り憑かれてしまった。


 だがそれと同じ……いや、それ以上に俺の中にあった思いは


「妹とバカやってる時間が、一番好きだったんだって気付いたんだ」


 俺はレナが大好きだ。


 人見知りで、天才で、俺のことを師匠と慕ってくれるそんなレナが大好きなのだ。


 だから悪い


「俺は勇者レナよりも、妹の方が可愛いと思っちまうんだよ……」

「そうか……」

「ごめんね、疑ったりして」


 2人が申し訳なさそうな顔をする。


 うん、ぶっちゃけこれで紛らわされる2人お人好し過ぎない?


 いやありがたいけどね。


 ありがたいけど……なんか罪悪感がすごいな!!


 こ、ここは話題を早く変えないと。


「へへ、気にすんなって。それよりもせっかく勇者様に教えてもらう機会があるんだ。こんなことを言った手前、俺は相手にしてもらえないだろう。だからせめて俺の分までしっかり「グスっ」……と……」


 声がした方へ振り向くと、そこには涙を流す少女がいた。


 いやもう……凄いくらい泣いている少女が


「グスっ……お兄じゃああああああああああああああんん……」

「お、お師匠様ぁ」


 2人もいたのだ。


 いやもう現場はパニック。


「わだぢゆうじゃやめるぅううううううううううううおにいじゃんと一緒に暮らすぅうううううううううううううう」

「いいはなじでずねぇえええええええええええ」


 何事だとばかりにクラスメイトも先生も大騒ぎ。


 何故か神に祈り出すエリーに続くように祈り出す者、何故か一緒に号泣し出す者、何故か「俺は……弱い……」と自身の弱さに打ちひしがれる者。


 燦々さんさんたる混沌が一瞬にして広がったのだった。


 それから授業時間の半分を使い皆が落ち着いた頃


「それでは授業を始めます」


 まるで何事もなかったかのように始まる授業。


 だが誰も何も言わない。


 さっき起きた怪奇を誰も思い出したくないのだ。


「それでは勇者様」

「勇者やめたからレナ」

「ではレナ様、お願い致します」

「うん」


 目が腫れたレナは一歩前へと出る。


 勇者をやめたとか言ってはいるが、一度切り替えを行ったレナの姿は間違いなく勇者その者であった。


 レナはチラリと俺を見た後、その輝く剣を引き抜く。


 聖剣、それは魔を滅する偉大な刃。


 それは勇者にしか応えず。


 それは勇者にしか振れず。


 それは勇者が最も信頼する存在である。


 そんな伝説に登場する剣こそが、レナが勇者であることの何よりもの証明なのである。


 そんな勇者の開口一番は


「みんなはどれくらい世界を感じられる?」


 あまりにも不可解極まりないものだった。


 ◇◆◇◆


 あれ?


 みんなの反応がなんだかしょっぱい。


 お兄ちゃんですら何言ってんだコイツみたいな顔してる。


 あーそっか、みんな恥ずかしいんだなぁ。


 難しいもんね、あんまり出来ないって恥ずかしくなっちゃう気持ちはなんとなく分かるよ。


 私だって未だにお兄ちゃんと比べたらまだまだだし、私が先に言った方がみんなも安心できるよね。


「ちなみに私は100メートル」


 私がそう言うと、みんなが益々首を傾げる。


 あれぇ?


 もしかして勇者のくせにショボイって思われた?


 そんなはずはない。


 お兄ちゃん……いや、師匠の弟子である私が弱いなんてことあるはずがない。


 なら今の状況の違和感は何か。


 それもまた、師匠の教えを思い出せば簡単に導き出せた。


『自分の歩みと他人の歩みってのは意外と違うもんだ。先に進んでる人間ってのは特にな。だから、時々でいいから思い出してくれ』


 あぁそっか


『振り返った先には、頑張って追いつこうと歩み続ける人がいるってことを』


 私は強くなりすぎたんだね。


「魔力、もしくは闘気。どれくらい感じ取れる?」


 私がそう質問すると、何人かが答えてくれる。


「10メートルが限界です」

「魔力は多少、でも闘力は全く……」


 それに続くように次々と今の実力をみんなが公開していく。


 確かにみんなハッキリ言うと弱い。


 だけど私は知っている。


 私もかつては弱かったことを。


 あの戦いで何度も命を救いあったみんなもまた、ここに立っていたことを。


「お兄ちゃんがどうして師匠になりたがったのか、今なら分かる気がするな」


 やっぱり師匠は凄いや。


 そう確信すると同時に、もう一つ大切なことを私は教わることになる。


「俺は……その……魔力も闘気も感じ取れないです」


 落ち込んだ様子で口ずさむのは、私がこの世で最も強いと信じる人だった。


 確かに、世界を感じ取れば魔力の流れを見ずとも何の魔法が来るのか分かる。


 世界を感じ取れば闘気を察せずとも相手の次の行動が分かる。


 誰よりも早く進むあの人にとって、その作業を覚えることはとても辛いことなんだろう。


 だというのに、まるで自分は無力とばかりの様子を見せるあの人は、ずっと後ろにいる私達を見ようと頑張ってくれているのだ。


「遠いなぁ」


 時々思うことがある。


 私なんかよりも師匠の方が勇者に向いてるのにって。


 強くて、信用されて、優しくてカッコいい。


 ただ聖剣に選ばれた私なんかよりも、ずっとずっと勇者なんだって。


 でも、師匠は言ってくれた。


『そっか。じゃあお兄ちゃんがレナを勇者さんにしてやる』


 こんな小さな頃の約束なんてきっと覚えてないと思う。


 それでも、この言葉はいつだって私を支えてきた。


 だから


「ありがとう。それじゃあ早速だけど」


 私は全力で


「模擬戦しようか」


 真の勇者を目指すのだ。


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