第24話 地下へ
第24話 地下へ
ベルタ嬢の失踪、そして捜索隊怪死の事件以降、
皇国はなんども、この古城を捜査したいと申し出た。
しかし
王妃の力で城の所有権を確保したイクセル=シオ団から
断固拒まれてしまい、ずっと出来ずにいた。
しかし皇国の籍を持つ私たちが、
この古城で行方不明となることで、
正々堂々、皇国がこの城を捜索できるようになるのだ。
「さーて、どのへんに失踪しましょうか」
そう言う私に、ルドルフは眉をひそめて言う。
「別にこの部屋でじっとしていれば、
そのうち捜索隊が来るだろう。
わざわざ、危険な目に遭いにいかなくても……」
表には出さないが、実は心配してくれているようだ。
リベリアがニコニコと言い放つ。
「あら、かくれんぼの
皆さんが自分を必死に探す姿を、
隠れたままゆっくり眺めることですわ」
「……性格悪いな」
ルドルフは呆れながら身支度を進めていく。
「俺はどこにも動かないぞ!」
ストルツが座り込んだまま叫ぶ。
「当たり前じゃない。邪魔なんだから」
私がそう答えるのと同時に、
クルティラがロープを使って
彼を手早くベッドに拘束する。
そしてぎゃあぎゃあと喚き散らすストルツの声を聞きながら
私たちは”行方不明者”になるべく出発したのだ。
************
私たちはまず、事件の現場である
主塔の地下に行くことにする。
行方不明になったベルタ嬢を探しに来た捜索隊が
恐ろしい姿をした魔物に惨殺された、あの場所だ。
日はすでに登り始めている。
悪霊や魔物は、すでに1体もいなかった。
廊下を進みつつ、キョロキョロしながら私は言う。
「この城、いろんなところに井戸があるね」
窓の外に見える中庭だけでなく、
なんと廊下の角など、唐突に井戸が設置してあるのだ。
「まあ井戸は、籠城の際の命綱だけど……
ちょっと多いわね。場所も不自然だわ」
クルティラも首をひねる。
ルドルフが廊下の角にあった井戸を覗き込みながら言う。
「この井戸、ちゃんと機能しているのか?
城周辺の井戸は、満潮時には海水が混じってしまうんだが」
リベリアも同意する。
「地形がここまで湾曲した以上、
地下での水路も押しつぶされている可能性が高いですわね」
私も中をのぞくと、中は真っ暗闇で、何も見えなかった。
その辺に落ちてた瓦礫など
いろんなものを放り込んでみたけど、
跳ね返るような水音は聞こえない。
「枯れ井戸ってことか」
私たちは先へ急ぐことにし、井戸から離れる。
そして数歩、進んだ後。
どこからか、ガリッ、という音が聞こえた。
全員が振り返る。しかし、何も変化はなかった。
「……何の音だ?」
ルドルフが周囲を見渡す。
しばらく警戒したが、何も起こらなかったので、
私たちはそこを後にした。
************
主塔に着いたが、私たちは立ち往生してしまう。
地下への階段だけでなく、一階の
グシャグシャに崩れた木材や石材で埋められていたのだ。
「そういや二年前のあの時、追いかけて来た化け物を
手投げ弾で階段を破壊して撃退したって記録にあったね」
私たちはどこが元・階段だったのかを探るべく
瓦礫の中を歩き回って探し出す。
「それにしても、捜索隊はなんで地下に行ったんだろう。
女性がひとりで、呪われた古城の地下に行くわけないのに」
私がかねてからの疑問を
ルドルフが作業しながら答えてくれた。
「城の地下には、”とんでもない宝があった”って伝説があるんだよ。
この城の王は、代々それを守ってきたんだ、と」
うわー、
「おかしな話ね。通常、主塔の地下は、
捕虜を収容する地下牢として使うものよ」
クルティラが倒れた木片を持ち上げながらつぶやく。
「人の命は何よりの宝ですわ」
リベリアは事も無げに言うが、
ルドルフやクルティラがそのあたりを調べ出したので
私はもうちょっと先へ行ってみる。
ここにはまだ高窓があるから、室内を見渡すことができた。
「……どこかに穴を開けて、ロープでも垂らすか……」
ルドルフの声が背後に聞こえる。
私は高窓を見上げながら、歩みを進める。
この城のいろんな場所にある高窓。
それを見て、ベルタ嬢が最初に出会った子どもの幽霊は
夜が近づいていることに気付き、彼女を避難させたんだっけ。
そういえば、その子や侍女の幽霊さん、
昨日はあの部屋に現れなかったなあ。
……どこに行ったんだろう。
なんて考えてながら一歩踏み出したら、
想像以上に足がめりこんでバランスを崩す。
メリメリメリメリ……という音が響き。
私は泣き笑いの顔でみんなを振り返る。
瞬時に駆け寄ってくるクルティラとルドルフ、
そして満面の笑みで片手をあげるリベリア。
”いってらっしゃいませ”
というリベリアの声を聞きながら、
ものすごい破壊音とともに、私は下へと落ちて行ったのだ。
************
「……もう、何度目?」
ちょっと怒っているような、呆れた声でクルティラが言う。
「いつも最短距離のルートをご用意してくださるの」
リベリアがニコニコと、困惑顔のルドルフに説明している。
私が落ちた穴にロープを垂らし、彼らは次々と降りてきたのだ。
「いや、本当にごめん」
リベリアがすぐに、私の全身にバリアを張ってくれてよかった。
「……君は皇国の調査員だと思ったんだが、違うのか?」
皇国調査員は知識・剣技・体術ともに優れた精鋭ばかりだ。
違うのか? ってことは、つまり。
「失礼ですわ。皇国の調査員はこんなにポンコツではありません」
リベリアがプンプンしながら答える。あのねえ。
「まあ、地下に来れたんだからいいじゃない。
……”アリス”みたいな見事な落ちっぷりだったでしょ?」
私がルドルフに言うと、
彼は初めて私に笑顔を見せ、言ったのだ。
「じゃあここは、不思議の国ってことだな」
本に関する話題が出たとたん、
一瞬で表情を和らげる彼を見て、
私はベルタさんを思い出し胸が痛んだ。
************
地下は完全な闇だった。
メイナは使えないので、木片に火をつけて灯し
それぞれが片手に持って歩く。
「……あったわ」
「ああ、こっちもだ」
二年前の兵士の死体は、すぐに見つけることができた。
全て白骨化していたが、状態はおそらく当時のままだ。
それを見て、クルティラがつぶやく。
「おかしいわ。どうして全員、頭蓋骨がないの?」
全て、頭が欠けている。破片すら無いのだ。
鉄球で激しく殴打されたとしても、少しは残るだろうし、
そもそもこんなに綺麗に切り取られはしない。
「これは鉄球で受けた傷ではないぞ」
しゃがみ込んで調べていたルドルフも言う。
まるでかじりとられたようだ。
私は主導者たちの最後を思い出す。
胴を真っ二つにされた者、手足を絡みつけられ絞られた者。
そして、真っ黒な魔物に頭部をかじられた者。
あの主導者と同じ死に方ではないのか?
私たちはさらに、その先へと進む。
かなり広い空間のようだ。
少し坂になり、どんどん下っていく。
すると急に、湿っぽい空間に変わった。
もしかするとここには、
満潮時は海水が上がってくるのかもしれない。
「……何? あれ」
先を見ると、巨大な何かが地面にぼんやりと光っている。
4人で警戒しながら進むと、そこには。
巨大なクォーツが横たわっていたのだ。
「なんて大きさなの!」
それは人の大きさくらいありそうな、
でこぼこした楕円形のクォーツだった。
下側は床に張り付いており、押してもビクともしなかった。
クォーツは白く濁ってはいるが、淡く発光していた。
「これは一体……何人分の死者なの?」
「かなりの人数が結合していますわ。
それに、なんらかの強い意志を感じます」
リベリアが手をかざしながら言う。
意志の残っている霊ということか。
クォーツの向こう側で、ルドルフが微動だにせず何かを見ている。
彼の隣に立ったクルティラが静かに言う。
「……骨だわ。大きさから見て、女性のものよ」
私とリベリアは彼らのほうに走り寄る。まさか。
そこにはクォーツから伸びるように
膝から下の骨と、靴が落ちていた。
その横にかばんが転がり、便せんが散らばっているのが見える。
「……嘘だろ」
ルドルフがそれらを拾い上げて中身を確認する。
こういう時の哀しい予想は、たいてい外れない。
カバンから出てきた古びたポーチには
美しいカリグラフィーで
”
私たちは暗闇の中で、声も出せずに立ち尽くす。
ルドルフは泣き声もあげすに、
じっとそれらを見ている。
ベルタさん……ここで、亡くなったのか。
ルドルフは震える手で便箋を拾い集める。
私はこらえきれずに涙があふれてしまう。
覚悟はしていたのに。
その時、凶悪な気配が背後に近づいてきた。
すぐに私たちは身構える。
ものすごい数の悪霊、いや魔物だ。
それぞれが非業の死を遂げたとわかる無惨な姿で
ある者はよろめきながら、あるものは這いずりながら
私たちをめざして近づいてくる。
クルティラはもちろんだが、
メイナが使えなくとも、私はそれなりに戦える。
しかしリベリアにはこれ以上、
彼女はこの城に来るずっと前、
なんならシュケル国に着いて以来
ずっと”力”と使い続けているのだから。
到着時に真っ黒へと変わった腕輪は、
すでにボロボロになって崩壊寸前だった。
……オオオ……アアア……
助ケテクレ……許シテクレ……
呪詛や嘆きの言葉を発しながら、
彼らは私たちに向かってくる。
事前に用意しておいた、”聖なる祈り”を捧げられたナイフで、
クルティラが彼らを切り刻む。
魔物はバラバラと崩れ落ち、ホコリのように消え去っていく。
私も同様に彼らの首を落としていくが。
私は背後に向かって叫ぶ。
「ルドルフ! 立って! 物理攻撃はちゃんと効くわ!」
ルドルフは無抵抗でしゃがんだままだった。
「皇国兵でなくても、人としての仕事をしなさい」
クルティラも声をかける。
しかし、ルドルフは微動だにしない。
ベルタ嬢が残した
ほかは魔物に奪われたのかもしれない。
彼はこのまま、ここで死ぬつもりなのだ。
その亡骸と遺品の側で、たくさんの白紙の便箋と共に。
そんなに愛したのか。姿も知らぬ女性を。
彼女の言葉を、その思想を。
魔物が背後から彼に縋りつこうとするのを、
クルティラが蹴り上げた後、ナイフで切り倒し叫ぶ。
「ルドルフ! まだ、死ねないはずよ」
私も必死に説得する。
「そうよ! あいつらの悪事を完全に……」
「暴いてどうなる。もう、どうでも良い」
ルドルフは私の言葉をさえぎって言う。
そして首をゆっくり横にふり続ける。
彼の絶望は深いのだ。
リベリアが、ルドルフの横に立ち、静かに言った。
「それでは、あなたの”物語”は、
伏線回収も、謎解きもせずに終了するのですね」
ルドルフの動きが止まった。
「でもベルタさんは、そんな物語を読みたいと思うかしら?」
ルドルフは反論しようと顔をあげるが、言葉が出てこない。
読みたいと言ったら嘘になるからだ。
彼女はそんなの、絶対に許さないだろう。
「そしてベルタさんの物語はまだ終わっていません。
その考察や感想を、未読のまま、
あの世で彼女にお話しするつもりですか?」
「彼女の物語は終わったろう!」
「あら、それでも本好きと言えますかしら。
物語は、登場人物の死後も続くことありますわよね。
むしろ、亡くなってから大きく動き出すことも」
ルドルフが顔を上げ、丸まっていた背中が伸びる。
リベリアは言葉を続ける。
「彼女の物語に、悲劇を増やしてはいけません」
ルドルフは座ったまま、逆手に持った剣を
背後から手を伸ばしてきた魔物の胴を貫いた。
「……もう、十分に悲劇だけどな」
さあ、こいつらを一掃するか。
そう思ったけど。
クルティラが気が付く。
「さっき倒したやつが、また復活しているわ」
リベリアがうなずく。
「彼らはただの妖魔ではありません。
壮絶な死に方をした人間で、
しかも”死のループ”を永遠に繰り返しています」
”死のループ”。自分が死んだことに気付かず
死んだ時の状態を繰り返したり、
自分と同じ死に方を、他者に対して繰り返すことだ。
飛び降りたものは落ち続け、
首を切られた者は誰かの首を切り落とそうとする。
永遠に苦痛と恐怖に囚われた彼らを消滅させるなら
リベリアの力を持ってすればすぐなのだが。
今は、それをするわけにはいかないのだ。
「ベルタさんの遺品を持って、いったん
私がそこまで言いかけた時。
急に魔物たちが動きを止めた。
電池が切れたかのように、ピタッと。
そして、それぞれがゆっくりと、己の背後を振り返っている。
その後、泣き声のような、悲鳴じみた声をあげて
どこかに去っていた。
まるで何かに怯え、
暗闇の向こうから、何かがこちらに向かってきている。
よろめきながらも、意外な速さで。
そこに現れたのは。
それはボロボロのドレスを着ていた。
鉄球のつながった鎖で、手首をグルグル巻きにされている。
頭部はボコボコといくつもの肉塊が付き、
あごが曲がり、顔面は崩れ落ちている。
報告書にあった、捜索隊を惨殺したといわれる”化け物の女”。
ついにそれが、私たちの前に現れたのだ。
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