夜の唄 ~lament~

男は、静かに眠っている。

私はテントの隙間から眼下の街を見下ろしていた。

ちらほらとまばらに広がる他は街の灯りは消え、

空の星たちが耀きを増し始めていた。

静寂も綺麗な月夜。

私は静かに唄い始める。

夜のしじまを壊さないように。男の眠りを妨げないように。


明日の今頃、私はいったい何をしているのだろう。


いつもなら静かな家で、独り歌を唄って過ごす。

死んだ夫を悼むため。

しかし今宵は、この男のために唄う。

彼は、敵の将軍。侵略のために、この街を軍が包囲している。

明日にはもう、争いは避けられないだろう。

いや、争いにすらならない。一方的な暴力が街を壊すだろう。

この男は何も知らない。

貧しくも逞しく生きる街の人々を。

多くの悲しみと慎ましい幸せがそこにあることを。


明日の今頃、私はいったい何をしているのだろう。

夫ために唄うことはまだできるのだろうか。


私の手の中で、男の血を浴びた短剣が月の光を受けて耀いている。

そう、私が唄うこの歌は、この男のための鎮魂歌。

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【掌編小説集】眠れない夜にちょっと読む話 織隼人 @orihayato

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