【掌編小説集】眠れない夜にちょっと読む話

織隼人

その日、その場所 ~Nostalgic~

それは、古い家だ。

家というよりは館だろうか。

改めて見れば、あたりさわりのない家々のひしめく住宅街にあって、その館はひどく目立つ。

歪んだ洋風の館。

優美を求めて造られたというよりも、無節操な建築家の、その情熱の副産物といった感じだ。

何を模しているのか。

何を求めているのか。

いずれにしても、見慣れているはずの建物。

いくら奇異な館であっても、何年も目にしていれば、それはそれとして日常の一部になる。

でも今は・・・。


なぜだろう、心がさわぐ。


いつのまにか、私の脚は、館の玄関へと向かっていた。

玄関の扉は、両開きの大仰なものだった。

扉に手を触れる。

その時、扉の下の方に何かが書かれているのに気が付いた。


『誰かが幸せな夢を見ている同じ世界で、誰かが人を殺している』


かすれていて読みにくかったが、そう読めた。

子供のようにつたない字だ。

でも、内容はそれに見合わない。

現実に対する皮肉だろう。

だが、そんなことより、それは。


聞いたことがある言葉だった。


私は館の中に入る。鍵はかかっていない。

奥へと続く大きな廊下。

私は吸い込まれるように進んで行く。

扉の開け放たれた、古い本だらけの書斎。

ボロボロになった家具が並ぶ談話室。

廊下に置かれた棚や、壁にかけられた絵画。

初めて入る場所なのに、どれもが一々懐かしい。

奥にある階段を昇る。

一段足をのせる度に、苦しそうに軋む。

いくつかある部屋の中から、私は一つの部屋へと向かって行く。


あの部屋だ。


埃に埋もれた室内。

二面に大きく窓があり、室内は暗くない。

でも、陰気だ。ここはそういう場所だ。

正面に人影がみえる。後ろ姿。

私は、ゆっくりと近付いて行く。

ある程度の距離を開け、私は立ち止まる。

それを察するように、人影がゆっくりと振り返る。

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