第2話

 妹の師匠として、俺は一生懸命勉強した。


 理由は単純にレナの吸収率は異常だからだ。


 俺は全く分からないが、知識にある剣の振り方を教えれば出来る。


 俺のあやふやな魔法理論を教えれば独自の解釈を行い発動した。


 一を聞いて十を知るを体現している。


 であれば、もし十を教えれば百を、百を教えれば千を知るということになる。


 弟子にものを教えて2秒で実力が抜かれてしまったが、師匠を止める気はない。


 大切なことは二人でこの師弟関係を楽しめていること。


 将来、あんなこともあったなと笑うためのものである。


 だからこそ全力で楽しむ。


 そのために、今日もまた俺は街へとやってきた。


 村とは比べものにならない程進んだ文化があり、正真正銘の都会って感じの場所だ。


 様々なものが俺を魅了してくるが、それを無視して俺は真っ直ぐ図書館へと足を運ぶ。


 剣術、魔法書、歴史書、モテるための方法10選。


 これらを手に取り、読書に耽る。


 これを1週間に1度くらいのペースで行っている。


 そうやって何度も通っていると、色々と見えてくるものがある。


 受付の人はこの時間帯だとよく眠そうにするなとか、あのおじさん時々見るけど変なものばっか読んでるなとか、今日は新しい本が追加されたんだなぁとか。


 でも、そんな中でやはり俺が最も気になる存在と言えば


「(チラリ)」

「……」


 目の前に座っている黒髪の女の子。


 同い年くらいだろうか?


 最初は本当に何でもない関係だった。


 いや今も一度も話したことないけど。


 歩いていたら『可愛い子いるな〜』くらいのもの。


 ジッと見ていたわけじゃないが、時々目があい互いに頭を下げるような他人以上知り合い未満のそれ。


 だが、チリも積もれば何とやら。


 いつの間にか妙にパーソナルスペースが狭まっていき、近くに彼女がいても平然と近くの席に座る。


 向こうもまた似たようなことを繰り返していた。


 そして今日、俺が新刊を取ろうとすると彼女と手が被った。


『お先にどうぞ』


 初めて聞いた声は驚く程綺麗で、同じく近くで見るその顔立ちもまた絶世の美少女と呼べるものだった。


 俺が地上最可愛の妹を持っていなかったら間違いなくきょどっていただろう。


 だが問題なく


『え、あ、あり……ざいます……うっす』


 対応することが出来た。


 そして俺が近くの席に座ると、その目の前に彼女は座った。


 俺が読み終わったものを取るためだろう。


 なんだか奇妙な偶然もあるものだな〜と俺は本を読み淡々と時間が流れていった。


 それから2時間ほどで、俺は遂に本を読み終える。


「ふぅ〜」

「ねぇ」

「…………」

「ねぇ」

「……もしかして、俺に話しかけてる?」

「あなた以外誰がいるの?」


 俺は周りを確認する。


 いつもの受付の人。


 寝てるおじさん。


 肩に棘のついた肩パッドを付けている学生。


 うーむ。


「多分いないのか?」

「あなたいくつ?」

「俺は今ピチピチの8歳だ。そっちは?」

「同じく」

「へぇ〜。流暢に喋れるもんだな〜」

「それはあなたもでしょ?」


 俺はなんか突然変異した一般通過師匠だから仕方ないんだよ。


 それにしても、急に話しかけるなんて何だろうか?


 顔がキモいとか言われたらどうしよう。


「あなた学校では見かけないけど、どうして?」

「俺はここ住みじゃないからな。西の村があるだろ?そこ住み」

「ああ、そうなの。勿体ない。あなたの読んでいる本のレベルなら、きっと学校でもトップクラスよ」

「別にいいよ。誰かと競うために勉強してるわけじゃないから」

「……」

「ん?どうした?」


 なんか衝撃を受けたような顔をする少女。


 あら〜美少女でちゅね〜って、妹以外にはさすがにダメか。


 さすがにキモいな。


「……そう、そうよね。勉強って誰かと競うものじゃないものね」

「勉強は楽しむもんだろ?学校なんて行ったらしたくもない勉強されそうだしな。俺は好きなことを好きだけ学んで、それを誰かに伝えたい。それだけだ」

「……凄い、凄いわ!!」


 突然目をキラキラと輝かせる。


「初めて、生まれて初めて誰かを尊敬出来た気がする。しかも相手が同い年の相手なんて」

「ふむ、そうか。ならば俺の弟子にでもなるかい?」


 なんだか俺も興が乗り、彼女のテンションに合わせてみる。


「ええ、弟子になるわ」

「ふふふ、そうかそうか。ならばこの師匠である俺が、学校では習わないことを全て叩き込んでいこやろうではないか」

「よろしくお願いするわ」


 こうして、俺と彼女は互いの名前も知らずに師弟となった。


 まぁそれから数ヶ月も経てば、名前どころか性格やら何やらも分かってくるのだけど。


 例えばその一つとして


「ねぇ師匠。そこの陣間違えてるわよ」

「あ、本当だ。ありがとうカリナ」

「ええ」


 彼女、カリナは恐ろしく頭がいいこと。


 早熟と思っていた俺だが、やはり上には上がいる。


 カリナの知性は俺なんか及ばない程高尚なものだった。


 こんな人相手に師匠面するのが恥ずかしくなってくるのだが


『いいえ、私は本当にあなたから色々なことを学んでいるのよ』


 と言われてしまった。


 師匠としての面子が一瞬で瓦解した気がした。


 でもまぁ……いっか。


 彼女も俺が自身にとっくに及ばない凡人と気付いているだろう。


 でもいいのだ。


 日を追うごとにカリナの笑顔は増えていく。


 それこそが師匠冥利に尽きるというものだ。


「どうしたの?」

「……いや。それで何の話だっけ?」

「私に新しい魔法を教えるって話でしょう?」

「あぁそうだそうだ。教えるって程のものじゃないけどな」


 でもやっぱり師匠として何かしたい俺は、彼女にアイデアをプレゼントすることにした。


「この魔法はな、殺虫効果があるんだ」

「面白いわ」

「と言っても、虫なんて火魔法で殺した方が早いし跡も残らなくていいんだけどな」

「でも、虫の死骸を集める時には役立ちそうね」

「ウゲッ、想像しただけでキモいな」


 正直言って使い道は殆どないものばかり。


 気をてらったものや他にないからという本当にしょうもないもので溢れかえっている。


 それでもカリナは楽しそうに俺の考えた魔法を聞いてくれ、しっかりと覚えていく。


 俺もそれが嬉しくて、毎日寝るまで頭の中で魔法を考えては1週間後に吐き出し続ける。


 そんな毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。


「ねぇ師匠……いや、テンセ」

「どうしたんだ?急に改まって」

「……15歳になったら王立学園に一緒に来ない?きっと、楽しいわよ」

「そう……だな。カリナと一緒なら、楽しそうかもな。でも、何か条件をつけた方が面白そうだな」

「何?賢者にでもなれって?」

「賢者って」


 賢者とは、国が認めた世界で最も魔法を使いこなすことが出来る人物のことを指す。


 基本賢者になるのはいつも70くらいのお爺ちゃんばかり。


 今の賢者も実際それくらいだしな。


 それを平然と言ってくるカリナは凄いな。


 実際は難しいだろう。


 多分……というか将来的にはあり得ない話じゃない。


 だけど15までに賢者は無理があるだろう。


 でもまぁ……師匠として、努力の過程を見て判断するのもありか。


「じゃあ決まりだ。カリナが賢者になったら、学園に通うよ」

「絶対よ」


 こうしてまたしても結んだ約束。


 これがまさか……あんなことになるなんて……


 カリナ ランゲート(8)


 力(E) 補正値(E)


 知力(S) 補正値(SS)


 魔力(A) 補正値(SS)


 神聖(C) 補正値(C)


 魅力(A) 補正値(SS)


 運(C) 補正値(C)


 ◇◆◇◆


「なんじゃこのモンスターは!!」


 賢者と呼ばれる男は目の前の存在に焦りを見せる。


 よく見る昆虫型の魔物。


 いつものように火で消滅させるつもりだった。


 だが、今回の魔物は今までと一味違う。


 火が全く効いていない。


 瞬時に既存の魔法を連打するも、同じく効果はない。


「魔法抵抗が高すぎるのか!!」


 賢者は目の前の存在が魔法使いの天敵であることを察する。


 こう言った生物は反面物理に弱い傾向がある。


 だが、逆に言えば魔法使いはなすすべがない


「ふーん」


 わけではなかった。


「な!?逃げろカリナ!!あれは」

「ねぇおじいちゃん。もし私があれを倒したら、賢者の称号くれない?」

「な、何を」


 賢者は悟った。


 その目は本気だと。


「いいじゃろう」

「約束は違えないでね」


 賢者は知っている。


 今まで賢者の孫として育った彼女が、死んだような目で日々を過ごしていた。


 だが、ある日を境にそれが変わった。


 机に向かう姿勢は楽しげに。


 今までもスポンジのように吸収していった知識の山を、最早体がデータで出来ているかのようにインプットしていく。


 間違いなく歴史上最速の賢者であることは確実だった。


 だけどまさか


殺虫剤イグニッション


 白い煙を浴びた昆虫型の魔物は死滅する。


 こんな魔法は初めて見たと、元賢者は笑うしかなかった。

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