銀色の木と少年 ~Innocent Evil~
銀色の木は、街を見下ろす丘の上にあった。
もう、すいぶん長い間そこにあった。
もしかすると、眼下に街がつくられ、人々がそれぞれにささやかな生活を始める遥か前から、すでにそこにあったのかもしれない。
しかし、深い緑の木々に隠れて、けして誰にも知られることはなかった。
緑の木々に隠れながらも、銀色の木には陽の光がとどいていた。
陽の光を浴びて銀色の木は、綺麗に輝いていた。
でも、それを見るものは誰もいない。
閑かに、閑かに、輝いていた。
銀色の木の枝葉は硬くて重い、風に揺れて自由に囁きあう緑の木々たちとは違っていた。
ささやかな生を生きる小さな動物たちも、冷たい銀色の木には近づかなかった。
陽の光だけが銀色の木に触れ、輝きを与えていた。
銀色の木は孤独だった。しかし、寂しさを感じることはなかった。
寂しさを知らなかったからだ。
あるいは永遠に近いほどの間、ずっとそのまま、ただ閑かに輝いているだけだっただろう。
しかし―。
少年は、言葉を話すことができなかった。
それは、生まれつきの病気だった。
少年は一人でいることが多かった。自分以外のすべてが別のものだったから。
少年は、孤独だった。いつも、寂しさを感じていた。
やがて、少年は閑かな場所ばかりを求めるようになった。
人のいるところは、どこもうるさかった。
そして、街のどこにでも人はいた。
少年は、街の外の丘に上がった。一人で木々の中を歩いた。
やがて、丘の頂きにたどり着く。少年はそこで銀色の木を見つけた。
それは綺麗に、そして不思議に輝いていた。その輝きは、少年に笑顔を与えた。
少年は、銀色の木に近づくと優しくそれに触れた。
その堅固な冷たさは、少年の求めているものだった。
それは命の光のない輝きだった。人々にも緑の木々にもないものだった。
少年は、銀色の木に背をもたれ座っていた。長い間そうしていた。
あるいは、心の中で木に語り掛けていたのかもしれない。
陽が沈むと少年は、ゆっくりと家に帰った。
何度も銀色の木を振り返って。
次の日から少年は、つねに銀色の木のそばにいた。
銀色の木に、もたれて眠り、閑かに空を眺めて過ごした。
そこは、いつも閑な時間が流れていた。
眼下の街の人々の喧騒は遠く、そこまではとどかなかった。
やがて、少年といる時、銀色の木の冷たさの中では小さな火が宿るようになった。
その小さな火は、少年がいないと冷たさの内に宿ることはなかった。
銀色の木は、自分の内に火のない時を恐れるようになった。
銀色の木は、孤独を知るようになった。
そして、ある時から少年は銀色の木の元へ来なくなった。
少年は、死んだ。
それは、些細な事故だった。
人々の世界が少年を殺してしまった。
もう、誰も銀色の木に近づくものはいなかった。
銀色の木は、孤独だった。それは、深く、暗く、とても冷いものだった。
銀色の木は、ゆっくりのその根をのばし始める。
どこまでも、どこまでもすべての地面の下へと這うように。
それは、世界の侵食だった。閑かな浸食だった。
やがてゆっくりと世界は飲まれるだろう。閑かで純粋な狂気に。
それでもなお、陽の光はいつまでも銀色の木を輝かせていた。
銀色の木は綺麗に輝いていた。
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