第3話

 剣術は奥深いものである。


 昔から父さんがよく言っていた。


 剣を振る速度は勿論のこと、足捌き、体の重心、相手がどこを狙い、自分がどこを狙えばより的確に当てられるか。


 それらをを刹那に判断し、実行する。


『5分くらい暇が出来た時に殺し合うと楽しいぞ〜』


 やっぱり父さんはイカれてると思った。


 んで、その血を半分持ってる俺もまた、若干おかしいのかもしれない。


「来いやぁああああああああああああすみませんでしたぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 隙だらけの猪に刺した剣が折れ、すぐさま逃げの姿勢に移行する。


 いや野生動物ぱねぇ。


 予行練習で狩りに来たけどありゃやべぇな。


「ふぅーふぅー」


 木の上まで登り、なんとかことなきを得る。


 でもしばらく降りられんなこれは。


 反省会でもするか。


「何がいけなかったんだ?」


 俺が弱いなんて話は最早周知の事実。


 弟子達にはもちろん、家族や村のみんなも知っていることだろう。


 この前なんか近所のガキとのチャンバラごっごにすら負けかけた始末。


 だとしても、剣が折れたという事実は俺の強さには関係ないはず。


「あの剣じゃダメだった?いやでも父さんはいつもあれより酷いものだし、一体何が……って、なんだあれ?」


 遠くから何かが走ってくる。


「無理無理無理無理」


 ブツブツ言いながら走ってくる少年?


 中性的な顔だから分からんが、とにかくこちらに走って来ている。


 って、後ろにいるの例の猪じゃねーか。


「おーい!!こっち来い!!」

「!!」


 俺の声に驚いた少年だが、すぐに何かを切り替えたのかこちらに方向転換をする。


「捕まれ!!」

「ん」


 俺の伸ばした手を握り、グイッと持ち上げる。


 力(E)でもこれくらいできらぁ。


「ありが……ハァ、ありがとう」

「どういたしまして」


 息を切らしながらお礼を言う少年。


「ところでこんな森に子供一人なんて危険だ。何かあったのか?」

「……」


 お前がそれを言うのかみたいな目を向けられる。


「家の事情。口うるさい父に猪の一匹でも倒して来いって言われたけど……ハァ、思ったよりも大きいし、急に襲ってくるしで」

「そ、そうか」


 悪ぃ、襲われた原因間違いなく俺だ。


 心の中で謝っとくな。


 それにしても


「嫌々来たって感じだな」

「嫌に決まってる。戦いなんて苦手。面倒だし、汗臭くなるし、もう色々と無理」

「確かに。でも、どうやら俺達は戦わないと帰れそうにないっぽいな」


 怒りが頂点に達したのか、何が何でも俺達を仕留めようと猪はここに根を張った。


 2、3日も放置すれば大丈夫そうだが、食糧もだが、俺には愛しの妹が帰りを待っているのだ。


 遭難なんて話になればきっと泣かせてしまうだろう。


 それだけはあってはならない。


 今日中に帰らねば。


「というわけで剣頂戴」

「え?」


 俺は少年の腰に下がった剣を欲しがる。


「戦うの?」

「おん」

「勝てるの?」

「んー無理だな。さっきもボロ負けして逃げたばっかりだし」

「じゃ、じゃあ何で」

「何でって」


 だから妹の……って分からんか。


「俺もさ、痛いのは嫌だし、泥を被るのも嫌だ。息が詰まるのも嫌いだ。でも、それ以上に成し遂げたいことがあるんだ」


 猪に挑みに来たのだってレナに猪との戦い方を教える為の事前準備で来たのだ。


 嫌いなことも希望があれば乗り越えられる。


 苦手なこともやりたいことがあれば耐えられる。


「嫌なことを我慢するか、好きなことを我慢するかなら、俺はノータイムで前者を選ぶ。それだけだ」

「……」

「というわけですまん!!」

「あ」


 俺は少年の剣を取り、木から降りる。


「折れたら弁償するから!!」


 後に、俺はこの剣が一体いくらするのかに衝撃を受けることになる。


「シュバっと!!」


 綺麗に着地。


 さて、何も無策で飛び出したと思われちゃお門違いだ。


 俺はこれでも剣術の本を読み漁っている。


「来い」


 殺意をガンガン飛ばしながら突っ込んでくる猪。


 躱すことは出来ない。


 普通の人間の相手のように振れば、先程のように剣が折れるだろう。


 ならば


「俺ごと持ってけ」


 真っ直ぐ剣を構え、猪の突進先に重なるように剣を置く。


 猪にはその自慢気な突進力で自滅してもらおう。


 代わりに俺も死ぬ可能性大だが


「どっちが死ぬか度胸試しだこんちくしょう!!」


 意識を逸らすな。


 怯むな。


 臆せば逆に死ぬ。


 狙いを定めろ。


 受け身を意識しろ。


 あそこは筋肉が厚そう。


 頭は頭蓋で弾かれるか?


 刹那の隙に頭が高速で動く。


 あぁ、これが父さんの言っていた感覚か。


「なんか分」


 猪に剣先が触れた瞬間、俺の握力を小馬鹿にするように剣が吹っ飛んでいった。


 おぉ〜すげ、あの剣折れてないや。


 もしかして名剣だったりするのか?


 折れてたら社会的に死んでたかもな。


 てか今はそれよりも


「マジで死」

「大丈夫」

「ぬ……」


 俺の横を二つの物体が通り過ぎた。


 片方は猪の右半身。


 もう片方は猪の左半身。


 目の前には例の少年。


「嘘……だろ?」


 斬ったのか?


 見えなかった。


 一度も目は逸らしていない。


 それでも分からなかった。


 というか、あの速度で飛んでいった剣をキャッチしたのか?


 一体どういう反射神経と運動能力を……


「最悪。やっぱりこうなった」


 少年は、全身血だらけとなっていた。


 そりゃ当然だ。


 あの巨体に通う血に浸かったようなものだしな。


「これだから戦いは嫌い。山登ってる時に足を挫いたせいでずっと痛かったし」

「息が荒いなと思ってたが、疲れてるわけじゃなくて痛みに耐えてたのかよ……」


 本当だったら余裕で逃げられたってことか。


「でも、今日はわざわざここまで来て正解だった」


 少年は手を前に出す。


「父さんが言ってた。ある日必ず、お前の持ち得ない強さを目の当たりにする時が来るって。あの時は意味が分からなかったけど、今は分かる気がする」


 血に濡れたその顔に俺は


「僕の師匠になってよ」


 つい、綺麗なんて感想を抱いてしまった。


 ◇◆◇◆


「へぇ、じゃあケイトの家って名門なんだな」

「家柄だけね。全員脳筋のバカばっか。体育会系しかいなくて居心地が悪い」


 俺はケイトと剣術の本を読みながら世間話をする。


 ケイトとはよく剣の話で盛り上がるのだが、当の本人が動きたくないという理由で俺達はこうして話をする時間が殆どだったりする。


 これって本当に師匠なのだろうか?


「別に剣なんて家にいれば無理矢理握らされるんだし、こういう時くらいボケッとさせてよ」

「別に文句は言ってないだろ」

「それに、勉強だって立派な剣。ほら……あれ。筆は剣よりも強しだっけ?」

「賢者と剣聖との戦いで生まれた言葉だったな。賢者陣営の奴の台詞であまりにもインパクトがあるもんだから、代々語り継がれてるって話だ」

「剣聖……か」


 急に冷めたような目になるケイト。


「その称号っている?」

「何だよ急に」

「別に。ただ、今時剣が強いからなんだって話なだけ」

「まぁ……言わんとしてることは分かる」


 実際、昔と違い今は平和だ。


 魔物と呼ばれるモンスター達も数を減らし、せいぜい年に数度襲われたーという話を聞くくらいだ。


 しかも大抵が逆に返り討ちにしてしまう始末。


 人間社会もしっかりとした法が生まれてから争いが減った。


 今時、強さを求めても徳がない……なんて話も聞くくらいだ。


 特に便利な魔法と違い、剣なんてものは時代遅れなんて呼ばれる話も多々聞く。


 じゃあやっぱり剣が必要ないかと言われたら


「俺はそうは思わんな」

「どうして?」

「だって、カッコいいからだ」

「……理由になってない」


 ムスッとした顔をするケイト。


 可愛いと思ってしまうが、実はまだ男か女は分かっていない。


 一人称が僕だから男なのかもだが、『ケイトって女?男?どっち?』なんて不躾な質問出来ないからな。


 いや、今はそれよりも話の続きだな。


「カッコいい、俺的には十分過ぎる理由だ」

「どこが?」

「芸術と一緒だ。別に剣に限った話じゃないが、何かを極めた人間ってのは漏れなくカッコいい」


 師匠とかってそういう典型だしな。


「しかも剣士なんて男の理想だ。ドラゴンを斬っただとか、海を割っただとか、そんな話に心が躍るもんだ」

「それ、ほぼ不可能な話だけど」

「いいんだよフィクションなんだから。でも、そういう憧れを抱かせる力がこの金属には篭ってる」


 俺はケイトの腰に下がった剣を見やる。


「それに、本当に大事な時に大切なものを守れる力ってのは、どんなものよりも価値があるものだと俺は思う」

「……」

「それにほら、狩りとか出来るしな。魔法と違って魔力切れとかないしな。まぁ体力は尽きるけど。実用性だってあるしな」

「それはそうかも」


 ふむふむと何かを噛み締めるケイト。


「やっぱり、師匠の話が聞けてよかった」

「そ、そうか(師匠と言われ若干嬉しくなった男の様子)」

「うちの父にこの話をしたら、『剣聖とは人類が目指すべきものだー。そこに理由などいらんー』とか言い出して」

「ほんと、聞いてるだけだと似てない親子だよな」

「母似だから。ま、その話はいいや。どちらにせよ、僕が剣を止めることなんて出来ないし」


 立ち上がったケイトは剣を抜く。


 そしてヒラヒラと落ちてきた葉っぱを


「お見事」


 綺麗に10等分に分けた。


 いくら面倒だとか意味があるかと言っても、やはりケイトは間違いなく剣の天才である。


「僕はやっぱりあれ。こうして師匠の話を聞いてる時間の方が好きだな」

「そりゃ嬉しいことだ」

「だからさ。もしよかったらだけど、学園に行かない?」


 圧倒的デジャブ。


「いや……いいんだが……こっちにも並々ならぬ事情があるんでな」

「事情?」

「だから条件を付けさせてくれ」


 向こうには賢者になれと言っておいて、こっちでは無条件で了承なんてのはなんか違う気がする。


 いや最初から条件なんか付けんなって話だが。


 そうなると似たような条件になるのだが……賢者の対抗馬なんて剣聖とかしかないぞ?


 一応聞いてみて、断られたら別のを考えるか。


「剣聖になるってのはどうだ?別にこれは絶対とかじゃ」

「そんなのでいいの?」


 ソンナノデイイノ?


 ドユコト?


「じゃあそれで」

「へ?いやいや、分かってる?剣聖is剣の頂点。ドューユーアンダスタン?」

「師匠って時々意味の分からないこと言うね。まぁいいけど。じゃあ剣聖になったら絶対、絶対に王立学園に来ること。do you understand?」

「オ、オッケー」


 そしてまたまたまたしても変な約束をしてしまった俺。


 そんでこれもまた、将来俺を本当に苦しめることになることを俺はまだ知らないでいた。


 ケイト ソインド(7)


 力(S) 補正値(SS)


 知力(C) 補正値(C)


 魔力A 補正値(S)


 神聖(D) 補正値(C)


 魅力(B) 補正値(SS)


 運(E) 補正値(E)


 ◇◆◇◆


「ダルいキツイ臭い疲れた無理」

「ふ、ふざけるな!!剣士として、死した者達を前に……よくも抜け抜けと!!」

「いや殺してないけど……」


 ケイトの周囲には100人の倒れた剣士。


 そして残った唯一の剣士もまた、既に満身創痍であった。


「僕だって別にしたいわけじゃない。ただ、剣聖になるためには父が三つの条件を付けてきたから」


 ケイトは指を3本上げる。


「1、ドラゴンを倒す」

「は?」

「2、海を割る」

「な、何を言ってる……」

「3、名のある剣士を101人倒す」

「まさか……既に2つを……」

「はぁ、面倒くさい。全部めんどくさかったけど、今回のは数が多過ぎる。早くお風呂入りたい」

「な、舐めるなよ!!」


 剣士は雑念を全て捨て、今はこの戦いにだけ集中する。


 最早勝てる気はしていない。


 それでも剣を歩んで来た者として、せめて一矢報いなけれ


「退屈な剣」

「いつの間……に」


 倒れる剣士。


「師匠はよく友情努力勝利とか言うけど、友情と努力、どちらに身を置いた方が強いのかな?」


 剣を払い、収める。


「少なくとも今日は、友情の勝ちってことで」


 果たして本当に友情のままなのか。


 新たに生まれた剣聖は若干猫背のまま帰るのであった。

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