ある一つの会食 ~Dinner with a Vegetarian~
室内には静かな音楽が流れ、落ち着いた時間がゆっくりと流れている。
たまにその雰囲気を乱しているのは、ナイフとフォークが食器に擦れる音。
そして、その音を立てているのは目の前の“彼”だ。
だが、誰もそんな事を気にしてはいないだろう。
私は“彼”の食事を眺めていた。
“彼”の前に並べられた皿の上の盛ってあるのは鮮やかな色の野菜たちだ。
“彼”は、菜食者だ。肉は食べない。
ただひたすら上手そうに野菜たちを口の中に運んでいく。
“彼”は、毒々しいまでに鮮やかな光彩を放っている生野菜を口に入れようとして、ふと顔を上げた。
私が“彼”を注視しているのに気がついたようだ。
手を止めて私に聞いてくる。
「貴方たちは食べないのですか? 何だか、私だけいただいていて気が引けるなぁ」
「いえ、私たちの事は気になさらずに」
「そうですか? それじゃぁ」
そういって“彼”は再び口に野菜を運び始める。
しかし、口に入れた野菜を飲み込まないうちに、すぐにまた質問する。
「もうすでに何か召し上がっているのですか?」
「いいえ」
「じゃ、何かご予定があるんですか? この後に。食事会みたいなものでも」
「ええ。とてもおいしい料理が待っているので」
「へぇ、そうなんですか。それじゃぁ、遠慮なく」
それから後、“彼”はただ黙々と目の前に皿の山を増やす作業を続けた。
私も寡黙に、“彼”の食事風景を眺めていた。
“彼”を見詰める私の口には、鋭い牙が光っている。
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