海底の風船のように ~Blind Deep One~

私にはむかしから良く見る夢がある。

それは海底にたゆたう風船の夢。

海の底に一つだけポツンと揺れている風船。

周囲は暗くもなく明るくもなく、

魚たちの姿も鮮やかな珊瑚礁もない。

結局、何もない。

とても不可思議な情景だ。

私は目覚めるまで夢の中でそれを見続ける。


私は今、それを思い出していた。

今、視界にあるのは海。

水平の境まで続く無間の海面と空。

空の半分くらいを被う隙間だらけの白い雲。

はっきりしない天気。

ここは孤島。陸地の見えない絶海の孤島。


昨晩、人が死んだ。


この島に、新しい趣向の研究施設が建った。

私は同僚と二人、その取材に訪れた。

そして会う、見知らぬ人たち。

私たち以外の招かれた人たち。

そして昨日の夜の取材中、殺人が起きた。

多分、殺人者は私たちの中の誰か。

勿論、私じゃない誰か。


しかし、誰も外の世界に連絡を取らない。

嵐でもないのに。

通信機器が壊れているワケでもないのに。

彼らは変事など何もなかったかのように過ごしている。

他者の生死など問題ではないのだろう。

そういう価値観。

そういう人たちだけが、ここに集まっている。


私だけが違う。

それなのに私は、ここにいる。

私は動揺し、混乱し、疑心し、恐怖している。

だが、もう半分以上は曖昧になってしまった。

すでに、静かに発狂しているのかもしれない。

少なくても完全な正気ではない。

それだけは自覚している。


だが彼らは狂ってはいない。あれで正気なのだろう。


私だけが違う。

ここではまるで私は海底の風船。

風船の色は、深い孤独の色。

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